二人で歩く

最近、飲酒運転の取り締まりが異常に厳しい。近場でちょっと一杯飲んで車で帰るということは、できなくなった。
警察の方も巧妙で、飲み屋の近くで張っていて客が出てきたところをつかまえるだけでなく、出た客を追跡して行き次の飲み屋に入ったのも確認し、最終的に家に着いたところで‥‥というパターンがあるという。
時々近くで軽く飲んで車で帰宅していた夫も、さすがにこの頃は車を置いてタクシーで帰ることにしているようだ。しかし翌日私の車に同乗して自分の車を取りに行かないとならないので、ちょっと面倒臭い。
それでこないだなど、50分もかけて行きつけの飲み屋に家から歩いて行き、タクシーで帰ってきた。よくそこまでして飲みに行きたいものだ。


つい先日はたまたま一緒に飲んだので、車をそこの店の駐車場に置いて行くことになった。
タクシーだと家まで1200円くらいだが、それを出すのがもったいないので歩いて帰ることにした。お店の人に「だいじょうぶ? 飲んで歩くとしんどいよ」と言われたが、たまには歩くのもいいだろうと思った。


まだ夜十時台で、郊外の街も店の明かりがところどころ点いている。車は通るが人通りはほとんどない。
大変久しぶりに肩を並べて歩いたので、ふと手でも繋いでみようと思って手をとったら、
「おもい」
と言われた。
「手繋いだだけで、おまえの体重がかかる」
なにそれ。私そんなにデブじゃない。
「俺はねー、手ぶらで歩きたいの」
嫌がらせのために腕を組んだら、
「わあ、やめてくれ。おもい」
‥‥そんな大声出さなくてもいいと思う。


二人でてくてく歩いていくと夫が、
「あ、お好み焼き屋がある。ちょっと食ってくか」
と言った。
「もうお腹いっぱい。そんなに食べたら太る。帰ろ」
少し行くとコンビニがあり、夫は「お茶を買ってくる」と言って入っていった。出て来るのを待ってまた歩いていくと、たまに行く中華料理屋の近くに来た。
「ちょっと寄ってくか」
「いい」
紹興酒ピータンとか?」
「いいってば」
なんでこの男はいちいちどこかに寄り道したがるんだ。


そのうち、夫の歩く速度が遅くなってきた。お酒がかなり入っている上、お茶を飲みながらブラブラ歩くので大変遅い。私は目的地に向かってさっさと歩きたい方だ。
もうこんな男置いていこ。手もつないでくれないし。
黙ってさっさと歩いた。夫は「おー‥‥」とか何とか言っていたが、無視してどんどん歩いた。
国道沿いの道である。
そのうち、後ろの方でパタパタと道路を横切る足音がした。振り向くと、夫が道の反対側を歩いていた。私の後ろをてくてく歩くのは嫌だと思ったんだろう。


それから後は振り返らず、一層さっさと歩いた。私はわりと長距離歩くのが苦にならない。普段ジムのウォーキングマシンで鍛えているので、自分でも気持ちいいほどサクサク歩ける。時速6キロ弱くらい。
上手い具合に信号を全部青で渡れた。一度も立ち止まらず大通りを越え、住宅街の中に入っていった。道が蛇行しているので姿は見えないが、もうだいぶん夫とは差をつけられたはずだ。
このあたりで物陰に隠れていて、通りかかったら脅かしてやろうかという考えが起こったが、中年女が暗いところで身を潜めているのも何だかなと思い、そのまま歩き続けた。


住宅街を抜けて田畑が多くなってきた。街灯がまばらで暗い。しかもポツポツと雨が降ってきた。まだあと家まで1キロはある。さすがにちょっと足がくたびれてきたが、雨に打たれるのは嫌なので必死で歩く。
あと200メートルくらいのところで、かなり降ってきた。家に辿りついた時には結構濡れてしまった。
夫は今頃どこらへんを歩いているのだろう。傘を持って迎えに行こうかと思ったが、疲れたし面倒なのでやめた。


5、6分ほどして夫が「ひゃー」とか言いながら家に入ってきた。
「ずいぶん濡れた?」
「濡れたじゃねーよ、もう。さっさと行っちまいやがって。おまえはいつでもそうだなブツブツ」
一緒に歩いていたら、私ももっと濡れたでしょうよ。私についてこないのが悪いんだよ。


私達は歩く速度が違う。歩き方が違う。どこに行ってもしょっちゅう互いの姿を見失う。たまたま同じ目的地に帰ってくるだけだ。