「山本太郎お手紙事件」に見るメシア願望

話題としては既に古くなった、山本太郎参院議員が秋の園遊会天皇に手紙を渡したという”事件”。この件で最初に思い出したのは、かつて斎藤環が『新潮45』9月号の速水健朗との対談「「ヤンキー政治」にご用心!」で、山本太郎について言った「ニューエイジヤンキー」という言葉だ。


速水健朗の意見は、「山本太郎の支持層とヤンキーはあまり結び付かない」し、あれは「左翼が陰謀史観に流れていく典型」というもの。一方、斎藤環は「ヤンキーがインテリの思惑の中で別の可能性を開いてしまった特異例」だとし、山本太郎本人はヤンキー的だと言う。
山本太郎は「ある地点で思考停止してしまう面があり、極端な危ない証拠を連呼するだけで、客観性を保つための情報収集を拒否」している「シンプルすぎる非知反原発」。だがそのシンプルさ、見かけのわかりやすさでポピュラリティも獲得した。そうした性質は、斎藤環が言うところの「ニューエイジヤンキー」(その典型例がラッセン)の流れにあるものらしい。
ここでラッセン山本太郎が結び付くとは思わなかったので思わず笑ってしまったのだが、”お手紙事件”の後で考えてみると「山本太郎ニューエイジヤンキー」は非常にしっくりくる。笑えないくらいしっくり来る。


熟慮すべきことも「気合いとアゲアゲのノリさえあれば、まあなんとかなるべ」(斎藤環『世界が土曜の夜の夢なら』より)でやっつけてしまうのがヤンキー的メンタリティだが、極端な反原発主義をニューエイジ的であるとするのは、言うまでもなくニューエイジにディープエコロジー志向があるからだった。
さらにニューエイジは、個と大いなるもの(見えない世界とか宇宙とか)を直に結びつけるスピリチュアル思想と重なっている。間にある諸々の社会など複雑なシステム、機構を一挙に飛び越える点は、セカイ系に近いとも言える。
天皇は日本国の象徴にして日本の伝統文化と精神(スピリチュアル!)を体現する存在と見なされている。原発問題を訴えるため、「気合い」の出たとこ勝負で、間にあるものを飛び越えて天皇に直訴する感性は、まさにニューエイジにしてヤンキー。そして斎藤文脈ではヤンキーメンタリティをもつ人々が日本人の主流派である以上、「ニューエイジヤンキー」も潜在的には主流派となりうる可能性を秘めている。*1


巷では非常識、不謹慎、短絡的、パフォーマンスだと散々叩かれていたが、以上のことを考えるとこれは特別な、特異なケースではない気もしてくる。
山本太郎の行動にあった「神頼み」的なメンタリティは、多くの人が無意識のうちに共有するようになる、もしくはそろそろなっているのではないかと。


巨神兵という核兵器のメタファーが地上を破壊し尽くした後の汚染された世界に、救世主が登場し皆を救済する‥‥というのが、アニメ『風の谷のナウシカ』のテーマだった。今年も授業で扱ったが、「希望を描いているように見えるが、同時に絶望も感じとれた」という、3.11以後ならではの学生の感想レポートがあった。
福島第一原発の爆発による汚染された世界に、メシアは現れない。「汚染水はコントロール下にある」という公式見解とは別に、現場で日々困難な取り組みが続けられているという情報が細々と伝わってくるだけだ。事態が好転した、もう大丈夫という話は出てこない。だったらあとは「神頼み」しかないではないか(もちろん天皇は神でも救世主でもないが他に誰がいる?)‥‥となっても不思議ではない。
「議員のくせに議会制民主主義を無視している」「天皇を政治利用している」と批判した人々だって、心のどこかで「誰か強い影響力をもつカリスマがこのどんづまりの状況を少しでも変えてくれたらいいのになぁ」と思っていないとは限らない。でなかったら「脱原発」を主張し出したかつての人気政治家・小泉純一郎がこんなに引っ張りだこになるわけがない(よくよくそういう空気の読める人だと思う)。


さまざまな民主主義的手続きやシステム、制度への不信が強まりうっすらとした絶望感が蔓延していった時、強大な力で物事が解決されることを人は夢みるようになる。何か大きなものにすがりたい。大きなものと繋がりたい。それは一種のメシア(救世主)願望だ。
宗教的なものもそこから復活してくるだろう。従来の教団宗教とは異なるかたちで。たぶんそれを止めることはできないだろう。「ニューエイジヤンキー」山本太郎はその少し早過ぎた例だったのではないかと思う。



●「ヤンキー」解説
斎藤環の言う「ヤンキー」は、いわゆる一部の不良だけを指すのではなく、日本独特の「フェイク」な大衆文化を受容する層。故・ナンシー関が言ったとされる「ヤンキーは日本最大のマーケット」を受けている。
ナンシー関はかつて芸能界の美意識を指して「ヤンキー」と看破した。そこから斎藤は、「われわれの日常の大部分が、ヤンキー的な美意識によって覆われていることになりはしないか」(『ヤンキー文化論序説』五十嵐太郎篇著)と考察を始めている。


ラッセンとヤンキーを結びつけた拙記事では「どんなに頑張っても今いち垢抜けず安っぽい趣味に染まりやすい田舎者」と書いた。もちろん普段アートだの何だの言っている自分の中にも、そういうヤンキー要素があることを自覚している。
ただ「ヤンキー」という言葉は論者によって使い方が異なることもある。速水健朗斎藤環の違いはこの記事参照。


他、[ヤンキー]タグで関連記事を書いています(ヤンキーという言葉を含まないものもあり)ので、ご興味のある方はご覧下さい。
ヤンキー記事一覧 - Ohnoblog2

*1:そういえば、「天皇」の傍にはヤンキーがいつもいる。天皇即位10周年の記念式典で御前演奏したのはYOSHIKIだった。天皇即位20周年の記念式典で歌ったのはEXILEだった。その少し前、愛知万博岡本太郎の「太陽の塔」の向こうを張って「大地の塔」を作った藤井フミヤは、訪れた皇太子夫妻に「この塔の前で手を繋ぐと幸せになれる」と、とてもスピリチュアル感溢れる発言をしたそうだ。

ヤンキー、ニューエイジ、ラッセン(そしてアート‥‥)

8/29下北沢B&Bでのトークイベントにお越し下さった皆様、どうもありがとうございました。
満員のお客さん&著名な論者とのトークという緊張で、自分の喋りが時間に追われた時の講義のように早口(そしてところどころ日本語崩壊?)になっていた点を含め個人的にはいろいろ反省点もありますが、概ね楽しんで頂けたようで良かったです。


Togetterに実況が上がっています。発言の骨格はだいたい拾って下さっている印象。多謝>misonikomiodenさん
『ラッセンとは何だったのか?』  出版記念  いま、ここからのラッセン 実況ツイート


もちろんこれだけだとわかりにくいところもありますので、主にラッセンとヤンキー問題について、解説と個人的な感想がてら書いておきたいと思います。長いです。

ラッセン・ヤンキー論

話は5年前に遡る。2008年のブログ記事『ラッセンとは何の恥部だったのか』は、『アーティスト症候群』の読者からの「ところで唐突だけどラッセンって何だったんでしょうか?」というメールに応えるために、「ヤンキー」という観点を持ち出して書いたものだった。この記事に、速水健朗氏から当時、(ラッセンが属する)「ニューエイジ中産階級の文化なので、ヤンキーとの親和性はない」とのツッコミを頂いている。『アート・ヒステリー』でのラッセン(とヒロ・ヤマガタ)についての文章では、それを少し意識した書き方をした。*1 そして、ラッセン本に寄せたテキストでは過去に言及した内容を紹介した上で、ラッセンを無視するアートの側(嫌ヤンキー的感性)からの視点を内省的になぞるかたちで書いた。
が、ここで「ラッセンあるいはラッセンファンとヤンキー問題」が明確なかたちで浮上することになったのは、ヤンキー論の第一人者、斎藤環氏の論考によるところが大きいだろう。書籍への反応もヤンキーを巡るものが多かったようだ。


