『ONCE ダブリンの街角で』と『私の知らないわたしの素顔』(連載更新)

お待たせしました。ForbesJapanに連載中の「シネマの女は最後に微笑む」第82、83回と、2本続けてのお知らせです。

いずれも、ある男女の関係がモチーフですが、偶然まったく対照的な作品になりました。

 

◆『ONCE ダブリンの街角で』(ジョン・カーニー監督、2007)
音楽が主役です。俳優達はミュージシャン。そのせいか、たくさんある演奏場面もごく自然なところがとてもいいです。ところどころにユーモアを込めながら、なんとなくドキュメンタリーを見ているような雰囲気も醸し出されています。
偶然町角で出会い、音楽を通じて共鳴し合い、次第にそれぞれの背後の生活風景も見えてきて、次の一歩を踏み出すための別れを迎えるまでの、本当にさりげなくも貴重な一期一会がみずみずしく描かれます。
終わったあとにじんわりくる、たぶん、たまに見直したくなる作品。

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◆『私の知らないわたしの素顔』(サフィ・ネブー監督、2019)
なかなか怖いドラマです。ネット上で若い女性を装うことで、疑似恋愛にはまり込んだ中年の大学教授。電話でも甘い会話を楽しむうちに相手の心に火がつき、リアルで会う約束をしてしまう。
というサスペンスに、二重三重の仕掛けが施されています。なかなか見事な脚本。

そして主役を演じるジュリエット・ビノシュの、表向きは冷静に振る舞いつつ、加齢に怯えながら若い異性からの承認に飢える感じも、非常にリアル。美人なだけに煩悩が深くなるんでしょうね。煩悩が妄執となるあたりから、しみじみした怖さが襲ってきます。カメラワークが美しいです。

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『15年目のラブソング』と『おもかげ』

お待たせしました。「シネマの女は最後に微笑む」第80回と81回のお知らせです。

 

◆『15年目のラブソング』(ジェシー・ペレッツ監督、2018)

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邦題がいまいちですが、中年前期の男女の微妙なずれの描き方がリアルで、何気ない細部も楽しめる作品。ヒロインを中心に、オタクな大学講師の恋人と、彼が崇拝するロックスター(今は落ちぶれている)との対比が、だんだん鮮やかになっていくさまが見事です。
とりわけ、元ロックスターを演じるイーサン・ホークが素晴らしい。妻や恋人との間に子供を作っては捨てられたり逃げたりするダメ男で非常に情けないけれども、そこを「ま、しかたないよね」で終わらせないところがいいです。
一方、クリス・オドネルの演じる自分の世界にこもり切りの恋人も、非常に「いるいる」感があり、なかなか笑えます。

客観的に見ればどちらも身勝手な男ですが、元ロック・スターの方に年の功とユーモアが感じられます。ヒロインは一緒に成長していける相手を選んだのでしょう。しかし大人になるのは難しいものです。

 

◆『おもかげ』(ロドリゴ・ソロゴイェン監督、2019)

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2017年に多くの賞を得た短編がそのまま置かれている冒頭の15分でかなりもっていかれ、その後、幼い息子を突然失ったエレナの10年後が描かれます。
エレナに恋する美少年ジャンの「クソ生意気さ」が、さすがフランス人のガキンチョという感じです。親が海辺に別荘を持っているプチブルの16歳でどうやら既に性体験済み、友達も多く頭も悪くなく23歳も年上の女性に臆せず対等に接しており、変な策を用いず無邪気な点だけが年相応。
こんな男の子、日本人に置き換えてみると希少種、むしろファンタジーの領域でしょう。うんと年上の女を落とそうと寄ってくるのはもっとチャラい遊び人の少年だろうし、そうでなければ恋愛感情を抱いてもあそこまで近づく勇気は持てないはず。
積極的な16歳と大きな傷を抱えた39歳という設定でも少し危うさを感じさせるのに、それが「息子と母」であったら完全にヤバい領域に足を踏み入れます。この作品はその瀬戸際を主人公に行ったり来たりさせていて、その意味でもかなり大胆な試みをしていると感じました。深い後味の佳作。

 

『真実』と『チア・アップ!』を紹介(連載更新されました)

