可愛い服に凹まされた日

考えてみたら去年の秋くらいから、服というものを一枚も買っていなかった。毎シーズン新しい服を新調するわけではないが、それにしても随分その手の買い物とは無縁だ。
私は物持ちがいいので、この歳になると着る服に困るということはない。五年前に買ったパンツやスカートが苦しくなったとか哀しいことはあるが、十年、二十年前の服でも、サイズと流行に関係なく着られるのはいつまでも着ている。
とはいえ、新しい夏服が数枚ほしいなあと思った。夏服は洗濯回数が多い分消耗も激しいので、毎夏一、二枚はおろしたての服に腕を通したくなる。


去年から今年にかけては、チュニック風のブラウスやワンピースが流行だ。胸の下で切り替えがあって裾がふんわり広がっていて、袖なんかもギャザーでふわっとしていて、とても可愛い。70年代に少し流行った感じのテイスト。色や細かいデザインを選べば、若くなくても着られそう。しかも体型が隠せるという利点あり。
これはおばさんでも買わない手はないでしょう。
おりしもバーゲンシーズンである。数回買い物をしたことのある近所のセレクトショップに行ってみた。20代から40代(若作りの)まで着られそうな、わりかしセンスのいいものをお手頃価格で置いている。
きれいな色のチュニックドレス、フォークロアな刺繍のブラウス、涼しげなレトロっぽいプリントのワンピース‥‥。
うひゃーカワイイ。どれもこれも可愛過ぎ。「可愛い」の大洪水。血圧が一気に上がった。落ち着け。


しみじみ、若い女性が羨ましくなった。
私の20代(80年代)のファッションというと、ラブリーなやつはピンクハウスのラブリー過ぎてアレなやつで、後はハマトラとかニュートラとかボディコンとか原色のスーツとか全く私の趣味に合致するものがなく、しかたないのでアヴァンギャルド系に走ったものだ。
といってもギャルソンとかY'sなんか高くてほとんど買えなかったので、暇に任せて自分で適当にそのへんの服を崩して作っていたんだけども。
最近のファッションの主流はずっと、ラブリーでキュートでフェミニンな「懐かし系」である。ユニセックスな格好も好きだが、そういう感じのレトロな「かわいい」にも私はとても弱い。
それを新しいものとして新鮮に着られるんだから、若い女はいいよなあ。まあ似合う似合わないはあるだろうけど。


あれこれと迷ったあげく、マルチカラーの細いストライプでハイウエストギャザー切り替えのブラウスと、薄いクリーム色で七分袖のやはりハイウエスト切り替えのワンピースと、胸元と袖に小花柄のあしらってあるチュニックドレスを購入した。特に最後の小花柄のが、甘さ控えめで東欧風で色もデザインも一目惚れ。
40代後半のラブリーは危険ではないか? 
いやほら私童顔だし、フランス人とかおばさんでもおばあさんでも可愛いプリントのワンピースを堂々と着てたりするじゃないですか、あのノリで押し切るのですよハイ。
締めて一万五千円。これなら家計にも響かずお買い得。


久しぶりの買い物にウキウキしながら、家に帰って早速順に着てみた。
私は下に穿くものは必ず試着するが、上物はジャケット以外滅多にしない。どれもわりかしゆったりしたデザインなので、試着するまでもないと思った。
ところが。


最初の二点は大丈夫だったが、一番お気に入りのチュニックドレスがダメだった。胸と二の腕回りがはちきれそうだ。腕を上げたら脇のあたりがビリッときそう。
どういうこっちゃ。泣きたくなった。最近体重が増加気味なのはわかっていたが、ここまでとは。ラブリーだがキツキツのチュニックドレスを着た鏡の中の仏頂面の私は、中年太りの歳くった幼稚園児みたいだった。
‥‥見苦しい。
深いため息をついて、服を脱いだ。床に広げると、憎たらしいほどシックで可愛いデザインである。これに細めのジーンズかスパッツを合わせて着る予定だった。
でも私には無縁の服になってしまった。可愛い服に裏切られた思いだ。いや私の体型が服を裏切っているのか。
こうして少しずつ、いろんなものを諦めていくんでしょうね。


痩せればいい? 
すぐ痩せられるものならそうしますとも。お腹周りやウエストなら、ちょっと頑張ればわりと短期間で落ちやすい。しかし胸(というか脇と背中)と二の腕に一旦ついた肉は、なかなか取れない。特に腕はこれまで他がベストサイズまで落ちた時でも、まだちょっと許せない太さだった。
こないだ林真里子がan・anのエッセイに「一生に一回でいいからノースリーブが着たい」と書いていて、心から共感したものだ。


バーゲン品だから返品きかないし、バザーに出すのももったいないしといろいろ考え、藤沢に住んでいる中二の姪にあげることにした。彼女ならぴったりのはずだ。デザイン的にも似合うだろうし。畳んで袋に仕舞い、姪宛のカードを書いた。
「あまりに可愛かったので、カオちゃんに似合うかなと思って買いました。早めのお誕生日プレゼントです。下にジーパンはいて着るとオシャレだよ。叔母より」
翌々日、姪から電話がかかってきた。
「もしもし、服届きました!どうもありがとう!すっごいカワイイ! うん、ぴったりだった。今着てるんだけどね。おばちゃん、よく私の好きなのわかったねー。すごい嬉しい。ありがとう!」
えらい感謝された。自分が着るつもりで買って、着てみたらキツかったからあげるなんて書かなくてよかった。


でも母親(私の妹)には怪しまれていると思う。そもそも今まで姪に服なんかプレゼントしたことがないから変だ。
「あーこれ、お姉ちゃんの趣味だ。ちょっと無理だったんじゃないかな、年齢的に。いい加減若作りやめればいいのにねえ」
とか思っただろな。
まあだいたいその通りなんだけど、娘には言わないでくれ。