栃木の孫殺人未遂事件

「ばあちゃんにやられた」

参院選のニュースに隠れていたためか、あまりに悲惨な事件が多いので目立たなかったためか、私の周囲では特に話題にならなかったが、栃木の孫殺人未遂事件について。
祖母(73才)が二人の孫の首をビニールロープと両手で絞めて逮捕されたという、一週間前のあれである。


動機は「嫁を困らせるためで、殺す気はなかった」。孫の教育方針について意見が合わず、口出しするなと言われたのと、孫があまり自分になつかなかった(つまり母親の言うことを聞いた)腹いせらしい。
そして、自分で救急車を呼んだ、通り魔のせいにして。子供に口なしと思ったのだろうか。孫は二人とも一ヶ月の重症。
5才の息子の方が「ばあちゃんにやられた」と言って、犯行が発覚したのが翌日である。最初は7才の兄が「変なおじさんに追いかけられた」とか言っていたらしい。事実は最初から被害者には明白であったのに、明るみになったのが翌日というのがすごい。


それまで孫は「ばあちゃん」をかばって黙っていたのだろうか。あるいはあまりの現実離れした事態に、状況を説明する理性もふっとんでいたのか。あるいはこれを言いつけると、またばあちゃんとかあちゃんの間で戦争が始まるので黙っておこう、と兄が弟に諭したのか。あるいは告げ口したら、後でどんな復報が来るかも、今度はほんとに殺されるかもと怖れたのか。
しかし、様子を疑った回りの大人に問いつめられて、5才の弟は口を割った。
幼い胸のうちのショックと煩悶を思うと、なんというか気の毒過ぎてかける言葉がない。

子供の子供も自分のモノ

家庭の中にいる女が危ない、というのは、近年多い幼児虐待、養育保護遺棄の実態で明らかになってきている。
だがこれまで、子供に対する「虐待母のイメージ」はあっても、孫に対する「殺人未遂祖母のイメージ」はなかった。あっても、せいぜい姑の嫁いびりくらいだと思っていた。
母よりずっと長く家庭の中にいる祖母のことを、我々は忘れていた。嫁は憎くても、孫はかわいがるおばあちゃんのイメージは、脆くも崩れたと言える。


「困らせたい」嫁に直接向わず孫にいくところは、いかに祖母の恨みつらみが内向していたかを語っているようだ。
しかし何も殺そうとしなくてもいいだろうにと誰しも思う。干してある孫のパンツをみんな隠しちゃう(下着ドロボウのせいにする)とか、陰湿な手口はいくらでも思いつけそうなものだ。そもそも孫が完全に自分になついていないのであるから、手をかけてバレるのは時間の問題。
そういうことを冷静に考えたり、「作戦」を立てたりする余裕もないほど、おばあさんはキレかかっていたのだろうか。 突然このような暴力に走ってしまうとは、いくら嫁いびりの延長線とは言え、看過できないものがある。


近所の人によると、おばあさんは「優しい性格」で、誰にでも気さくに話し掛けていたという。しかしこの人が「母親の業」にとりつかれていたのは、おそらく確かだ。
それにとりつかれると、相手に対して押し付けがましくなり、支配しようとし見返りを求め、かなわないとヒステリーを起こす。もちろん孫は自分の子供ではないが、「母親の業」から抜けだせない女にとって、自分の向う対象は皆自分の子供なのだ。実の母(嫁)は、それを邪魔する者である。


おばあさんは息子(嫁の夫)に対しても、母以上の「母親」だったのではないかと思う。
息子が結婚しても心理的になかなか子離れできなかった欲求不満が、「孫の母親になりたい」という方向に向ったのだろう。結婚してから母親というもの以外のものに、この人はなったことがなかったのだろう。
子供以外に何も「所有物」のなかった女が、その対象がなくなった時、手近にいた孫を「所有」しようとする。 子供が自分のモノなら、子供の子供も自分のモノ。
「母親」以外の生き方を知らず、その業にとりつかれた女は、つくづく哀れだと思う。

老女がキレるまで

一家の主婦の座はとうに嫁に渡り、おばあさんは特別必要とされることがない。せめて孫を構おうとしても、取り上げられてしまう。他に今更興味を注げる対象も見つけられない。
しかし孫がそんなことになったら息子(父親)も困るだろうという発想は、この人になかったのか。子供と母親の関係しか見えていなかったのだろうか。
嫁である兄弟の母親(36)は造園業の夫の仕事を手伝うこともあったが、普段は子育てに専念しており、いつも祖母と2人で家にいたという。女が二人いつも家の中にいて、しかも仲が悪いのだから、子供達も神経を使っただろう。


いずれにしても、教育、育児に熱心な専業の嫁が、実は自分にそっくりかもしれないことは、このおばあさんには認識できてない。
だが、それが無意識ではわかっていたとしたらどうだろう。あの女は、自分自身ではないかと。とすると嫁への復讐は、裏返せば自分への復讐となる。子供に集中する生き方しかできなかった自分を、おばあさんは否定したかったのではないか。
でも自己否定に出口は見つからず、殺人未遂となってしまった。


‥‥嫁はまだ若いからいい。でも私はどうしたらいいんだ。
孫も取り上げられ、何を楽しみに余生を過ごしたらいいんだ。死ぬのを待たれているだけか‥‥。
おそらく専業主婦で生きてきただろう老女の、真っ暗な闇のような心の中。
書いていて滅入ってきた。


ところでおじいさん(74)と息子(40)は何をしていたのか。しょっちゅう小競り合いを起こしている嫁とおばあさんに、もうお手上げ状態だったのだろうか。
女性セブンの記事によれば、嫁夫婦と姑夫婦は食事の時間も買い物も洗濯も別々で、完全に冷戦状態であったようだ。しかし祖母が逮捕された今、その危うい均衡も崩れてしまった。


警察から家に返された「ばあちゃん」を、家族はどういう顔で迎えたのだろうか。どうもこうも取り繕い様がないであろう。
祖母は手をついて、嫁と孫に許しを乞うたのだろうか。たぶんそれしかなかっただろう。自分が悪いのだから。この歳になって、今更一人家を出て自活するあてもないのだから。