登壇者の斎藤氏と速水氏はともに、『ヤンキー文化論序説』(河出書房新社、2009)に論考を寄せている論者である。大雑把に言えば、斎藤氏はヤンキーを多くの日本人の中に存在する感性として主に心理面から捉えている。言わばヤンキー遍在論。一方、速水氏の方は、ヤンキー(特に90年代以降の「再ヤンキー化」された若者)を「東京への憧れがない」地元志向の下流消費層と位置づけている、ヤンキー偏在論。根本の見方が違っているがゆえに、ラッセンに関しても意見の相違が生じる。
90年代当時、実際にラッセンを買った層は加島卓氏の論考によれば30代が多いという。たしかに20代ではローン返済能力も落ちるだろう。ただラッセンに憧れた人々、版画は買えないけれど比較的手に入れ易いポスターやジクソーパズルなどを購入し部屋に飾っていた人々には、20代の若者も広く含まれていたのではないかと思われる。
仮にラッセン・ファンと呼べるその全体が、速水氏の主張するようにニューエイジ文化圏のアッパーミドルだったのか、斎藤氏の言うように階層関係なくヤンキー的感性を有する人々だったのか、その分布を具体的に検証することは難しい。難しいということを踏まえてどういう視点に立つか、という話なのだ。


私の視点は斎藤氏に近い。ただしラッセン自身がどういう立ち位置なのかは、私にはよくわからない。土屋誠一氏が論考で述べているように精神主義的なニューエイジ文化圏の人である一方、原田裕規氏や斎藤氏が指摘するように、資本主義の原理原則に極めて忠実なアーティストであるとともに経済的成功者としての自分を隠そうとしないその姿(即ち成り上がったヤンキー)には、どちらかに単純に分類できないものを感じる。それこそラッセンに数ヶ月密着取材するとかでもしない限りは、わからない。
なので私は、ラッセン本人がどういう人かは一旦棚上げし、なぜラッセンがあれだけウケたのかという受容者問題から論じるというスタンスを取ってきた。
いずれにしろ、ラッセン・ヤンキー問題は私の中では速水氏にブコメでツッコミ頂いてから5年越しの懸案であり、速水・斎藤両氏の登壇するトークイベントで「ヤンキー論争」が盛り上がる(おそらく観客もそれを期待している)ことは想定済みだったので、対立するニューエイジとヤンキーの交わりそうな点を無理にでも提示しないと、話のオチがつかないだろなぁとあれこれ考えていたのだった。


トークイベントも迫ってきたそんなある日、ラッセン本の編著者で登壇者の一人の原田氏から「今出ている『新潮45』9月号で速水さんと斎藤さんがヤンキーを巡って対談しているので、一応チェックしておいて下さい」との連絡が入った。
早速その対談「「ヤンキー政治」にご用心!」を読んでみると、ニューエイジとヤンキーとはあくまで別の文化・消費者層という観点を固持する速水氏に対し、斎藤氏は「ニューエイジヤンキー」なる概念を出して対抗。その代表がラッセンだと言い切っている。*2
ニューエイジヤンキー。この言葉のインパクトに、対立項の”和解”について頭の中でぐちゃぐちゃとひねくっていたのが半分くらい吹っ飛んだ。そう言えば斎藤氏は既に去年、twitterでこの言葉を呟いてたんだっけ。記事にしたのにコロッと忘れていた。不覚‥‥。


トーク前の打ち合わせで早くも交わされる、速水氏と斎藤氏の”和気あいあい”としたジャブの応酬。結局こういう話というのは、「どっちの立場に立ったらよりオモロイことが言えるか」レベルの勝負であり、ヤンキーというのもその材料なのだ。
しかし東京の文化系論壇の人々は、日々こういう論争というか神経戦に明け暮れているのだろうか。大変だわ。ついていけるか全然自信ないわ私、と思ったのは事実。


さて、トークで述べた自分の意見を改めてまとめておくと、70年代のニューエイジ思想の反権力的なコアの部分を日本で担ったのは全共闘世代の左翼崩れの人達、80年代でニューエイジニューアカ中沢新一など)に受容吸収されていく一方、90年代前半ではオカルト(→オウム)と癒しブームとに分かれていった(もちろん両者重なるところはある)。*3
つまりアメリカ西海岸発祥のニューエイジ思想は、日本で年代と共に次第に劣化・漂白され、一般が受容しやすいかたちになって薄く広まった。そうした流行としての癒し、ヒーリングブームに乗った層は、故・ナンシー関言うところの「日本最大のマーケット」であるヤンキーとかなり重なっていたのではないか。
補足すれば、そもそも昔からヤンキー層、ヤンキー的感性は、占いとかお守りとかその手のものと馴染みがいい。ラッセン作品がニューエイジ発だとしても、日本での受容においては人々のヤンキー感覚にアピールしたという、少し捻れた現象が面白いし、その視点からアート(特に現代アート)と巷のラッセン人気の距離も読み解けるのではないかということ。
最後にちょっと横の話として触れたことだが、7月に東京でラッセン展が開催されていた頃、twitterラッセン検索で多く眼にした「ラッセン大好き♡」な若い女性の黒目修正的自撮り画像アイコンも、スピリチュアル的感性とヤンキーの裾野での融合を示すものの一例に思えた。


以上、ニューエイジ×ヤンキーの”和解・折衷案”は、斎藤氏の言う「ニューエイジヤンキー」に対する、私なりの補助線だ。それだけに、東京を志向しない若者消費者層から見る速水氏のヤンキー論とは、整合しない点も多かったと思う。
トークでは最後まで速水氏と斎藤氏の間で、「ラッセン需要層はアッパーミドルですよ」「いやヤンキーです」といった、私から見ると「この人たちが決して譲らないのも、トークイベントのエンタメ的性質というものをよくわかってるということなんだろうかなぁ」とも思えるやりとりがあったが、質問タイムで、地方都市出身者のお客さんが数人、ヤンキーとラッセンファンの結び付きを「証言」し、斎藤さんドヤ顔・速水さんピンチ的な場面もあった。
特に印象的だったのは、「地方では、それなりにお金をもっているような中流階級も結構ヤンキー的なんです」という発言(ヤンキー土壌の分厚い名古屋出身者としても強く同感)。つまり「ラッセン消費者=アッパーミドルのニューエイジャー」とは、東京にだけ見られた現象かもしれない‥‥という新たな視点も示されたのだった。
いずれにしてもニューエイジ的なものが日本の社会の中で、ラッセンを受容するような感性とどのように結び付いて今に至っているかということは、もっと詰めて考えると面白そうだ。ここには全部書ききれないが、いろいろ脳を刺激された。速水・斎藤両氏に感謝したい。



