ドヌーヴの貫禄と多面的な魅力が光る『ルージュの手紙』

映画から現代女性の姿をpickupする「シネマの女は最後に微笑む」第28回は、カトリーヌ・ドヌーヴとカトリーヌ・フロが共演した『ルージュの手紙』(マルタン・プロヴォスト監督、2017)を取り上げています。原題は『Sage femme』(助産婦)。


セーヌの流れに交錯する生と死、出会い直す二人の女 | ForbesJAPAN



ドヌーヴがとにかく素晴らしい!
助産婦のシングルマザー(フロ)と彼女の亡き父親の恋人だった女性(ドヌーヴ)との、微妙な関係性の変化を描きつつ、それら人間模様を大きな世界の中の点景として、遠くから眺める視点を時折挿入しているところも秀逸。


再生産に関わる女と関わらない女の生き方の対比はやや類型的ではありますが、それをカバーして余りある女優の演技で見せています。私は人間のタイプとしては前者に近いですが、子供がいないことと、ドヌーヴの演じる女性の多面的な魅力もあって、後半は後者に感情移入していきました。
単なる和解のハッピーエンドで終わらない、若干ビターな余韻も深く、平凡な言い方ですが「ああ大人の映画だな」と感じ入ります。


実際の出産シーンが何度かあるので、そういうのが苦手な人は要注意かもしれません。
あと邦題がやはり今ひとつの感じ。『助産婦』では難しいとは言え、「ルージュの」ときたら日本では「伝言」ですよね。

共同体によって殺され、共同体によって生かされる(「シネマの女は最後に微笑む」更新されました)

映画から現代女性の姿をpickupする連載「シネマの女は最後に微笑む」第27回は、アメリカ移民の格差問題を枕に、2010年の『ウィンターズ・ボーン』を取り上げてます。ジェニファー・ローレンスヒルビリー(スコッチ・アイリッシュ系移民)の少女を演じて注目を集めたサスペンスドラマ。


アメリカの「知られざる移民」 掟に抗う少女のサバイバル | ForbesJAPAN


ウィンターズ・ボーン スペシャル・エディション [Blu-ray]

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本文では触れていませんが、ヒルビリーの生活のひとこまとして、人々がカントリーミュージックを楽しむシーンが挿入されており、全編を覆う殺伐としたトーンの中でそこだけが人間臭さと温かみを感じさせ、印象に残りました。
しかし音楽に流れる血は、主人公のリーが殴られて流した血でもあります。


暴力と救済が、表裏一体のものとして描かれています。
ヒロインの窮状を救った金は、彼女への制裁を帳消しにするものであり、一種の口止め料の役割も果たす。一応はハッピーエンドになっていますが、諸手を上げて喜んでいいのかどうかわからない微かな息苦しさも孕んでいます。
途中まではどことなくアンティゴネーっぽい構図。しかし最終的に、無力なヒロインは共同体の残酷さを受容するかたちになります。むしろそれを自身も次第に身につけて大人になっていくのだろう、彼女がここにいる限りは‥‥などと考えさせれます。


ジェニファー・ローレンスの骨太感がとてもいいです。ハスキー犬のような瞳と、田舎のタフな女の子を演じられる鼻柱の太さが魅力的。

イカれたヴァレリア・ブリーニ・テデスキが最高に輝いている(「シネマの女は最後に微笑む」第26回、更新されました)

映画から現代女性の姿をpickupする「シネマの女は最後に微笑む」第26回は、イタリア映画『歓びのトスカーナ』(パオロ・ヴィルズィ監督、2016)を取り上げてます。


束の間でも「今、ここ」で生きる歓びを ワケありな二人の逃走劇 | ForbesJAPAN


歓びのトスカーナ [DVD]

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例によって、ズレた邦題です。トスカーナの豊かな自然の中に育まれる人間愛‥‥みたいなほっこり系を想像してしまいますが、原題は「La pazza gioia(狂気の歓び)」。治療施設から逃げ出した「普通」ではない二人のロードムーヴィー。さまざまな出来事が次々と起こり、イタリアンのフルコースなテンコ盛り感が満載。


