Dr.佐藤の「愛されてお金持ちになる」本を分析する(後編)

「ビッグな野望」男をつかまえろ

ポジティブな「口ぐせ」によって素晴らしい恋を掴む第一歩は、Dr.佐藤によれば「世界一のいい女」になることである。
「世界一のいい女」になるためには、「こうなりたい自分」を思いつく限りリストアップし、それを毎日声に出して読み上げる必要があるという。
暗唱できるまでになりそれが口ぐせになったら、「勝ち組遺伝子」のスイッチが入った証拠。その後は、「世界一いい女」にふさわしい「世界一いい男」のイメージを具体的に描く。そうすれば必ず理想の人と結ばれると。


つまり、お姫様気分で白馬の王子様と結ばれることを夢見ていた頃のガキの精神構造に戻れ、ということだ。
Dr.佐藤は、これから大人になる若い女性に、幼年期への退行を呼びかけている(『王子さまに出会い愛されるシンデレラの教え』では、そういうことが更に事細かに書かれていた)。


特に強調されているのが、恋愛の絶大な効果である。恋愛は相手を幸せにしたい気持ちを募らせ、それによって人をお金儲けに駆り立てるからだそうだ。

恋のパワーにお金の欲望が掛け合わされると、どんなことでも成し遂げてしまいます。

そう言えば昔、「恋のパワー」によって銀行の金を愛人に貢いで、高飛び先のマニラで捕まったオンライン詐欺の女がいた。相手の恋人と財産を奪うために殺人を犯してしまったという『太陽がいっぱい』な話も、昔から時々ある。
確かに恋のパワー×お金の欲望は「どんなことでも成し遂げて」しまうものかもしれない。


そういうスゴい恋を呼び寄せるには、脳を「恋愛モード」にすることが必要である。まず外見を磨き上げ、デートで着たい洋服を用意する。
まあここまでは、そこらのモテ本なんかにも書いてあることだろう。恋人がいなくても、いつでも臨戦態勢でいなさいと。Dr.佐藤のユニークなところはこの先だ。

彼にどんな言葉で自分の気持ちを伝えるかも、今から考えておきましょう。

恋人ができる前から? どういう人かもまだわからないのに? そう思った人はまだ「口ぐせ」が足りない。
「世界一いい女」に(嘘でもいいから)なりきって「世界一いい男」の具体像が細かいところまで出来上がっていれば、「彼」に言う言葉も出会う前から決まっている。
さらに「彼に似合いそうなネクタイなどを探し」、「実際に買い求め、プレゼント用のラッピングをしてもらってください」。相手の好みもこっちで勝手に決めていいのだ。


つまり「愛されてお金持ちになる」人の恋愛は、全部自作自演でOKである。脚本も演出も主演も全部自分。小道具も自分で用意。あとは男優=脳内に既にいる「彼」に出会えばよい。
しかしもし、いつまでたっても「彼」が見つからなかったらどうするのだろうか。高級ブランドのネクタイを奮発して毎日口ぐせを唱えたのに、寄ってくるのはプレゼントなどあげたくない男ばかりで、「愛されてお金持ちに」なれないままどんどん年をとってしまったら。そのネクタイで首をつって死にたくなってくるのではないか。
ドクターの記述があまりに楽観的なので、ついいろいろと余計な心配をしてしまう。


さて男を見つけたら、「とほうもない夢」を語らせよ、そしてほめまくれとDr.佐藤は説く。
そういう「ビッグな野望」を抱き口ぐせのように語る男は、女性にほめられればほめられるほどヤル気を出し、やがて夢を確実に実行に移していくからだそうだ。いつもワリカンを要求するような男は、すぐさま見限った方がいいらしい。
つまり「俺は将来ビッグになるぜ」とか「大金持ちになってやる」が口ぐせで、女にほめられるのが大好きで、見栄をはってでも女には決して払わせない男こそ、将来の有望株。
なんかあまり信用できない男のような気がするが、きっとドクター自身はそうやって今日の成功を手にしたのだろう。
しかし今時子どもでも、「とほうもない夢」は語らない。ちょっと昔であれば、「将来の夢は宇宙飛行士」とか「総理大臣になりたい」とか「ディズニーランドを買い取りたい」とか卒業文集に書く、身の程知らずな小学生男子がクラスに5、6人はいたものだが、おそらく今の子どもはもっと現実的だ。親を見ていたら現実的にならざるを得ない。
だいたい、今時「ビッグ」もないだろう。そんなことを言っているのは、一晩で何十万も稼いだ御陰でなんか勘違いしてしまった歌舞伎町のホストだけである。
「ビッグな俺」が口癖で、80年代中盤はan・anの「抱かれたい男」No.1の座を独占し続けていた、往年のアイドル田原俊彦の現在を見よ。歌手としても役者としても「ビッグ」になれず、話題作りのCD発売でやっとスポーツ新聞の芸能面に載せてもらっている寂しい状況である。