最近、2本まとめてのお知らせになっておりますね。どうもバタバタしていていけません‥‥。
ForbesJapanで連載の映画コラム「シネマの女は最後に微笑む」も、もう79回。なんとか100回を目指して頑張りたいと思います。

 


◆『真実』(是枝裕和監督、2019)

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「あの是枝監督がパリでドヌーヴを撮る」というだけで話題沸騰!みたいな感じですが、日本での興行成績はどうだったんでしょう。どっちかと言うとクロウト受けする作品だったと思います。
俳優陣が超豪華です。劇中劇があり、女優の母と脚本家の娘の関係が映画の形式に重ねられていく、という面白さ、妙味がこの作品の肝だと思います。
そして何といってもドヌーヴのラスボス感! この人に、「泥も被ったし「女」も武器にしてきたわよ、それが何か?」と言われて言い返せる人はいないでしょう。

 


◆『チア・アップ!』(ザラ・ヘイズ監督、2019)

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これまで何度かダイアン・キートンの出演作を紹介していますが、最近は年齢柄、老後の過ごし方がテーマになっているのが多いですね。
ユニセックスなファッションの似合う痩身を保ってきたキートンが演じるだけに、どの作品にも独特の軽やかさが漂っていましたが、この作品ではそれが「もうちょっと太っていた方が健康的に見えるなぁ」という印象を与え、それでも元気一杯な彼女を堪能した後で、ああついに‥‥と。笑えて元気になるコメディだけど最後のしみじみが効いています。

 

『私のちいさなお葬式』と『タイピスト!』を紹介(連載更新されました)

あけましておめでとうございます。ほとんどweb連載の告知しかしてない本ブログですが、今年もよろしくお願い致します。

年末のバタバタで、またしても先月の最後の告知を忘れておりました。今回も2本まとめてのお知らせです。

 

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一本めは、『私のちいさなお葬式』(ウラジーミル・コット監督、2017)。ロシアの片田舎、余命が短いことを知った老婦人が巻き起こす小さな騒ぎをユーモアたっぷりに描いていますが、徐々に喜劇の枠には収まりきらない重く普遍的なテーマが浮上。

原題は『解凍された鯉』。あの鯉がそうか、こういうことになるのか‥‥とわかった後で、深い余韻を残す素晴らしい作品です。

ザ・ピーナッツの『恋のバカンス』ロシア版が重要な曲として登場します。歌詞は違っていますが、ロシアでウケたメロディなんですね。なんとなくわかる気が。

外国映画の中で突然日本の曲が流れて驚くというパターンでは、アキ・カウリスマキの『ラヴィ・ド・ボエーム』の最後でかかる『雪の降る街を』があります。あれは日本語そのままで、結構びっくりします。日本のマイナーコードの曲は、北の国の人々のメンタリティにどこかマッチするのかもしれません。

 

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次は、『タイピスト!』(レジス・ロワンサル監督、2012)。1950年代末のパリを舞台に、地方出身のヒロインが「タイプライターの早打ち」で世界一を目指す物語です。

スポ根ドラマとロマンチック・コメディを合わせたような作りで、ストーリー展開はまあお約束ですが、天然で負けず嫌いでチャーミングなヒロインの頑張りと快進撃は、こちらまで元気にさせてくれます。

往年の古き良きロマコメの香り、50年代末のパリのファッションやインテリア、フランスvsアメリカの伏線など、あちこちに楽しめる細部が満載。現代的なスパイスを控えめに振りかけた、懐かしいお菓子を味わう気分でどうぞ。

 

 

『イーディ、83歳 はじめての山登り』、『グレタ』について書きました(連載更新されています)

Twitterの方をご覧の方はご存知と思いますが、某救援会に参加した3週間ほど前から突然多忙になり、「シネマの女は最後に微笑む」第74回更新のお知らせをコロッと忘れていました。ごめんなさい。

ですので、今回は連載2回分の告知をまとめてします。

どちらも、「この女優だからこその作品」だと思います。

 

 

 ◆『イーディ、83歳 はじめての山登り』(サイモン・ハンター監督、2017

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イギリス映画です。8384歳という同い年でイーディを演じたシーラ・ハンコックの、豊かで繊細な表情が素晴らしい。ほとんどそれに尽きると言っていいでしょう。スコットランド、ハイランド地方の美しく雄大な自然に、深くシワの刻まれたハンコックの風貌がよく映えています。