陽気で破天荒な女を演じているヴァレリア・ブリーニ・テデスキが、最&高です。最初は「何だこのウザい女」と思いますが、だんだんと、いい加減さと繊細さと剛胆さのバランスが絶妙で尚かつ強烈なそのキャラクターを、愛さずにはいられなくなります。
内容としては、死ななかった「テルマ&ルイーズ」という感じでもあり(実際そっくりの場面がある)、女性の生きづらさを正面から見つめる視線が根底にあります。「幸せが見つからない」という台詞も心に残ります。そして、どんな境遇にいる女も自分の幸せを求め、人生を謳歌していいのだという力強いメッセージ。
見終わった後は、細かいことでクヨクヨするな、ちょっとくらいちゃらんぽらんでも大丈夫、今をとことん楽しめ‥‥!という気分になれる作品です。

トランスジェンダー女優ダニエラ・ベガの歌に震える(「シネマの女は最後に微笑む」第25回、更新されました)

映画から現代女性の姿をpickupする「シネマの女は最後に微笑む」第25回は、トランプ大統領が先月示したトランスジェンダーを実質排除する方針のニュースを枕に、『ナチュラルウーマン』(セバスティアン・レリオ監督、2017)を取り上げてます。


恋人の死によって表面化したトランンジェンダー女性への逆風 | ForbesJAPAN


ナチュラルウーマン [DVD]

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法的にパートナーシップを認められないことでトランスの人が被る不利益や理不尽さが描かれますが、それを包む大きなテーマは「愛の喪失をどう生き抜くか」です。
トランスジェンダーの女優で歌手のダニエラ・ベガの細やかな演技と、終盤にちょっと意外な展開があるのが秀逸。最後のオペラ歌唱は鳥肌が立ちます。


去年、ForbesJAPANにて月2(第2・第4土曜)でスタートしたこの連載も、2年目に入りました。
毎回、映画の内容にわりとしっかり触れていますが、読んだ上で観ても楽しめるように、また既に観た人が読んでも再度楽しめるように‥‥と心がけて書いてきました。
今度ともどうぞよろしくお願い致します。

チャウシェスク政権下の女子大学生に現代を透かし見る(「シネマの女は最後に微笑む」第24回更新されました)

映画から現代女性の姿をpickupする連載「シネマの女は最後に微笑む」第24回は、『4ヶ月、3週と2日』(クリスティアン・ムンジウ監督、2007年)を取り上げています。
人口増加を目指して中絶が禁止されたチャウシェスク時代のルーマニアで、友人の違法中絶に協力する大学生の一日を描いた佳作。第60回のカンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞。


「こうするしかない‥‥」友人のために奔走した女子学生の諦念 | ForbesJAPAN



わりと地味な感じの冒頭から徐々に、本当に徐々に引き込まれて、気づくとにっちもさっちもいかない緊張感の中に見る者を巻き込んでいく演出は秀逸。
「悲劇」と言っていい内容ですが、しかしこれはありふれたものだったろうと思わせる出来事が、長回しのカメラを多用しながら淡々と語られます。
深刻な状況の中に脱力系の笑い(というか笑い未満か)がふと挟まれるところは、ちょっとカウリスマキを思わせたりもしますが、ほのぼの‥‥とはなりません。無情です。


主人公のオティリアにおんぶにだっこの友人ガビツァは、「いるいる、こういう人!」と思う人が多いのではないでしょうか。困ると泣きつくくせに、こっちが心配して走り回っているのに結構シレッとしている。悪気がなさそうだから余計に厄介なのだけど、案外相手の人の良さにつけこんでいるのかも‥‥?とか思ったりして。
オリティアが渋々顔を出す、恋人の母親のバースディパーティでの大人たちの遠慮のない会話も、聞いていて陰鬱になってきますが、「今」に通じる興味深いものがあります。


私の好きな箇所は、「処置」が済んだ後、ホテルでガビツァを問いただしつつも、怒りには至らず諦めが見え隠れするオティリアの横顔を、アップで延々と映し出すシーン。ここでの印象がラストで効いてきます。オティリアを演じたアナマリア・マリンカという女優、すばらしいです。
終盤に近いところで(作り物の)「胎児」が結構長く映るので、そういう画像が苦手な方は要注意(出てくる前触れはわかりやすいです)。