しかしDr.佐藤は、男だけでなくお金に関しても、大変ファンタジックなことを女性に説いている。

必要なのは、「絶対にお金持ちになる」と決めること。どうやって稼ぐかよりも、お金を手にした時の良いイメージを思い描きましょう。

普通、どうやって稼ぐかを最初に考えると思うのだが、それより常日頃から脳を「お金持ちモード」にしておくことが重要らしい。たとえば、

いつも財布の中に三十万円以上用意しておく。ゴールドのクレジットカードを持つ。銀行が発行する自分名義の小切手帳を持つ。

その三十万円さえない人はどうしたらいいのか。というか、いつも財布の中に三十万円以上用意できる時点で、金持ちではないか。
Dr.佐藤は、庶民の金銭感覚を知らないようだ。「口ぐせの科学」で儲け過ぎたせいかもしれない。

愛とお金は必ずセット

「魔法の言葉」のヒットに続いて出た『愛されてお金持ちになる魔法のカラダ』の方では、口ぐせの他に、毎日二時間のウォーキングと一日二食の食事とサプリメントの摂取を奨励している。
さすがに口ぐせだけで「何をしてもうまく運ぶ」と言っていても説得力が持続しないと思ったのか、「言葉」と「カラダ」二冊セットで売りまくろうという商魂なのかはわからないが、こちらの目玉は「脳が生まれ変わる」ための「カラダ革命」である。
特に「成功ウォーキング」で、脳もカラダも細胞から作り変えられると力説。

もう辛いダイエットや面倒な努力など、一切やめてしまって大丈夫なのです。

でもその代わりに、雨の日もカンカン照りの日も毎日二時間戸外をテクテク歩かねばならないんでしょ。もっと辛いし面倒臭そう。少なくとも、かなりの暇人向けだ。仕事で忙しい人には難しいだろう。
しかし、「毎日歩け」とか「食事に気を配れ」といった提案の中身だけ取り出せば、とりたてて目からウロコなことが書いてあるわけでもない。どこにでもありそうな平凡なシェイプアップ本と言える。


非凡なのは、ドクターの相変わらずのテンションである。
この本には、若い女性が好みそうなカラフルなイラストやマンガがふんだんに使われているが、その巻頭イラスト(ピンクのビキニでロングヘアの美人)に添えられた箇条書きから、えらい煽りよう。

1 キレイになる!健康になる! 
2 男にも女にも愛される! 
3 仕事がうまく行く!=お金持ち 
4 ”あげまん”になる!=彼の仕事がうまくいく=お金持ち 
5 ”本当にやりたいこと”が見つかる! 
6 夢を叶え、なりたい自分になれる! 
7 自分のまわりにいいことがいっぱい起こる! ←この繰り返し

こうなればこうなる式に引っ張っているが、例によって文章と文章の間の論理的つながりが何もない。ただ「!」の連続で、ひたすら威嚇している。
しかしあまり自分の頭を使いたくない読者にウケるのは、こういう闇雲な強引さなのだろう。ヒットラーの演説のように極端で派手な言葉ほど、そういう読者の心を惹きつけるものである。
最初に一発カマしておいて、その後自信たっぷりに懇々と説くところは、細木数子とも似ている。藁をもすがりたい心境の人にとっては、断言すればするほど、オーバーであればあるほど、効果的なのだ。


藁をもすがりたいと言えば、「何とかして美しく痩せたい」と望む女性は多い。雑誌を見てもテレビを見ても、出てくるのは細くてキレイな女性ばかりで、太った人は道化を演じさせられている。そこにあるのは、「外見良ければすべて良し」というメッセージだ。Dr.佐藤はそれを全面肯定する。