彼女は1933年生まれ。演劇やミュージカルから出発し、トニー賞ローレンス・オリヴィエ賞に何度もノミネート。映画、テレビドラマに数多く出演し、映画とテレビの女性賞で2010年の英国生涯功労賞を受賞しています。

イーディをサポートする役のケヴィン・ガスリーも好演。祖母と孫ほど世代の離れた者の間に、次第に生まれていくシンパシーと情感がしみじみと伝わってきます。

 

 

 ◆『グレタ』(ニール・ジョーダン監督、2018) 

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アイルランドアメリカ合作のスリラー映画。イザベル・ユペールがダーティ・ヒロインであるグレタを演じています。

個人的にユペールのファンで彼女の作品はほぼ全部観ていますが、メンタルを病んだピアノ教師の『ピアニスト』や、レイプ被害を受けるゲーム会社社長の『エル ELLE』など難しい役を演じてきた彼女のことなので、このヤバい初老の女の役も余裕でこなしています。

共演のクロエ・グレース・モレッツの愛らしいルックスは、怖がる演技がよく似合います。また、ニール・ジョーダンの作品によく出演しているスティーヴン・レイが最後の方で登場。この人が主演した『クライイング・ゲーム』(1992)、良かったですね。

アッパーミドル主婦の性的混迷をシニカルに描く『午後3時の女たち』(連載更新されました)

お知らせ、遅くなりました。

「シネマの女は最後に微笑む」第73回は、アメリカ大統領選の報道で耳タコなほど聞いた「分断」という言葉を枕に、『午後3時の女たち』(ジル・ソロウェイ監督、2013)を取り上げています。

 

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物理的にはほぼ満たされているけれども、平穏な毎日に退屈し、性欲と被承認欲を持て余した専業主婦を主人公に、アメリカのアッパーミドルの市民の日常をシニカルかつユーモアを交えて描いたドラマ。

ここに登場する階層は、日本で言うと世帯年収800万〜1500万、持ち家と車を所有し大都市近郊に住む比較的高学歴でリベラルな層、というイメージです。
ヒロインの属するのはユダヤ人コミュニティですが、ママ友の一人にはアジア系女性もおり、皆既婚で子供は二人目を持とうかという年代。お金持ちというほどではないけれども、生活ぶりには余裕が感じられる。


30代後半で子供もいて、しかし学生気分も少しひきずっていて、夫たちはIT関係のベンチャー企業やクリエイター系の仕事で、休みの日はおじさんバンドで練習したりサーフィンしたり。日本だと湘南や藤沢あたりに住んでいる感じなのかなと。

 

主婦レイチェルを演じるキャスリーン・ハーン、ちょっと脇が甘く、なかなかイタいところも曝け出す役を演じて、しかし下品にはならず好感が持てます。
ダンサーでセックスワーカー若い女マッケナを演じるジュノー・テンプルは、小柄で妖精みたいな雰囲気がチャーミング。妖精が小悪魔に変貌していくところも見所です。
テキストでは言及していませんが、精神分析医の初老の女性のキャラも面白いアクセント。

少しずつ予想を裏切る展開に引き込まれます。おすすめ。

ブラックな笑いが満載の犬も食わない『おとなのけんか』(連載更新されました)

「シネマの女は最後に微笑む」第72回は、『おとなのけんか』(ロマン・ポランスキー監督、2011)を取り上げてます。誰も「最後に微笑」まないけど、アイロニーに満ちた非常に面白い作品ですね。

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元は舞台で脚本が秀逸。子供の喧嘩で片方が怪我をした‥‥そこから始まる被害者両親と加害者両親の話し合いが、次第に泥沼に。最初は互いに牽制し合い気取っていたものの、次々と思わぬ綻びが。
ジョディ・フォスタージョン・C・ライリーのリベラル夫婦と、ケイト・ウィンスレットクリストフ・ヴァルツネオリベ夫婦の対比の中で、徐々に浮かび上がる夫婦問題の描写も、実に皮肉が効いています。

失笑する場面多数。9年前の作品でありながらまったく古さを感じさせずリアルです。
特にJ.フォスターとK.ウィンスレットは、よくこの厭な役を堂々と演じ切ったなと感心。


テキストでは三つの対立関係を抽出して整理しました。読んでから見ても十分楽しめます。
未見の方は是非!