その他、メモしていた小ネタや言いそびれたこと(タイミングよく口を挟むの超苦手)などをだらだらと。

リリィ博士からヤノベケンジ

ラッセン本でニューエイジとの関連について唯一詳しく言及している土屋誠一氏の『ラッセンをイルカから観る――ジョン・C・リリィ再読のための一試論』で思い出したのは、79年のSF映画アルタード・ステーツ〜未知への挑戦』(ケン・ラッセル監督)。リリィ博士の思想と実験をモチーフにしており、当時日本でもちょっと話題になっていた作品だが、この中に「アイソレーション・タンク」が登場する。体温と同じ温度に設定された高濃度硫酸マグネシウムの溶液が入っていて、ドラッグを使用しつつそこに身体を浸すことで感覚を遮断し、暗闇と浮遊感の中で幻覚を見るというもの。80年代にはハリウッド・セレブの間で流行し、日本でもジムや会員制のサロンなどで広まったようだ。
アート方面では、90年にヤノベケンジが『タンキングマシーン』という「アイソレーション・タンク」(体験型アート作品)を制作し、これも結構話題になっていた。

渋谷系「イルカ」のその後

星野太氏の論考『ラッセンの(事情)聴取』。『Porpoise Songs:A Tribute To Christian Riese Lassen』(2010)というコンピレーション・アルバムに収録された楽曲『Porpise Song』から、フリッパーズ・ギターの『Dolphin Song』(1991、アルバム『ヘッド博士の世界塔』収録)へと引かれたライン、そして90年代初頭の渋谷HMV周辺には2種類のイルカ――ラッセンの「イルカ」と渋谷系の「イルカ」――が漂流していたはず‥‥という考察がとても面白かった。
渋谷系の「イルカ」は、さまざまな過去の音源を細切れに詰め込み、それこそコンテクストにコンテクストを重ねた、いかにも90年代サブカルやアート系のひねくれた「イルカ」だったが、その「イルカ」の「一匹」だった小沢健二の、どう見てもニューエイジな今を思うと、なかなかに感慨深いものがある。
でも小沢健二ラッセンは好きじゃないでしょうね‥‥趣味的に。


トークで少し言ったことだが、(渋谷系の「イルカ」のやっていたような)小ネタ遊びとコンテクスト・ゲームが、アートやサブカル界隈から国民的番組となった『あまちゃん』にまで及んで飽和状態となっている現在、そうした情報戦からアートを一旦切り離し、純粋に(ということは実際はありえないわけだけど)作品単位に還元するべきという考えのもとにラッセンを引っ張ってきた原田氏の企ての中にあるのは、もしかしたら「言語ゲーム」としてのモダンからコンテンポラリーアートの書き換え、及び必ず文脈に依存する批評との訣別なのか?‥‥とか。
でも「強度」だけで善し悪しを見るとしたらそれも疑問。「強度」は作品の要件かもしれないが、容易に消費されがち。「さらなる強度を」は「さらなる消費に」に結び付き、「売れるものがいいもの」的価値観に吸収される危険性が‥‥とか。
ただし他のジャンルと同様、アートも資本主義社会の「趣味」の消費文化(であるならば、中ザワヒデキ氏がかつてスタジオボイスで指摘したようにラッセンの勝ちになるが)として自らを規定するなら、その方向でどんどん突き進んで制度にすら守られない「焼け野原」*4になっちゃうしかないのかも。でなければ、内的「論理」でガチガチに固めてやるしか手がなさそう(極論です)。
個人的には拙書に書いたように、<「異物」としてのアート>は何らかのかたちで(時にアートとは認識されないようなかたちを取って)残り続けると思う。

アートの条件と隠喩/換喩

斎藤氏の発言(Togetterまとめから)

ラッセンをコンテキスト化できるかどうかについて3つの問題がありできないと思う 
1、メタレベルに立って領域を越境できるかどうかであり、それにより他領域を取り込めるが、それができない 
2、自己投影できるかどうか。本人の何かが浮かび上がるかどうか、トラウマ的なものがそこに反映されているかどうかで、病跡学点からとりこみやすい 
3、如何に意味から逃れられるかどうか。ラッセンの絵は意味過剰で説明的すぎて、まさにイラストで嫌われる。
ラッセンの作品単体でなく、それと風俗などを一緒に取り組んでコンテキスト化するしかなく、単体では語ることは出来ない

ラッセンがモダン〜コンテンポラリーアートの世界で取り上げられない理由が、解りやすく述べられていた。要は1.メタ視点がなく、2.作家の内面も反映されず、3.隠喩的読みができない(意味過剰で説明的すぎる)場合、アートとしての積極的価値=批評性は見出されないと。
逆に言えば、そういう読みを学ぶことがアートの見方を学ぶことに、少なくとも現在はなっている。大野発言の「ラッセンは美術に組み込まれないと思う。美術館と学校云々」もそのあたりのことを指す。


で、3の「如何に意味から逃れられるかどうか」の「意味」とは、見たままのベタな意味ということであり、「まったく何も意味しないものを作れるかどうか」ということを言っているのではない(と思う)。
意味を一つの点に例えてみると、ラッセンの絵は点でぎっしり埋め尽くされていて、余白(解釈の余地)がない。点と点を繋ぐような線(コンテクスト、文脈)が引けないから、外部(風俗など)との関係で「コンテキスト化するしかない」。つまりラッセンの絵は、描かれたモチーフ間や色や形態との間に、何らかの意味の連鎖や因果を創出的に見出しにくい(隠喩的読みができない)。
逆にそういう回路を持っていないからこそ、彼の絵は「快感原則」に生きるヤンキー的感性に直裁に訴えたとも言える。
斎藤氏は、『世界が土曜の夜の夢なら ヤンキーと精神分析』(角川書店、2012)で、ヤンキー=ヤンキー的スタイルを「本質を欠いた換喩性」としている。ざっくり言えば、換喩は近いものへの「置き換え」による隣接だが、隠喩では意味と意味の連鎖運動や因果関係が成立する。ラッセンの絵はただベタな「意味」が隣接し合っているだけの、「本質を欠いた換喩性」が身上。そこでラッセン=ヤンキー、となる。


しかし。隠喩的でなく換喩的であるということは、コンテンポラリーアートにおいてはむしろ”褒め言葉”に反転し得るのではないか。
『日本2.0 思想地図β3vol.3』収録の論考『文学2.0 余が言文一致の未来』で市川真人氏は、近代とは「隠喩の時代」だったとした上で、隠喩的に意味を見出すことで対象を一つの世界として把握するような読みに慣れている我々は、換喩的方法で表された世界(たとえばネットのテキストのハイパーリンクは換喩的であり、一つの世界として全体を把持しづらい)の「人間性の無意味化」に耐えられない、近代的主体である我々は換喩的表現に「反動的」に隠喩的「意味」を希求する、と述べている。
詳しくはこちらの記事を参照して頂きたいが、そこで私は「因に『世界が土曜の夜の夢なら ヤンキーと精神分析』で斎藤環がヤンキーの特質を「本質を欠いた換喩性」としていて、隠喩が神経症と対応しているとすると、換喩は乖離と対応しているのだろうか?などと思ったりもした」とメモしていた(神経症は近代の病だが、それに対して最近増えていると言われるのが乖離性障害らしい)。


諸々合わせて考えると、隠喩的読みを拒否する換喩的表現に満ちたラッセンの絵こそ真にコンテンポラリーであり、それを感覚的に享受できるヤンキー的感性こそ、”知の埋蔵量”を競いコンテクストの解読合戦に明け暮れるサブカルやアート界隈の近代的主体よりずっとポストモダン、というか未来人ということになるのか。何だか笑えてきた。思わず「未来人」なんて書いたけどそれってニューエイジっぽいですよね。
話が一周したところで収拾つかなくなってきたので終わります。


