女の戦い

番組放映まで

「女の闘い」と聞いて、人は何をイメージするか。おそらくそれは、「女と男との闘い」でも、「女と社会との闘い」でもなく、「女と女の闘い」であろう。
そして女同士の闘いと言えば、女子プロレスキャットファイトのような派手でわかりやすいものではなく、「水面下の女の闘い」である。平和な見かけとは裏腹に、様々な思いが渦巻くドロドロしたやつ。


大奥ドラマの人気からもわかるように、女は「女の闘い」が好き。実際にするのはちょっと厭だけど、観戦するのは好き‥‥ではありませんか? 
特に美人でプライドが高い方々の闘いは、見応えがある。バーゲンセールで戦利品を奪い合うようなおばさんの闘いじゃ、見た目がいまいち美しくないのでダメだ。


日常的な"女特有"の闘いとしてあるのは、若さと容貌と持ち物を巡るものである。
女が二人いれば「私はあの人より若いかどうか(実年齢と言うより、若く見えること)」「私はあの人よりキレイかどうか」「私のファッション(バッグ、靴、服)はあの人のよりイケてるかどうか」、そうしたことを無言のうちに張り合う。
一回も張り合ったことがない、意識すらしない女性は稀であろう。男は普通はまず仕事(年収、社会的地位など)で張り合うので、女のように細かいことはあまりないのではないか。


女の多い職場で働く女は、大変であろうと思う。
若さも容貌も持ち物においてもそれなりの競い合いをしつつ、つまりそれなりに気遣っていることを示しつつ、さらにその上で、仕事でも張り合わねばならない。リングから降りてしまえば楽だが、若さ、容貌、持ち物で完全に勝負を放棄している人は、仕事がどんなにできてもその他の女の支持をなかなか得にくい。
かといって、あまりにパーフェクトでも嫌みというもので、若干隙のある人じゃないと親しみを持たれない。女性の多い職場にいたら、毎日いろんな闘いの連続でさぞ疲れることと思う。


非常勤講師の私は職場が分散しており、主に授業をやっているだけなので、そこで働く女性との関わりはあまり深くない。しかし女同士が火花を散らす構図というものには、興味津々だ。
先日出演した奥様向け番組の「女がムカつく女」のミニドラマでも、それが戯画化して描かれていた。


ドラマのネタは実際のアンケートから拾って構成したもので、打ち合わせの段階でいろいろ説明を受け、意見も述べた。当日の私の役は、以下のようなジェンダー論的観点からの分析。
「女性だから甘やかされた、我慢させられた、軽んじられたといった、女性特有のマイナス体験というものがある。そこできちんとコミュニケーションを取り、社会性を身につけられた女性はいいが、周囲の無言の圧力に負けてしまう場合もまだ多い。それをこじらせた結果が、家庭や職場などの女同士の権力争いやねじれた関係を生んでいるのではないか」
別段新しい視点ではないが、教養番組ではないので、最後にチラリとジェンダー論を持って来て締められれば、私としてはそれでOK。
この観点を、男性のプロデューサーやディレクターに理解してもらうことに腐心した。打ち合わせで会うのは男性ばかりだった、ということもある。そして前日ようやく、全体打ち合わせということで、テレビ局に行った。


レギュラー出演者(番組HPの出演者プロフィール参照)は、司会の男子アナと若い女子アナ、ベテラン女子アナ、リポーターの若い女性という構成である。
いつもの若い女子アナが夏休み中ということで、レギュラーではない松井さんという中堅の方が来た。アナウンサーらしく鮮やかなピンクのジャケット。それにしても顔が小さい。当然美人。
一瞬、本番でこの人の隣は避けたいと思ったら、私の席は男性の庄野アナの隣ということで安心。安心した直後に女子アナと張り合うこと自体間違っていると気づき、恥ずかしくなる。
レギュラーでベテランアナの平野さんは打ち合わせには来なかった。ベテランなので忙しいのか、慣れているので細かい打ち合わせなど必要ないかだと思う。


今回のテーマはどちらかと言うと30代以上の仕事をもった既婚女性の方が、より実感を持って見られる内容なので、女性アナウンサーが二人とも30代(既婚、子供あり)だったのはむしろ好都合だったと私は思った。
そして、当日その「好都合」の中身を思い知らされた。
自分がうまく喋ることができるかどうかばかりを気にしていた私の頭からは、テレビ局の現場の女性、とりわけ生放送における「女の闘い」がすっぽり抜け落ちていたのである。

