ジム通い

人の腹見て我が腹なおす

レーニングジムというと、室内で機械使って黙々と筋肉つけてるナルシーなバカマッチョのイメージ。しかも高料金。そんなところはスポーツ選手でもなければ、アメリカ人かブルジョアの行くとこである。私には縁がない。
ところが一ヶ月半ほど前、家から車で3、4分くらいのところにトレーニングジムができたという話を、近くのスナックで夫が聞いてきた。何でも、そこのジムは一ヶ月6000円。しかもカップルで申し込むと一人分の料金のみ。
二人で週に二回行くとすると、一回分が一人約380円。スーパー銭湯より安いので、夫は行きたがった。ということは、私も行かねばならないということだ。


私はスポーツを全然しない人である。スキーもスケートもテニスも水泳もしない。子どもの頃から完全にインドア派。
数年前にちょっとは体を動かさないとマズいかなと思って、プールに通ったことがあるが、1ヶ月でメゲた。普通の市民プールで、平日の昼間に行くと中高年ばかりである。みんなほとんど泳がず、ひたすらプールの中を行ったり来たりしている。そういう中で、ばちゃばちゃやっていると悪目立ちする。
だいたいもともと泳ぎは苦手なので、ばちゃばちゃやってても苦しいばかりで楽しくない。着替えも面倒臭いし。
一方、夫はアウトドア派でスポーツ万能を自称している。特に野球が得意で、中学の頃は東邦高校からスカウトに来るくらい鳴らしたらしいが、チビだったのでプロを目指すのは諦めた。
そして、三十代以降はほとんどスポーツをしなくなり、夜中に何か作っちゃ食べているので、「妊娠7ヶ月くらいですか?」という体型となってしまった。ジムで鍛えてこの腹を少しでもひっこめたい。それが彼のジム通いの動機。
正直なところ、私も人の腹のことを笑っていられる状態ではない。三年前には楽に穿けたジーンズがもう‥‥その現実を直視してジムに行くことに決めた。


申し込みに行った日はたまたま休みの日だったのだが、事務室から重量挙げの元選手といった感じの中年の男性が出て来た。なんとなくどこかで見た人だ‥‥と思っていたら、私が非常勤で行っている名古屋芸大の先生であった。世間は狭い。
先生に動機を聞かれ、夫は
「腹ひっこめたいんで」
‥‥ちょっと物言いがストレート過ぎるのではないか。普通は「最近運動不足なので」とか「健康のために体力作りをしたいので」とか言うものだ。
無理せず長く続けることが肝心とか、すぐには痩せないが脂肪を燃焼しやすい体質になるとか、いろいろとタメになるお話を聞かせてもらった。バカマッチョなんて思っていたことを少し反省。
その横で夫がまだしつこく口にするのは、
「俺、腹ひっこめたい」
先生の話をちゃんと聞いているのか。そう簡単にひっこまんぞ、その腹は。


長続きしない私のことなので、自分に縛りを課そうと人に会うたびに、「ジムに通うことにした」と言いふらした。「大野さんがジム?似合わなーい(笑)」と言われるかと思ったら、「いいことじゃない」「いいな近くにジムがあって」という反応が多くて少し驚いた。
唯一宮田さんには「なかなか続きませんよ」と言われた。通う前から見透かしたようにぴしゃりと。少し痩せないとマズいと思ってと言うと「なかなか痩せませんよ」。もう身も蓋もない。
身も蓋もないことを言われると、かえって燃える質なので、こうなったら絶対に週2回最低一年は続けてやると決心した。
大人になってから、何かをきちんと休まず継続していくということがあまりない。やる時は集中的にやるが、やらなくなるとさっぱり‥‥という自分の性格をこの機に直したい。
ついでに体重を3、4キロ戻したい。

初心者のジタバタ

ジムは大変こじんまりとしていて、13〜4人も人が入ったら一杯になりそうな規模である。一階に様々な筋トレマシンが一台ずつあり、半分吹き抜けになった二階が、ウォーキングマシンとか自転車とかの有酸素運動系のフロア。
しかしあの筋トレマシンというもの、近くで見たのは初めてだが、なんだかものものしくて恐ろしげである。中世ヨーロッパの人が見たら、これは全部拷問の機具ではないかと思うに違いない。確かに実際使ってみると、一種の責め道具であった。自分で自分を責めるのだが。


初心者なので様々なマシンの使い方を教わって、簡単なメニューを作ってもらった。
まず最初は30分のウォーキング。大きな窓に面してマシンが置いてあり、外の田園風景を見ながら、速度を早くしたり遅くしたりして歩く。終わりの方になると、時々隣から「はぁはぁ」とか「ふぅふぅ」という声が聞こえてくる。チラッと見ると、小狸みたいなオッサンがすごいスピードで歩いている。あんなにテキパキした動きはこの15年以上見たことがない。
軽く汗を掻いたところでストレッチをして、各種筋トレマシンを順に二巡り。その中で一番キツいのが、スクワットだ。一番軽い25キロを肩に担いで足腰の屈伸運動。25キロなんて、大学時代に石膏の袋を担いで以来である。
初日はこれを6、7回やると、もう股関節がヨロヨロ。しかも正しいフォームというのがあって、それを守らないと注意が飛んでくる。いつも行く平日の午前中は人がほとんどいないので、先生(大学のではなく常駐の若い先生)のチェックが厳しく入るのだ。ほとんど個人指導。


おかげで、通って三回目くらいから非常にフォームがきれいになったと褒められた。不思議なもので、4、5日間が空いても、一回身につけたフォームはちゃんと体が覚えている。そして前できなかった回数が、次にはわりと楽にクリアできるようになっている。スポーツをやっている人には当たり前のことかもしれないが、初心者の私には新鮮。
楽器の演奏と似ているかもしれない。楽器も演奏に当たって正しいフォームが必要なものが多いが、一旦身に付けると忘れるということはない。


先生によると、来ている人々は近所の主婦から中高年からスポーツ選手まで様々とのことである。それぞれ目的が異なり自分のメニューとペースでやっているのである。
しかし、始めたばかりらしい若い主婦の人が隣でやっていると、なんとなく「負けてられない」という気分になる。彼女が10回やったら、こっちは11回以上やらないとなんか気が済まない。そして、ギリギリ限界までスクワットなどして立ち上がる気力もなくそこに萎えていると、
「膝が内側に寄っちゃダメですよ。外側に踏ん張れるところまででやめとくこと」
と先生に注意されるのである。


スポーツ選手の人は見るからにカラダが違うという感じで、逆さになって腹筋などしていて、もう足下にも及ばない。
先生の弟さんだという重量挙げの選手が朝よく来ていて、指導を受けている。二階でチンタラ自転車漕いでいると、下から突然「きえぇぇぇえっ!」という雄叫びがカツを入れるがごとく聞こえてきて、思わずペダルを踏む足に力を入れてしまうのである。
さて、そんな感じで一ヶ月経ったのであるが、しっかり汗を掻いた後は気分も爽やかで体が軽い。一日デスクワークしてもはかどらない時は全然はかどらないが、一時間ジムに行ってきただけで、集中力が高まるような気がする。
しかしまだまだ痩せる気配はない。夫は「なんか前より腹が減る」とパクパク食べている。
ひっこまないぞ、そんなことでは。