トークイベントでの私の発言についてご質問のある方は、どうぞお気軽にコメント欄へ。


● 9/2続き書いた。


● 例によって追記
質問タイムの最後に出た私への質問。「『アート・ヒステリー』で書いていた美術教育の話と、今日のラッセン話とは、どういうふうに繋がるのか聞きたい」(だいたいこういう内容だったと思う)について。答えの途中で話がとっちらかってしまったので、ここを読んでいらっしゃるかどうかわからないけど改めて。
戦後の日本の学校美術教育は「自由」と「個性」の賞揚を旨としてきたが、アーティストより観客になる人の方が圧倒的に多いわけだから、美術史や造形理論などを通して美術のコンテクストを知的に理解させ、教養を伝授することも必要。これは、芸術を啓蒙する近代の制度として成立してきた学校と美術館の役割。
一方、作品を観る時、誰でも自分の中の知っていることを通して観るのであって、そこには優劣はつけられない。個人的な体験や記憶を通して観てもよいし、好き/嫌いな見方でも構わない。それはどこまでも自由。
そういう感覚的な受容と、教養による理解とが、相容れないこともあるだろう。たとえば自分はラッセンが好きなのに、一方でアートではあまり評価されてないのも理解できるとか。そういう”矛盾”や違和感に向き合う体験は、単に好き/嫌い、趣味に合う/合わないで済ますより、その人にとってものを考えるきっかけに繋がるのではないかと思います。


終了後、若いお客さんの一人から「現代アートでは「タブー」とされているようなこと(例えばラッセン)って、その外の世界ではそうではない。ラッセン本鼎談で出ていたアートとイラストの区別など、自分の感覚では全然ない。なのでアートの世界で前提とされてきたことは、説明されないとわからない部分がたくさんある」という意見を頂いた。
その通りだと思う。ラッセン本やトークイベントが、そのあたりを多少なりとも開くきっかけになればいいのですが。


ラッセンとは何だったのか? ─消費とアートを越えた「先」

ラッセンとは何だったのか? ─消費とアートを越えた「先」

↑第三章でラッセンについて書いています。本の内容紹介など詳しくはこちらを。

*1:「現代版”極楽浄土の図”」「一種の宗教画=スピリチュアルアート」など。

*2:ニューエイジヤンキー」とはここの斎藤氏の文脈では反原発を唱える山本太郎を指していたのだが、政治批評としてこの対談を読んでいた読者は、いきなりラッセンが出てきてびっくりしたのではないか。

*3:そして後で思ったこと。戦後美術教育の旗印だった「自由」「個性」「創造性」って、どこかニューエイジ、スピリチュアルと通じている感じが濃厚。たしかニューエイジ思想は教育方面にも影響を与えていたはず。このへんを掘り出すと面白そう。

*4:これ実際は「あとは野となれ山となれ」という言い方をしたと思うのだが、、、よく覚えてない。

非ヤンキーはヤンキーを語る

斎藤環先生の「ヤンキー文化」ツィート - Togetter


『世界が土曜の夜の夢なら ヤンキーと精神分析』(角川書店、2012)で、ヤンキー文化論(という名の日本人論)の最前線に躍り出た感のある斎藤環。以下は、特に印象に残った斎藤先生のtweet


●地方の学校社会では、ぼーっと生きているといつの間にかヤンキー文化に染まってしまう。もしそれを避けたければ「趣味」と「知性」で武装するしかないのかも。ちゃんと武装してないと「維新の会」が迎えに来るぞ。
●どうやらやっぱりヤンキーには「良いヤンキー」と「悪いヤンキー」がある模様。僕はコレと似てはいるけど別の軸として非行歴バリバリの「ハードヤンキー」と、なんとなくバッドセンスの「ソフトヤンキー」の区分を提唱したい。後者の代表がマロン湖。異論は認めない。*1
●ソフトヤンキーは日本の心。ってか日本の無意識。だって「頑張れ!」って「気合いだ!」ってことでしょ。「心」は言ってみりゃ「ホムンクルス」。入れ替え可能で、身体を操縦する小人。だから「心でっかち」は「気合主義」に直結する。だって「気合」は「入れる」もんでしょ。
●速水さんによればヤンキーとは「都市リベラル層への反感」であるという。自然食でヨガでエコロジーな都市リベラル層の価値判断にヤンキーは反発する。放射能で汚染されているに違いない太平洋側で海水浴を楽しむなんてとんでもない、というリベラルの判断をヤンキーは受け容れない。
●つまりヤンキーは気合で放射能ははじき返せる、ということか。気合ってすごいなあ。ただ思うのは、ヤンキー層にもニューエイジ・ヤンキーがいるのではないか、という疑問。被災地支援や反原発運動の現場には、こういう人たちがたくさんいるような。
●球技全廃とか生ぬるかった。今や「協調性」の獲得は「ソーラン節」に託されたのだ!そこへ持ってきて文科省の「ダンス必修化」。もう中高生はソーラン踊ってヤンキーになるか、HIPHOP踊ってB-BOYになるしかない。


個人的には「ハードヤンキー/ソフトヤンキー」というコンタクトレンズみたいな腑分けより、「ガチなヤンキー/チャラいヤンキー」略して「ガチヤン/チャラヤン」というどことなくヤンキー臭い言い方を流行らせたい(チャラヤンの代わりにユルヤンでもいい)。
‥‥と私がここで言っていてもあんまり訴求力がないが、既にどこかで使われてたりしないかしら。ハードヤンキー(ガチヤン)がめっきり少なくなった今、ヤンキーと言えば「マロン湖」なソフトヤンキー(チャラヤン)ということにこれからますますなっていくので、別に腑分けに拘る必要はないのかもしれないけど。


ところでtogetterの中に、「斎藤環さんを含む文化人っぽいひとたちはどうしてそこまで、「ヤンキー」的なるものを恐れるんだろうか。学生時代に嫌な思い出もあるのかなあ」というtweetがあった。
ヤンキーについて語る「文化人っぽいひとたち」が全員、「ヤンキー」的なるものを恐れているとまでは思わないが、自身とほぼ対極の位相、文化集団として見ているのは確かだろうし、そこに含まれる体育会系のアゲと気合いノリとプチ・ナショナリズムな感性への違和感と警戒心は、だいたい中学、高校くらいから醸成されていくと思う。斎藤環のヤンキー文化論及びヤンキーへの旺盛な言及は、「ヤンキー」的なるものの広がりとそこに取り込まれまいとする防衛機制としてもあるのかな?などと思ったり。
一方、「文化人っぽいひとたち」に入るだろう学者でも、千葉雅也は「ヤンキー」的なるものを恐れていないどころかむしろ親和性を示しており、それは本人の装いからもテキスト(思想地図βvol.3のギャル男論や美術手帖10月号のラッセン論)からも濃厚に匂ってくるが、もちろんフランス現代思想なヤンキーがいるわけないしヤンキーとは常に「語られる者」だから、たぶんあれは「脱構築」的快楽、というか享楽に向かう回路としての確信犯的コスプレではないだろうか。よく知らないけど。
いつか斎藤環と千葉雅也の対談本が出されるのを希望。



本ブログ内でもヤンキーに言及している記事が結構あったので、「ヤンキー」タグを作成、追加。以下、内容的なヤンキー濃度の高低を☆の数で提示し、それぞれ一行紹介を付けてみた。「ヤンキー」という言葉を使ってない文章でも、「ヤンキー的」なるものについて触れているのは入っている。
非ヤンキーで、ヤンキーに愛憎半ばする私の「内なるヤンキー成分」についてはまだ書けていない。