女子アナ縄跳び

番組の流れは、最初に挨拶と私の紹介があり、リポーターの人のリードで3分ほどのミニドラマを見ては、出演者で4分ほどのやりとりをするという小刻みな展開。
それを三回やったところで、最後に庄野アナから社会的な観点を振られ、私が簡単なまとめを喋り、司会者がシメて終わりである。


当日は、番組開始の35分ほど前にスタジオに入った。私以外の出演者は既にスタンバイしていた。
平野アナは初対面の挨拶もそこそこに、
「すてきな服ですねー」
実に如才ないというかベテランの貫禄。庶民的で元気なキャラクターが売りの人だが、自信オーラが出ている。メークはメークさんがやってるのかもしれないが、一枚も二枚も上手な感じがする。早くも気圧され気味。
簡単なリハーサルを終えて休憩が入り後ろの方に座っていたら、ヘアメークの人が来て「映りはきれいだったのでそのままでいいでしょう」と言った。実は前日、「メークはご自分でして来て頂いていいですが、こちらで触らせて頂くかもしれません」と言われていたので、なんとなく期待していたのだが当てが外れた。
平野アナは隣で髪をいじってもらいながら、
「リップグロス貸して」
と言っている。私もちょっと貸してほしい。実はこの大事な時に、肝心の化粧ポーチを家に忘れてきたのである。
しかし言いそびれた。この期に及んで女子アナとちょっとでも勝負しようってのが根本的に間違っている、という声が頭の中でして。


しかし私が一番驚いたのは、番組開始前の出演者のノリである。
リハーサル中も軽口を叩きまくる庄野アナを中心に、一列に並んだ両端の松井アナと平野アナの喋りがほとんど止まらない。喋るのが商売とは言え、朝っぱらから何このテンション。こっちはやっと目が醒めてきたところだと言うのに。
特に左隣の平野アナの反応の素早さ。「ムカつく女」のVTRを見てツッコミを入れるわ入れるわ。「これは負ける」と思った。これは勝負にならんと。


リハーサル後の短い休憩中、統括のスタッフの人に、
「大野さんも二人の会話にどんどん入っていいですから」
と言われた。すごい早さで回っている縄飛びに飛び込めと言うようなものである。端と端で縄をブンブン回しているのは松井アナと平野アナ。
さあ、入ってこれるものなら入ってごらんなさい ! でも足ひっかけたらおしまいよ !!
‥‥‥いやそんな意地悪なことは思ってないと思うが、そのくらいの「和気藹々とした緊張感」が漂っている。
ここでムッツリしているのはいかん、お二人のようににこやかな朝向きの顔を作らねばという焦り。「縄跳び」にどうやって入っていこうかという困惑。
そういう中途半端な表情のまま、本番が始まってしまった。視聴者は「この女は何を意味不明の薄ら笑い浮かべているのか」と思ったかもしれないが、あれは「わあん、どうしよう、スゲえとこに来てしまったよ」という顔なのである。
「若さ」で負け、「容貌」で(当然)負け、ファッションは平野アナに褒められたから一応クリアしたとは言え、薄いベージュのゆったりしたブラウスが、モニター画面で見るとなんか着古したネグリジェに見える。そして、肝心の「口」(仕事)でも負けそう。


会話場面では庄野アナがこまめに振ってくれたので、なんとか口を挟むことができた。しかしVTRを見ると、プロとシロウトの差は歴然としていた。
庄野アナの喋りにかぶせて会話を盛り上げる平野アナと松井アナ。すごいのは、やはり一枚上手の平野アナである。さすがに私が口を開いた時はきちんと聞いて下さるが、一フレーズ終わると0.001秒くらいの間で平野アナの発言が。
だいたい声が通るしボリュームが大きい。小学校の頃から積極的に女子の会話の真ん中に入っていくような性格だったら、あのノリについていけたかもしれない。
松井アナは平野アナより歳が幾つか下だと思うが、やはりベテランなので自分の視点を出そうと頑張っていた。リアクションも平野アナとはちょっと違う。


女同士の水面下の闘いを分析する番組で、静かな火花を散らす仕事に燃える女子アナ二人(&リングから落ちかけの中年女一人)。
ジェンダー観点どうのこうのより、視聴者はそういうことが印象に残ったのではないか。
次回は、戦略を立て直さねばならぬ。
次回があればの話だが。