創作少女趣味帝国の逆襲

手作りの系譜

絵本、手芸、雑貨、イラスト。この中で、どれにもまったく興味がない女の子というのは、少ないのではないだろうか。もうずっと前から女の子ではない私も、今だにこれらのものに激しく心惹かれる時がある。
こうした女の子ワールド(あえて一括りで言うのは、どれも受容者に女子が多いから)は数年前からいろんな雑誌に散見され、書店ではコーナーも作られている。
そこに並んでいるのはインテリア雑貨の本、北欧のおもちゃやテキスタイルの本、東欧の人形アニメの本、「スローライフ」の本(この関連の雑誌も最近多い)、カフェの本などで、まったり系ニュー少女趣味とも言える一大分野を形成している。
ここに、最近リバイバルして話題の中原淳一の画集やニュー着物やアジアン雑貨の本などが加わると、更にガーリーでレトロな雰囲気を醸し出す。


中原淳一と言えば、戦後創刊された『それいゆ』『ジュニアそれいゆ』の編集人で一世を風靡したスタイル画家だ。
実家の物置きで昔の『ジュニアそれいゆ』を数冊見たことがあるが、昭和30年代としてはバタ臭いというか、かなりあか抜けた雑誌であった。きっとananが創刊された時以上のカルチャーショックを、当時の特に地方都市の女の子達に与えていたであろうと思わせるものがあった。
が、さすがにまだ物の少ない時代を反映してか、妙に手作りものの紹介が多く、お饅頭の空き箱にきれいな余り布を張って便箋入れに使うとか、手縫いのエプロンやアップリケした布バッグとか、ブラウスやハンカチに刺繍をしましょうとか、ちまちまとした「知恵」が随所にちりばめられているのが、微笑ましくもいじましい感じであった。


最近のニュー少女趣味は、この路線をほぼ継承しているものと思われる。正確には、継承というより回帰。ニューではあるがどこか昔の匂いがする、よく使われる言葉で言えば、レトロモダンなテイストにそれらは覆われている。それが若い女には新鮮に、若くない女には懐かしく感じられて受けているということだ。
男子も結構抵抗なくここに入ってくる。入ってこれると、今時の女子にはポイント高い。男子のことを考えると少女趣味と言うのは失礼かもしれないが、硬派でないおしゃれな和み系の趣味ということで納得して頂きたい(『ジュニアそれいゆ』には男性ファンも少ないがいたそうだ)。


こういう趣味を全面展開しているのが、別冊美術手帖季刊『みづゑ』である。
みづゑ』と言えばかつては、美術手帖と並ぶ古参の美術雑誌であり、地味だが安定した内容を売りにしていた。絵画観賞が趣味の歯医者の待ち合い室に置いてあるのがふさわしいような、まああってもなくてもどうということもないおじさん美術雑誌だった。
それが近年どんどん部数が落ち込んだらしく、3年ほど前にリニューアルしたのが、今のニュー少女趣味創作雑誌『みづゑ』である。


それを初めて本屋で見た時、そのものすごい変身ぶりに衝撃を受けた覚えがある。リニューアルというより、全然別の雑誌。
おそらく、90年代終わり頃からのアートの少女(子供)趣味化、サブカル化に伴って、奈良美智とかヒロミックスの特集の時にBT(美術手帖)の売れ行きが異常に伸びるということに目をつけた美術出版社が、更なる柳の下のどじょうを狙うべく『みづゑ』の新規出直しに踏み切ったものと思われる。
その戦略は当って、現在季刊で出ている12号のうち、3号分は完売している。その3册の特集は「グリーティング・カード」「職人のススメ」「おもちゃの作り方」。いずれも創作奨励の内容である。一応美術出版社だから、ただの女の子雑誌であるわけがない。
それ以外の号の特集を見てみると「絵本作家になりたい」「雑貨の作り方、売り方」「サンリオ・キティちゃんができるまで」「着られなくなったお洋服で新しい作品を」といったもの。12册の内、絵本特集が3册を占めているのが目を引く。


最新号の表紙はアニメ『アルプスの少女ハイジ』で、往年の様々なアニメや子供向けテレビ番組の舞台裏を紹介している。
もしかするとこの雑誌は若い10代20代の女ではなく、30代半ばから40代始めの女をターゲットにしているのではないか? そのくらい、その年齢層の女の琴線に触れてくるところがある。