「日本ど真ん中まつり」考(2004.8.30)☆☆☆
  YOSAKOIソーラン祭り=プチ・ナショ臭い=ヤンキーメンタリティという考察。
ホストという生き方(2005.1.9)☆☆☆
  ホスト紹介番組はプロX+Vシネ。ホスト=ヤンキーの泣き所はお袋とガキ。
『下妻物語』の退廃と諦観(2005.1.15)☆☆
  北関東を舞台に描かれるヤンキーとロリータの親和性を「男」の友情に見る。
『ラブちぇん』の笑いと哀しさ(2005.11.30)☆
  ヤンキー文化層の若夫婦がしばしば登場する夫婦交換番組について。
「『性愛』格差論 モテと萌えの間で」を読んで(2006.6.3)☆
  斎藤環初期ヤンキー論。恋愛、sexに最も意欲的な順はヤンキー>負け犬>おたくと腐女子らしい。
雑誌『KING』創刊号を読む(2006.9.19)☆☆☆
  既に廃刊になった雑誌。中途半端な気合いと中途半端なオヤジの能書きでヤンキー層の獲得に失敗。
ケモノの季節(2006.10.3)☆
  ヤンママは子どもに豹柄着せるな、大阪のおばちゃん達は頑張って下さいという話。
DQN、ビッチはなぜもてるのか?(2007.7.28)☆☆
  その場その場の欲求に素直に従って生きている者の、安っぽく刹那的な輝きの魅力、暴力と性愛。
ヤンキーと眼鏡男子とドラえもん(2007.8.2)☆
  専門学校生徒のヤンキー君の思い出(ほのぼの系)。
ラッセンとは何の恥部だったのか(2008.4.21)☆☆☆
  ラッセン受容層は日本のボリュームゾーンであるユルいヤンキーだったのではないか論。
『ヤンキー文化論序説』を読んで(2009.3.19)☆☆
  しかしなぜインテリはヤンキーが気になるのだろう。
DQN語とは「ヤンキーが使っている言葉」ということらしい(2009.6.20)☆☆
  「やべぇ」が意味するもの。
「どや」と紳助は言った(2011.8.24)☆☆
  紳助(成功したヤンキー)の引退時の心の呟きを妄想。

*1:「マロン湖」って?とググったら、広島のダム湖の名称を公募して選ばれた名前だった。「栗湖」と書いて「マロン湖」と読む。湖までキラキラネーム‥‥。

「どや」と紳助は言った。

「どや、俺の引退記者会見。100点満点やったろ。解説したるわ。まずは相手に恩義があったということの強調や。恩義のある人だから無下にはできんかった。人として当たり前のことやないか。俺、「人として」「心」「感謝」各2回言ったわ、前半で。これ視聴者の気持ちをつかむ豆知識な。紳助、義理人情に厚いなと世間は思うやろ。ヤクザとつきおうとるのが悪い言われることは知ってんねん。だからバレんよう気ィつけてやってきたんやから。ほんまにどっから漏れたんかな。ま、俺の足引っ張りたい奴はぎょうさんおるから、それは今はおいとこ。でな、最初に「正直に話します」言うたからって、「内心はバレたらヤバいと思ってました」とか素直に言うてみ、「ヤバいと思ってやっとったんか!」て大バッシングに決まっとる。そやから「悪いと思ってなかった」で通さないかんねん。自分で悪いと思てることはせん紳助、義理人情に厚くて芸能界の「ルール」に疎い不器用な紳助、や。どや。ここで視聴者の半分はもう俺に同情的やろ。な? 次に、すぐ引退を決意したいうのが大事なとこや。こうゆうことは長引かしたらいかん、スパッといかな格好悪いで。グズグズすればするほどボロが‥‥噂が噂呼んで週刊誌があることないこと書き立てるんよ。それがほんま鬱陶しいねん。こんなことで何度も頭下げて神妙な顔して芸能界で生かしといてもらうのは、てっぺん取った俺のプライドにかかわるねん。噂が出た、紳助またやらかしたか謹慎かなと一部で思われてるうちに、さくっと潔く引退やて。どや、男らしいやろ。つまりこうゆうことや。F1の超人気レーサーがやね、スピード違反で捕まったとするわ。世間の顰蹙は買うかもしれんけど、法的には罰金程度で済むわな。それを本人「もう免許証返還します」ゆうたようなもんや。世間も振り上げた拳の降ろしどころがないわ。みんな大慌てやで。スポンサーもな。お前らこんなつまらんことで、不世出のスター潰したんやで?でっかい魚逃したんやで?損したのはこっちやないで、お前らやで?ええんか?てなもんや。まあレギュラー少ななってから辞めるよりはましかもしれんとは思ったな。落ち目でこうなってみ、惨めやでー。俺は金があるからええけどな。それから忘れてあかんポイントは、後輩思いゆうことよ。自分がここで辞めな後輩達にしめしがつかん、若い人に過ちを犯させないために自分が手本を示す、ちゅうこっちゃ。どや。先輩の鑑やろ。不祥事があっても何やらかんやら有耶無耶にする政治家と比べてみい、紳助偉いやっちゃいうことになるやんか。な? 吉本のイメージを落とさんために人身御供になってくれはった紳助さんゆうことで、吉本の若手らも俺に一生頭が上がらんわ。で、こんなに紳助を追い込んだんはやっぱり週刊誌かと視聴者が思い始めたところで、チクッと批判するんよ。どんな嘘八百書かれても我慢してきました言うてな。でも明日から一般人なので嘘書かれたら告訴します、言うとけば、紳助もずいぶん悔しい思いしたんだろなぁとますます同情票集まるわ。嘘ばっか書くえげつないマスコミのせいで、引退を決意せざるを得なくなった大物芸人島田紳助。悪いのは週刊誌や。こっちは被害者や。ワイドショー見てみ。もうなんとなくそういう扱いになっとるわ。あ、批判し過ぎはあかんで。チラッと言うだけ。でも俺「告訴」2回言うたでな。大事なことなので2回言いました。そんだけで効果絶大や。後半も、自分で自分に一番重い罰を与えるという、俺の道徳観念の強さを強調したやろ。週刊誌と俺とどっちが道徳的かいう話になるがな。今までいろいろトラブル書かれてきたけど、これで帳消しやな。これで週刊誌が俺を叩いたら悪者は完全に週刊誌や。周囲のみんなに引退を引き止められたが曲げんかったゆう話もええやろ。ここは泣くとこや。さあさあ貰い泣きしてええで。散りばめた人名も重要よ。ダウンタウンの松本、上岡龍太郎上地雄輔孫正義武田鉄矢、さんま。あと嫁と娘な。つまりヤンキー上がりの俺がやな、先輩スターや仲間や家族の支えとファンの励ましがあって、やっとここまで上り詰めたんやと。まあ俺の才能やけどな。そういう、レギュラー6つも持ってる天才大物芸人がつまらんことで足掬われて人気の頂点で引退という、ほんまにほんまに残念な話やねんこれは。俺は悲劇のヒーローやねん。そんで「世の中の役に立ちたい」でシメな。やっぱしええ人なんやなぁ紳助は、と。最後は「切腹のかいしゃくをしてくださってありがとうございました」。サムライやなぁ紳助は、と。これで飯ドンブリ10杯はいけるやろ。どや」