「痩せてキレイになりさえすれば、たいていのことはうまくいく」「愛にもお金にも恵まれるようになる」と希望をもつのは正しいことです。

なぜならダイエットを頑張る女性には「「目いっぱい愛されて幸せになりたい、お金持ちになりたい」という強い願望がある」からだそうだ。
痩せてキレイになってモテたいというのは、わかる。が、ドクターにかかるとそれが「目いっぱい愛されて幸せになりたい」願望となり、「お金持ちになりたい」にまで飛躍する。この人の論法はいつも、「愛されたい」から即「お金持ちになりたい」に行くのだ。何の脈絡もなく。
なぜなら、ドクターにとって愛とお金がセットであることは、太陽が東から上ることと同じくらい当然のことだからである。
あくまでもお金持ちになることにこだわるDr.佐藤。普通なら「拝金主義者」と言われるところだが、「勝ち組遺伝子」で成功した人の言葉なので読者は納得するのであろう。


この本は「カラダ革命」を謳っているので、女性の体についての具体的な描写も多い。中でも、なぜか「ヒップ」についての言及が目出つ。

特にヒップは重要です。ヒップが丸々として上向きになっている女性は、「ぜひ寝てみたい」という男の欲望をかきたてます。

男が女のどこで「あげまん」かどうかを見分けているかというと、

ヒップなのです。ヒップが下がっている女性に「あげまん」はいません。「あげまん」の女性は、ヒップがキュッと上がっているのですぐにわかります。

やたらと女性のヒップにこだわるDr.佐藤。普通なら「このエロじじい」と言われるところだが、医学博士の言葉なので読者は有り難く受け取るのであろう。


つまり、これら「愛されて本」が巧妙なところは、「たしかにそうだ」と思えそうなことを、あちらこちらに散りばめている点である。
「もっとヒップアップしたい」「愛だけでなくお金もほしい」というのは読者の否定できない本音であるし、「恋をすると前向きになる」「男は女にほめられたい」「キレイに痩せれば愛される」というのも真実っぽい話だ。「口ぐせの科学」の基本にして最大のアピールポイントである、「口ぐせで生まれ変わった脳が勝手に夢を叶えてくれる」という眉唾話に疑いを持たせないために、そういう"本当らしさ"でポイントポイントを固めているのである。


従って、素直で暗示にかかりやすい女性は、「口ぐせの科学」を忠実に実行する。そして毎日二時間の成功ウォーキングと二食+サプリメント摂取に励む。二冊の「愛されて本」の帯には、それで幸せになった読者の「喜びの声」が掲載されていた。
恋がうまくいった、すごい効き目!(19歳・学生)
自分に自信が持てた。(24歳・飲食業)
なんでそんなにアカ抜けたの?って聞かれます。(25歳・事務)
やりたいことが見つかった!(27歳・家事手伝い)
幸せがドミノ倒しでやってきた。(42歳・主婦)
彼女達は毎日、「私は世界で一番いい女」を始めとしたポジティブな言葉を唱えたのだろう。その結果、自己暗示にかかり、物事に積極的になってたまたまいい結果が出たのだろう。
そういうこともあるとは思う。だが言葉遣いまでドクターそっくりになっているところが不気味だ。

ピンクコーナーのハリー・ポッター

口ぐせだけで作ってしまった本が、『最強の幸運体質をつくる魔法のアファメーション』である。
各見開きの右ページに「幸運体質を作るために役だつ、ポジティブな短い言葉」が一つ書いてあり、左ページには昔の少女漫画タッチの、目に星がキラキラでフリフリドレスの三頭身の少女のイラストが載っている。本というより絵本だ。
「イラストは、ぬり絵としても使えます」。ぬり絵。人をおちょくっとんのかという気がしないでもない。


巻頭に「最初から最後まで声を出して読むだけでも、明るい気分になれます」とあった。「愛されて本」にあれこれツッコんできたが、騙されたと思って試しに少し音読してみることにした(誰もいない部屋で)。
「気分は最高、いい調子」
「何から何までパーフェクト」
「私はホントに運がいい」
「幸せなのが当たり前」
「私のパワーは無限大」
「望みはかなう、かならずかなう」
「勝ち組遺伝子、スイッチオン」‥‥
誰も聞いてないのに、無性に恥ずかしい。「お腹の底から声を出して、元気に読んでください」。残念ながら私には無理。


恋愛に関する言葉を読んだ(黙読)。
「私は美人で魅力的」
「男にモテるいい女」
「私は私を愛してる」
「私はみんなを愛してる」
「ますます元気、ますますきれい」‥‥
虚しい気持ちになってきた。


