仕事と仕事以外

二日ほど前、深夜のテレビで「怒りオヤジ3」を夫が見ていたので、つられて見た。叱られたい素人を募集し、タレントが説教するという番組である。
和室に素人とタレントが向き合って座り、(確か)三本勝負のベタマジなやりとりが繰り広げられ、時間の采配をするのはアシスタントの及川奈央。別室でモニターを見ながらコメントするのが、カンニング竹山隆範おぎやはぎ矢作兼


その時のゲストは漫画家の江川達也で、叱られたい素人は「25歳童貞エロ漫画家志望」という男性だった。
彼によると、昨今のエロ漫画の過剰なエロさは読者の脳内妄想を邪魔する行き過ぎたものであり、あえてヘタウマな絵の提示によってこそ妄想力による補完が可能になる。普通のエロで抜くのでは駄目で、抜けそうにない絵で妄想力を掻き立てることが重要だということである。
いかにも需要のなさそうな自分の絵を出して、巨乳より女の子の腹筋に萌えると言っていた。
解説付きでそういう絵を見せられて、江川達也もどういう角度から説教していいのかやや困惑気味であった。
夫は、
「ヘンタイかこいつは」
と言った。
あのね、人間は皆ヘンタイなの。だからちょっと変わったとこに行く人もいるんでしょ。よくわかんないけど。


その人は普通に上手には描けるのだが、それでは何か物足りないのである。で、エロ漫画としては売れそうにない、シュールな絵を描いている。と言っても町野変丸みたいなのでもなく、ただのヘタウマというか、どうにもとりつくシマのない絵である。
アートでも、普通に上手に描けるところを通り越したところから始まるので、この人はたぶんアートっぽい領域に片足を突っ込んでしまっているのだろう。しかし一方では、やはりエロ漫画家として食べたいと思っているのだ。
法政大卒のニートで親との折り合いは極めて悪く、東大生の弟のところに寄生しているという話である。お金がなくなると、弟が風呂に入っている間に財布から少々くすねるそうだ。
そういう普通はあまり人に言いたくないような話を淡々としたり、大家の江川達也を前にしてまったく動じるところも卑下するところもなく自分の「コンセプト」を語る彼を見ていて、夫は、
「こいつ、変な魅力があるな」
と言い出した。


結局その場では、ナイスバディな及川奈央をモデルに、彼と江川達也がウマい絵とヘタウマな絵による「プロと素人対決」をすることになった。
江川達也のウマい絵はおいといて、ヘタウマに描いた絵はとにかく胸だけが異常にデカい女の人だった。プロの漫画家の矜持があるのか、大してヘタでもなかった。これなら想定内だ。
しかし素人の彼のヘタウマな絵というのは、一見何がどうなっているのかよくわからない本当にシュールな絵だった。バストが棒状になっているということだけ、説明されてわかった。


私がその時の江川達也をちょっと偉いなと思ったのは、「オマエこんな絵で売れると思ってるのか、エロ漫画業界を甘く見るんじゃないぞ、ゴタク並べたいだけだったら趣味でやってろ」などといった類いの「上」からの説教は、一切しなかったことである。説教しないで一旦同じ土俵に降りて「ヘタウマ競演」までした。そして最後に、
「自分でどっちかに決めろ」
と言った。
一方に決めたらもう一方は忘れろ。それを今ここで決めろ。
結局彼は売れる路線を選んだ。


自分のやりたいことで生活したいという気持ちと現実との板挟み。こういうことは、さまざまな場面である。


奇しくもその翌日、私は大学で男子学生から似たような相談を受けた。
アーティストとして打って出たいという野心はないのだが、絵を描き続けたい。絵画専攻ではなく、ずっと自分の方向性がわからず模索していて、やっと描くことを見つけた。描くことは何があってもやめない。だから絵を生活にしたい。自分の技能を生かせそうな会社はあるのだが、やりたいことと要求されることが違っているので気が進まない。親は稼業を継げと言っている。が、重大な責任を簡単に引き受けるわけにはいかない気がする。来年の卒業を控えて、自分の将来に何の見通しも立たない。どうしたらいいのか。


彼は数冊のスケッチブックを見せてくれた。
クレパスでがしがしと描かれた絵は「作品」ではなかったし、売れるようなものでもなかった。しかしひたすら描かずにはいられなくなった人の絵だった。
そういう絵を見たのは久しぶりで、私は思わず一枚一枚見入ってしまった。
「あなたはアーティストだね」
という、自分でも思いがけない言葉が口をついて出た。
こんなことを学生に言ったことはない。私は20年アーティストをやって廃業した者である(アートについては11/5と11/7で恋愛について書いたことに近い考え)。
しかし廃業とかアートとは何かとかいったこと以前の、他にはどうにも代替、還元できない欲求というものが、そこにはなまなましく刻まれていた。描きたいのに描かないでいると、この子は病気になるんだろう。私が文章書き出したのと少し似ている。


意見を求められて、
「仕事で思い通りに描く欲求を満たす方向は諦めた方がいい」
というとても平凡なことを私は言った。
仕事は生活のためだと割り切れ。誰だって多かれ少なかれそうしてやっている。
絵を描くことを生活そのものにしたいと夢見る彼にとっては、つまらない大人の意見だっただろう。しかし私にはそのくらいしか言うことがないのだ。
彼はまた絵持ってきますと言って去っていった。