会見の録画をワイドショーで見ていたら、なぜか副音声で聞こえてきた島田紳助の声でした。
空耳だったかな。



●参照
http://www.asahi.com/showbiz/nikkan/NIK201108230219.html

DQN語とは「ヤンキーが使っている言葉」ということらしい

日刊スレッドガイド:DQN語初級講座より。

LESSON:3
Taro:これやべぇな(このCMの車は格好良いですね)
Ken:マジキてんな(素敵なデザインですね)
Taro:やべぇわー(車を買うなら、こういうのに乗りたいです)
Ken:つかありえなくね?(値段もずいぶんとしますね)
Taro:まじやべぇ(私には高価すぎますね)


仕事で行っているデザイン専門学校で、生徒にデッサンの参考作品を見せたら、これとほぼ同じ会話をしていた。
Taro:これやべぇな(このデッサンすごく上手いですね)
Ken:マジキてんな(ほんとにリアルに描けてますね)
Taro:やべぇわー(ここの描写とかすごいですよ)
Ken:つかありえなくね?(こんなの僕らに描けるんでしょうか)
Taro:まじやべぇ(プレッシャー感じますよね)


「すごい」を「やべぇ」と言うのは15年くらい前に知った。「上手い」も「美味い」も「やべぇ」だ。特にDQNじゃなくても使っている気がする。どっちかというとヤンキーな子が(DQNとヤンキーをどう区別するのかはよくわからない)。


クロッキーをいつもの鉛筆ではなくコンテを渡して描かせたら、「意味わかんね」と言った。んなこと言われてもこっちも意味わかんねだよ。言いながらも描いていたので、推測するに「これは変わった描画道具ですね」あるいは「初体験なので戸惑ってます」ということだと思う。


以前、「もっかい形見直してごらん」と言って、「ラジャー」と返された時はびっくりした。彼は非ヤンキーだったけど。ヤンキーの場合は「うぃっす」と返してくる。やる気が湧き起こっている時は「うっしゃ!」。*1  やる気が失せている時は黙って微かに顎をしゃくるだけ。
昔はなんだかなぁと思っていたが、この頃は可愛いなとしか思わない。彼らの親の年代を超えつつある私。

*1:余談だが、ヤンキーだから授業態度は不真面目だろうというのは当たらない。彼らは数値(点数)で目標が設定されると、しばしば闘争的になる(ってヤンキーに限らないか)。私のクラスでは目下、金髪ヤンキーとモヒカンヤンキーが、他の生徒を圧してデッサンの一位争いをしている。

『ヤンキー文化論序説』を読んで

ヤンキー文化論序説

ヤンキー文化論序説


ヤンキー体質ではないと自認する人々が、よってたかって「ヤンキーなるもの」を分析、考察した本。自分の中の僅かなヤンキー成分を嫌々ながらも意識する者としては、これは読まざるを得ない。
まえがきで、編著者の五十嵐太郎氏が「きっかけは、だいぶ前にインテリアデザイナー森田恭通氏をヤンキーという視点から何か分析できるのではないかという議論でもりあがったことだった」と書いているのを読んで、膝を打った。
実は三年くらい前、デザイン専門学校の家具インテリアコースの生徒のヤンキー君が、「森田恭通みたいになりたい」と言っていたのを思い出したからだ。「職人は厭なんだよ。ああいうふうに目立ちたい。んで金儲けしてぇ」。やはり、ねぇ(森田恭通については本文で詳しく述べられている)。


自分の歳が歳だけあって、「あったなぁ、そう言えば」とか「ということだろうなぁ」という感想の域を出ないところも結構あったが、これまでまとまって論じられることのなかったヤンキーをさまざまな角度から考察した資料としては、なかなか興味深く読めた。
「ヤンキー文化とは何か」という話に始まり、ファッション、音楽、マンガ、美術、車、建築、映画などのジャンルを通した分析、地域社会論、総括的な考察など盛り沢山で、執筆陣も編者を含め17名。
ナンシー関の「ヤンキーコラム傑作選」が付いているのが、ファンとしては嬉しい。ただ、それ以外の女性の書き手が酒井順子一人だけというのは、ちょっと寂しい。若手ライターの人で誰かいなかったのだろうか。
それと、これだけ固有名詞が出てくるのだから、最後に索引と年譜がついていると便利だったかなと思う。


個人的に面白かったのは、都築響一のインタビュー「ヤンキーは死なない」、「ヤンキーファッション 過剰さの中の創造性」(成実弘至)、「ヤンキーバロック」(五十嵐太郎)、「一九六八年にヤンキーという思想の誕生を見る」(速水健朗)、「「ヤンキー先生」とは「何だった」のか」(後藤和智)、「ヤンキー文化と「キャラクター」」(斎藤環)。
特に斎藤環の、オタク文化を「多重性」、ヤンキー文化を「二重性」として比較した論が、ヤンキーのメンタリティと美学を浮かび上がらせる上で説得力があった。
日本の暴走族とパンクのファッションの方法論の共通性(成実弘至)、68年の学生運動と対比される反エリート思想としてのヤンキー(速水健朗)という視点もそうだが、ヤンキーをヤンキー以外の何かと比較した時に、初めて「ヤンキーなるもの」がリアルに見えてくるように思った。


音楽もヤンキー分析しがいのあるジャンルで、近田春夫(わりと王道の系譜)と磯部涼(ヒップホップとの関係)の二人が書いている。ふと、初期のサザンオールスターズはヤンキー臭くないの?という気がした。本人達が青学出身ということで、ヤンキー文化ではなくサーファー文化?ということになっているのだろうか。桑田圭祐の声を初めて聴いた時、「ヤンキーくせえ!」と思ったのだが。歌詞だってあれですよ、バイクの後ろに女乗っけて海連れてってやっちゃうみたいな歌詞です。
声と言えば、ブランキージェットシティの浅井健一の声も、もろヤンキー声でしょう。もちろん歌詞も。あの辺の、一見ベタにヤンキーではないが、ヤンキーフレーバーが漂っているというものをピックアップしていくと、日本人の中にいかにヤンキー魂が隠されているかの考察に繋がるのではないかと思った。
ヤンキーとパンクの重要な架け橋的役割をしていたバンドとして、アナーキーも外せない。一応日本のパンクということになっていたが、見るからにヤンキー臭さがムンムンしていた。ヤンキーは心情的に右寄りと言われているようだが、「なーにが日本の象徴だ!」なんて歌ってたところも注目に値する(ラジオではピーだったけど)。
あとヤンキーの消費行動とかヤンキー親子の関係性とかも、分析の対象として面白そうだ。映画でVシネマが触れられてなかったのがやや残念。


「序説」だから、そこまではちょっと容量を超えているのかもしれない。典型的なヤンキーはほとんどいなくなった今、もしこの本が売れて次が出るようだったら、是非「"普通"の中のヤンキー」や「意外なところにある我らが内なるヤンキー」という視点を入れてほしい。
それぞれの執筆者は、観察者として概ね抑制された筆致でクールに分析といったスタンスではあるものの、個人的心情としてのヤンキーとの微妙な距離感の違いも、何となく感じられる。そして改めて、ナンシー関の偉大さを確認した次第。
そのうち「私の中のヤンキー成分」というタイトルで何か書いてみたいと思った。


●付記1
こちらこちらのレビューで、より内容に即した紹介がされています。


●付記2
本ブログ内ヤンキー関連記事(ヤンキーという言葉を使ってないものも含む)
「日本ど真ん中まつり」考(04.08.30)
ホストという生き方(05.1.09)
『下妻物語』の退廃と諦観(05.01.15)
『ラブちぇん』の笑いと哀しさ(05.11.30)
雑誌『KING』創刊号を読む(06.09.19)
ケモノの季節(06.10.03)
DQN、ビッチはなぜもてるのか?(07.07.28)
ヤンキーと眼鏡男子とドラえもん(07.08.02)
ラッセンとは何の恥部だったのか(08.04.21)