半アート系の受け皿

毎回『みづゑ』に連載される人気コーナーは、「つくりかたのページ」である。そこでカードや絵本や簡単なおもちゃや手芸ものの作り方と、参考作品が紹介されている。
見ると思わず「あら、かわいいわね」と作ってみたくなるような、小憎らしいセンスの誌面構成。あら、かわいいわね→ちょっとやってみる→ハマる→「作品」が溜まる→発表したくなる→売りたくなる、という流れに乗っていく人も結構いるのではないだろうか。


つまりアーティストは無理だけど、何かもの作りはやりたい、そっち方面の「クリエイター」になりたいという女の子の潜在的な欲求を引き出し、これなら私もできるかもという気にさせるクラフト系半プロ養成雑誌なのである。
誌面で指導しているアーティストやイラストレーターや雑貨クリエイターの先生は、ほぼ全員30前後とおぼしき女性。読者にとっては憧れの的であろう。素敵な作品を生み出し、仕事はとっても楽しそうで、それでちゃんとお金儲けしていて(たぶん)、きっと普段の生活もすごくおしゃれで‥‥。
そういう人になりたい!と、将来普通の専業になるのは嫌な、でもエリートコースに乗っているのでもない女の子が思うのも無理はない。というか、せめてそのくらいの夢が持てるというだけで、まだましである。


『ジュニアそれいゆ』はそこまではいけなかった。手作りもおしゃれも、将来素敵なお嫁さんになるため(そこまではっきり書いてはいなかったけど)であり、つつましい身だしなみ程度のものであった。
その程度であってもそれは、戦後ようやくファッションに気を回すゆとりの出てきた普通の女の子達にとって、日常をちょっとはウキウキさせるものだったのだろう。
私事だが、昭和12年生まれの私の母は『それいゆ』世代であり、それを専業生活でもほぼ完璧にまっとうした人だった。子供の頃の私の持ち物は全部刺繍かアップリケ入り。服もほとんど母の手作り。そういう家庭に育ったり、そういう家庭の主婦に憧れを持たされた女子は昭和30〜40年代多かったと思う。
しかし私の世代は上の世代に続いて、女が働くのは当然であるという価値観も同時に受け入れてきたので、そうした「手作り生活」をのんびり営むゆとりは、なかなか持てない。
酒井順子も『負け犬の遠吠え』で書いていたが、するとしたら真剣に趣味として取り組むという構えである。そして、フランス刺繍などが無意味に上達してしまうのであるが、仕事とは結びつかない。


みづゑ』の創作路線は、そうした趣味を極める路線とは別である。とりあえず技術はそこそこで、センスがすべてだ。自分で楽しめて人にも褒められて、どっかのお店にも置いてもらえるかな?という現実的な計算が見え隠れする。計算はあるが、アート系フリーマーケットに近い、ちょっとゆるめのスタンス。
そういうお気楽そうなノリも、上の世代の女にはうらやましい。しかも作っているのは、いちいちこちらの少女趣味のツボにハマってくるような懐かし系。「クリエイターつったって楽じゃん。ほとんど今まであったようなヤツばかりでさ」というやっかみ気味の気持ちにもなる。


しかし、今「新しいもの」に価値は置かれない。トンがったものも好まれない。どっかで見たことあるけど、ちょっとだけ新鮮に感じるもので十分。モダンも行き詰まったからレトロモダンなのだ。趣味嗜好の世界は今やほぼそうした循環にハマっているように見える。
アートなら「こんなんでいいの?ほんとにこんなんで?」という気も多少はするが(それもだんだんどうでもよくなってきたが)、雑貨や絵本や手芸なら「やっぱりいいよねーこういうの」。絵本では極たまに少し過激なものもあったりするけど、基本は子供(の親)対象なのでそういうのは例外。安心できるところがポイントだ。


それがノスタルジーであるのは、大人の女はわかっている。わかっているけど、抜けだせない。抜け出したところは荒涼たる砂漠のような気がして。
いやもう砂漠にいるのは了解しているので、時々安心できる少女趣味に逃げたいのかも。
今更ブラウスにかわいい刺繍など施したって、気持ち悪がられる歳であるが、『みづゑ』を見てふとやってみよかななどと思った私。手芸店にはそういう中年女性がいっぱいいる。
いい歳してハイジの世界に浸りきっていたフジテレビCMの渡辺えり子を、私は笑えない。