清濁合わせ呑んで闘う女の新しい描き方『女神の見えざる手』(「シネマの女は最後に微笑む」更新)

現代女性の姿を映画からピックアップする「シネマの女は最後に微笑む」第23回は、ジェシカ・チャステイン*1主演の『女神の見えざる手』(2017)を取り上げてます。銃規制をめぐる敏腕ロビイストの暗躍を描くサスペンス。


何のために働き、闘うのか? 非情なまでに信念を貫くロビイスト-ForbesJAPAN


女神の見えざる手 [Blu-ray]

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間然とするところのない展開に驚くべき仕掛けが施されていて、一回観ただけでは細部がどう連関していたのかよくわからないところもあり……私はDVDで2回観ました。


この作品は、ジェシカ・チャステインが演じる主人公のキャラで、半分以上成功しています。
仕事に生きるキツめの女はこれまでたくさん描かれてきましたが、ヒロインに見え隠れする”歪み”については、恵まれない生育環境とか親との確執とか隠されたコンプレックスとかジェンダー的な社会背景など、何らかの要因が匂わされていました。それをまったく描かなかったところが新鮮です。「言い訳」がないのです。
従って観る者は、彼女の若干”黒い”側面をそのまま受け取るしかなくなります。そこも含めて魅力的な人物造型に成功しているところが面白いと思いました。

*1:文中、「チャスティン」になっていますが正しくは「チャステイン」です(編集者に修正要請中)。

育ちのいい小金持ちマダムをベタだが爽快に演じて成功(「シネマの女は最後に微笑む」更新されました)

現代女性の姿を映画からピックアップする連載「シネマの女は最後に微笑む」第22回は、『しあわせの隠れ場所』(2009、原題はThe Blind Side)を取り上げてます。


困った人がいたら助けること 行動派セレブマダムの自信と誇り| ForbesJAPAN


しあわせの隠れ場所 [DVD]

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アメフト選手マイケル・オアーのノンフィクションに登場する、彼の里親になった女性にスポットをあてた良作ですが、前回に続いて「背中が痒くなる邦題のついた洋画」です。安易に「しあわせの〜」で始まるの、多過ぎると思いませんか。



お金持ちで、夫は物わかりが良く、子供はいい子たちで、共和党支持者で、全米ライフル協会の会員‥‥。個人的には一つも共感要素がない女性リー・アン・テューイを、厭味なく演じたサンドラ・ブロックがなかなか良いです。ちょっと大味なところが苦手な女優でしたが、これは彼女の持ち味が活かされている、というかサンドラ・ブロックのための映画と言ってもいい。
こんな「善行」など白人の贖罪意識からじゃないか?とか強者だの弱者だのごちゃごちゃ言ってる間に、目の前の困った子供を助けるべきよ!(私たち金持ちは!)‥‥というメッセージもシンプルです。一見鼻につく偽善が本物になっていくところが、まあすごいですね。


細かいカットで書きそびれたことを一つ。
マイケルがテューイ家に来た夜、リビングテーブルの上に、ノーマン・ロックウェルの画集がいかにも!な感じで置いてある。表紙は、感謝祭のダイニングテーブルに揃った幸せそうな白人家族。 かつて「The Saturday Evening Post」の表紙を飾ったものと思われます。
奇しくも翌日は感謝祭。昔の慣習とは違い、テレビでアメフトの試合を見ながらそれぞれ好きなポジションで料理をパクつくテューイ一家と、一人ダイニングテーブルについたマイケル。それを見たリー・アンは家族を同じテーブルに呼び、手をつないで感謝の祈りを捧げるよう促す。登場人物がロックウェルの絵とよく似た構図になる。もう、いかにも!です。
この映画が今ひとつ「軽い」感じがするとしたら、細部の回収がベタでわかりやす過ぎるというところかもしれません。でもサンドラ・ブロックの演技を見るだけでも楽しいです。