●付記3
拙書『アーティスト症候群』の「芸能人アーティスト」の章で、工藤静香藤井フミヤ石井竜也のヤンキー性について分析しています。

ラッセンとは何の恥部だったのか

追記あります。


拙書を読んで下さった人から面白いメールをもらった。「ところでラッセンって何だったの?」という話(本の内容とは直接関係ない)。
‥‥ラッセンか。そう言えばいたなそんな人が。


ハワイの海やイルカの絵を描いているあのラッセンです。御存知ないですか。別に知らなくてもいいのですが。日本向けのホームページに絵の画像がたくさんある。「あー、あのサーフィンショップとかに飾ってありそうなイラストか」と思い当たる人はいるだろう。もっともイラストじゃなくてアート、絵画として売られている。
こちらを見ると、絵以外のところでかなり評判が悪い。エコロジストのサーファー画家ということで売っているラッセンだが、ほとんど不良外人の扱いだ。


しかし、なぜラッセンの絵がそんなに人気があるのか。
日本人ってそんなに海とイルカが好きだったのですか。
以下、その方の承諾を得てメールから抜粋(ちょっと長いです)。途中に入っているのは私の返信。

昨日あたり、ふと思い出したのですが、そういえばラッセン
まだ生きてますよね、ラッセン
あの人は何だったんでしょうか。
今でこそ、「ああ、ラッセンね」みたいに「ああ、アムウェイね」と同じところにオチてますが、オチが付くまでには結構売れたと思うんですよ。
それも、安田生命ゴッホをすんげー値段で買っちゃったバブルのノリじゃなくて、割ともっとアートは関係ないところで。
[中略]
今でこそ、「ああ、ラッセンね」のオチがついたので、そうそう強引な客引きも見ませんが、
当時(15年くらい前?)は、23時以降の繁華街の客引き並の何か法律にひっかからないのか?
というくらい強引な若いおねーちゃんの客引きがあり、
店舗(自称画廊)も表通りにガツーンと面して建っていました。
その頃は、ブログはまだなくて、さるさる日記とかがメインだったと思うのですが
文章から絶対あんた寂しい10代過ごしたよねと思われる男子が
急に若くてキレイ目なおねーちゃんに積極的に迫られる話があれば
ヲチってる人間が皆「ああ、浄水器かイルカの絵ね」という目で生暖かく見ていたものです。
今では「何でか、宝石とか浄水器とかイルカの絵とか買っちゃって」その後
女と連絡が取れなくなるという、暗い笑いの定番として落ち着いたラッセン
ラッセン村上隆のように、「売れれば天下取ったも同然なんだよ」と思っていたのでしょうか。
何か、そこまですらいってないんじゃないかって気がします。
むしろ、その点、村上隆のほうが良心的な気すらしてきます。
余所様の国で、詐欺の代名詞になっちゃったっていうのはどういう感じなのかしら
と想像すると、一体、あの人は何だったのか?ともやっとします。

売り絵画家という中傷さえ的外れになるラッセン
あれは、どういう現象だったのかよくわかりません。

いましたねー、ラッセン。今どうなっているのでしょう。
一時期、女優の藤谷美和子とつきあっていたという芸能情報の記憶があります。
ネットで見ると、「激安価格」で出ているようですが、
まだ買う人がいるのでしょうか。
ラッセンと言うと、似たポジションで、ヒロ・ヤマガタを思い出します。
どちらも現代アートの方では一顧だにされていませんでしたが、
莫大な金を稼いでいたことは確かですね。
バブルの頃に出てきた俄画商が、ナイーブな人を騙して売っていたイメージ。
[中略]
しかしラッセンとは何だったのか。何の恥部だったのか。
これは考察に値します。

ヒロヤマガタのシルクスクリーンパステル画も馬鹿みたいに売ってましたね。
時期はかぶっているのですが、ラッセンが特設会場的な、ラッセンしか扱っていない派手な会場で茶髪ピンヒールのおねーちゃんに対して
ヒロヤマガタは大阪では茶屋町という「Loft」界隈の画廊通りで扱われていました。
Loftっていうのが「なるほど」って感じです。
15年前は、画廊通りだったそこは、10年前には驚くほどのゴーストタウンと化し
ベニヤを張った空き店舗と空き地になりました。
(微妙に首都圏とはずれている不況の波の伝動)
[中略]
そんな風に(前フリ長くてすみません)、曲りなりにも画廊が扱っていたヒロヤマガタ。
対する、最初から「困ったときには売ればいいから」のダイヤモンド(実際は売れない) 的対象のラッセン
ヒロヤマガタを扱っている画廊の人も「私は画商で、これはアート」というオーラむんむんでした。
ラッセンは、今でいうと携帯ショップのバイトのおねーちゃんと一緒の雰囲気でした。
しかし、売り文句は「アート」。
あの、ラッセンは商品だけど、ヒロヤマガタはアートという空気は大阪独特だったのでしょうか、それとも、全国区で、ヤマガタが同じ日本人だからなのでしょうか。
[中略]
>しかしラッセンとは何だったのか。何の恥部だったのか。


そう、何か恥部だとは思うのですが、「何の?」なんですよ。
あの色彩を「いい」と思う時代が日本にあったとも思えない。
アートって癒しだよね、とか見ていいと思えばアートだよねにも逃げられない。
湖の上に虹が出て♪というヒロヤマガタのわかりやすさに比べて
何ひとつ、郷愁や昔話に共通する「きゅんとクる♪」部分もなかろうにと思うのです。
ハワイ人じゃないから。
私が、あの絵で思い出すのは、宗教の勧誘訪問の人が持ってるチラシの
極彩色で「人間も動物も争わず、共存して」みたいな、ライオンと人間とシマウマが
仲良く草原にみたいなアレです。


にも関わらず、「浄水器か高級絵画かいつか結婚する時のためのダイヤモンド」か
っていう詐欺の代名詞になるほど、一般的に広く「被害」として流通したラッセン
あれは何だったのか。何の現象だったのか。
ただの美人局的商法ではない、「何か」があるとは思うのですが、もやっとして
気持ち悪いまま出ません。



現代アート方面ではヒロ・ヤマガタと並んで「アレをいいと言うと恥ずかしいタイプの絵」というか話題にすらされてなかったが、なぜかむちゃくちゃ売れていた(印象がある)。検索するとネットでもずいぶん販売している。
日本を格好の商売の場としているようで、先の日本版HPによれば、現在来日中であちこちで展示会をしている。年に最低一回は来ている模様。去年新宿で開催された販売会も盛況だったらしく、巷ではラッセンの人気は不動。


「アレに夢中になったのはちょっと恥ずかしかったのでもう忘れよう」ということになっているかと思っていたら‥‥そういうわけでもなかったのだ。
ラッセンとは何の恥部だったのか」を考察する予定だったが、ここまで堂々と晒されているのは、もはや「恥部」とは言えない。
その理由として考えられるのは一つだけ。環境保護活動のキャンペーンとして使われていることだ(収益金の一部をそうした寄付に充てているらしい)。そういう大義名分のある絵画に「アートとしての評価」はあまり関係ない。「エコロジー」は世界共通、水戸黄門の印籠である。