お金に関するところを見た。
「お金大好き、ぜいたく大好き」
「巨万の富がおしよせる」
「リッチな暮らしは楽しいな」
「貯金がどんどんふえていく」‥‥
だんだんムカついてきた。
「うれしい、楽しい、気持ちいい」
「幸せいっぱい、夢いっぱい」
「毎日ステキなことばかり」
「万事解決、問題なし」
「これでよかった、これでよし」
「ラッキーラッキー大ラッキー」‥‥
ムカつきを通り越して笑えてきた。こんなものを毎日「お腹の底から声を出して、元気に読んで」いたら、アホに見えること間違いなし。


しかしアホに見えようが恥ずかしかろうが、ともかくドクターの教えを守って精進した者だけが、救われることになっている。
つまりDr.佐藤は口ぐせ教の教祖で、ポジティブな口ぐせは教義。「愛されて本」執筆は布教の一貫で、読者は信者。
と思ったら、ちゃんと「口ぐせ理論実践塾」というものがあり、Dr.佐藤は全国各地で精力的な布教活動(講演やセミナー)を展開していた。オフィシャルサイトを見ると、セミナーはベーシックコース一泊二日で五万円。講演のDVDまで出ている。
語りかけるDr.佐藤と、それを一心に聞き入っている大勢の女性達、という写真がそこにアップされていた。この魔法を使えば、誰でも世界一いい女になれるのです、とドクターは語っているのだろう。必ずいつか王子様に出会い愛されるのです。お金持ちにもなれますよ。魔法の言葉を唱えれば、カボチャも馬車に、あなたもシンデレラに変わるのです。
ワァ〜いいなすごいな、私もそうなりたい‥‥。
これはどう見ても、「童話を語って聞かせる老人と子ども達」である。
Dr.佐藤はもう70過ぎのおじいさんだし、ファンの女性達はほとんど孫世代。童話の内容は、口ぐせで「愛されてお金持ちになる」という、幸せいっぱい夢いっぱいのファンタジー。そこではアファメーションという魔法で、すごいことが津波のようにやってくるのだ。
おじいさんはお話上手だから、子ども達は目を輝かせて聞いている。おじいさんの本もとても面白いので、ワクワクしながら読んでいる。何冊もあるから、一度読み出したらとまらない。


つまりDr.佐藤は、女性のファンタジーを描く童話作家、ピンクコーナーのハリー・ポッターである。あれは「科学」でも実用書でもない。「この楽しさはナニ?」(「魔法のカラダ」の帯の文句)と謳っているのも、やたらと挿絵入りが多いのも、童話だからだ。
そう思えば、どんな荒唐無稽な話も、詐欺師みたいな口上も納得がいく。何でも「魔法」に頼るところや、本やDVDで稼ぎまくっているところも、ハリー・ポッターそっくりだし。
ただハリポタの子ども読者は魔法なんて信じてないが、Dr.佐藤の読者は信じ切っている。
ハリポタ読者は純粋にお話として楽しんでいるが、Dr.佐藤の読者は夢と現実の境目がついていない。


Dr."ハリポタ"佐藤の童話に催眠状態となり、ハッピーでメルヘンな脳内妄想に浸る女性達。ひたすらポジティブな言葉とドリーミーなイメージを求める女性達。
どうしてみんな、そんなに浮かれた気分になりたいんだろう。そんなに今の自分の姿を直視したくないのか。「愛されてお金持ちになる」などというシンデレラなフレーズに飛びつかなくてはならないほど、せっぱつまっているのか。
たぶんそういうことなのだと思う。「愛されてお金持ちになる」こと以外の夢など、描けないのである。描く余裕がない。それくらい、普通の女性の現実はキツいということだ。現実がキツければそれと向き合うのをやめて、気持ちのいい妄想に逃げ込みたくなる人もいるだろう。
Dr.佐藤は、その弱みにつけこんでいる。そして女性に、「愛される」ことと「お金持ちになる」こと以外の価値を切り捨てさせ、「ビッグな野望」男を特別扱いさせ、錯覚と暗示を与えてボロ儲けしている。


しかしここらで、あれは「科学」ではなくファンタジーであり、佐藤富雄は博士ではなく童話作家だと正しく認識し直すべきではないかと思う。そもそも「魔法」で夢が叶う話なのだから、ジャンルとしてはそっちに分類されるべきである。
従って書店の人は、「愛されて本」関連をすべて、ピンクコーナーから児童書コーナー(間違っても「学習と科学」とかそっちの棚に入れないように)にすみやかに移動して頂きたい。
もっとも、「私は男にモテるいい女」とか「お金大好き、ぜいたく大好き」というメッセージしかない本を、子どもに買い与える親がどれだけいるかは知らないが。