しかしそれだけで、ケバいおねーちゃんにローン組まされて何十万かの絵を買ってしまった過去は、相殺されるのだろうか。もっと深いところで、なんか別の要因が働いていたはずだ。
それは、ラッセンの絵が売り方も内容も含めて、「日本人のヤンキー心に訴えた」ということではないかと思う。


ラッセンが日本で突然持て囃されたのは、バブル期の最後の方だった(終わっていたかもしれない)。
折からの絵画ブームで、ブランドものを買い漁るのも飽きた人々がアートに目を付け始めていた。『ブルータス』のインテリア特集とか見ると、ミッドセンチュリーな家具とウォーホルの版画といった組み合わせがよくあった。美術館がやたら高い海外の作家の作品を買っていたのもこの頃だ。
そういう雰囲気に乗せられて、何となくそっち方面に手を出した人々が引きつけられたのは、アートそのものというより「アートを買う」という行為。金を出せば何でも買える。だからアートも買ったのだ。


しかしラッセンの"凄さ"は、そうしたアートコレクターになってみたい欲望にすらひっかからないところにあった。ラッセンを買った人がウォーホルも評価するとは思えないし、現代アートのギャラリーに通うようになるとも思えない。ウォーホルの版画を買った人の何割かはコレクターになるかもしれないが、ラッセンを買った人はいつまでたっても単に「ラッセンを買った人」。
怪しい壺を売るのと同じ手口の派手なおねーちゃんに言い寄られ、あれこれ能書きをまくしたてられ、「きっと凄いものなんだ」と信じ込んで(あるいは半信半疑で)大枚はたいたのである。大枚はたいて何か「凄いもの」買った気分、得した気分になった。
「上品ぶってたって売れんわい」という売り手スタンスも、購買スタイルも、ヤンキーのものだ。


「きっと凄いものなんだ」を逆説的に支えてくれるのが、ラッセンの絵の"わかりやすさ"である。水族館の看板くらいわかりやすい。妙にケバケバしい配色やファンタジックな絵ヅラは、ヤンキーの車のペインティングとよく似ている。そっくりの図柄をペイントしているシャコタンを見たこともある。
新興宗教臭さを感じさせる「極彩色で「人間も動物も争わず、共存して」みたいな、ライオンと人間とシマウマが仲良く草原にみたいな」"スピリチュアル"な雰囲気も、安いヒューマニズムにコロリとやられがちなナイーブなヤンキー心を捉えそうだ。
ラッセンの絵は日本的な癒しや郷愁とはかけ離れているかもしれないが、日本人に一番多い((c)ナンシー関)とされるヤンキーの趣味には意外にも合致。むしろヤンキーにとっての癒しがラッセンに凝縮されている、と言ってもいいくらいの感じだ。


アート業界周辺は、もともとヤンキー濃度が低い。若い層もどっちかというとオタク、サブカル系が多く、ヤンキー的なものとはソリが合わない。だが、ヤンキー・メンタリティは日本人の中に薄く広く浸透している。それがボリュームゾーンなのである。
誰も自分がそこに属しているとは思っていない。だって、ヤンキー的なものは洗練されてなくてダサいし、ヤンキーな奴は横着で頭悪いということになっているから。やるとしたら確信犯であって、素でヤンキーはちょっと恥ずかしい。日常の裾野のあちこちで晒されてはいるが、自慢できる顔ではない。ましてアートというヤンキー・メンタリティを忌み嫌うジャンルでは、恥部に等しい‥‥。
そのことを、ラッセン現象は明るみにしたのだと思う。
ラッセンが売れちゃったりするのは何か嫌だ、何か許せないという心性は、日本人の(そして自分の中の)ヤンキー気質を見たくないという思いと重なっているかもしれない。



●追記
「ヤンキー」について若干説明不足だったようなので改めて。
ここで言っている「ヤンキー」とは記事でちょっと触れましたように、ナンシー関の文脈に依っています。「日本人で一番多いのはヤンキーとファンシーである」(「日本人の血からヤンキーとファンシーは消えない」だったかも。どこで言っていたのかは思い出せません)。*1
いわゆる暴走族系の人やキンパツの人だけではなく、「どんなに頑張っても今いち垢抜けず安っぽい趣味に染まりやすい田舎者」を指しています。ヤンキーとファンシーは結構近いものだと思います。
ラッセンは、そういう人々に(特に)アピールしたのではないかという主旨です。


ヤンキーについてはヤンキーに対峙する文化受容を確立したいけど難しいなあ…実際 - 淀川トゥナイトショーが非常に納得いきました。
ちょっとダサくてどこか貧乏臭いんだけれども、なんかどうしようもない刹那的なリアリティが漂っているヤンキー的なものが、日本の文化の底にあるのではないか。ワビサビなんかより、ヤンキーなのではないか、本質は(そこまでは言ってませんでしたが)。都築響一大竹伸朗の仕事は私も尊敬しております。
かくいう私も、ラッセンを部屋に飾りたいとは思わないのですが、ヤンキー趣味や気質には正直妙に惹かれる部分があります(昔はファッションに豹柄とか光り物とかヤンキー臭いアイテムをよく取り入れてました。今それをやると大阪のおばちゃんになってしまうのでやりませんが)。
ヤンキーとは、私にとっては愛憎半ばするものです。


ヒロ・ヤマガタ的なものの受容の背景については、誰がラッセンを求めていたか - おまえにハートブレイク☆オーバードライブが、よく分析されていて興味深かったです。
ブコメにも書いたのですが、こういう「陰影(文字どおり、初期の作品では人物に影がなかった)というか奥行きというか、そういうものをまるっきり欠い」た、極めて湿度の低い滑らかな表層だけの「アーバンなセンス」(「」内は記事より引用)と言われるものの元祖は、デヴィッド・ホックニーだったのではないかと思います。
ホックニーの版画は、70年代末から80年代に非常に人気があり、ポスターなども売れまくってました。西海岸の乾燥した空気、書き割りのような風景と室内、人気のないプール、シャワーを浴びる男達‥‥。実はホモセクシュアルな香りも漂っていたのですが、一般にはオシャレなものとして受け入れられていた気がします。
ホックニーのプールのあっけらかんとしたブルーは、ラッセンヒロ・ヤマガタの色彩に通じるものがあったかもしれません。


●2012.8.16の追記
今月、東京の現代アートギャラリーCASHIで『ラッセン展』が開催されている関係からかラッセンが話題で、ここにもtwitter経由で見に来て下さっている方がたくさんいるようです。ありがとうございます。私も『ラッセン展』見に行く予定です。
尚、来月発行予定の拙書(仮題『アート・ヒステリー』)で、ヒロ・ヤマガタラッセン現象について、「ヤンキー」という観点とはまた別の考察をしています。出ましたらここでお知らせしますので、どうぞよろしく。


ラッセン関連記事(2014.9.19/某所に取り上げられて最近また読みに来られる方が増えたので貼っておきます)
「ラッセン本」に寄稿しました
ニッポンの夏、ラッセンの夏
ラッセン・メモ - ラッセン以前の"ラッセンなるもの”
『ラッセンとは何だったのか?』トーク・イベントのお知らせ
ヤンキー、ニューエイジ、ラッセン(そしてアート‥‥)
ラッセンは「宗教画家」であり「インサイダーアーティスト」
奈良美智とラッセンについてのUstream発言起こし

*1:追記:コメント欄のsnksnksnkさんのご指摘http://d.hatena.ne.jp/ohnosakiko/20080421/1208731778#c1345117400に寄れば、この発言は根本敬だそうですが、ヤンキーが「日本最大のマーケット」であることを最初に指摘したのはナンシー関のはずです。