ヤンキーとメガネ男子とドラえもん

専門学校の生徒たち

デザイン専門学校の私の担当クラスは、建築インテリア、インテリアCADの合同クラスと、イラスト・マンガクラスである。その一年生に前期だけデッサンを教えている。
イラスト・マンガの学生は全般に大人しく、授業態度も概ね真面目。男女とも見かけ地味な子が多い。建築・CAD合同クラスはその反対である。男子の半数がKAT−TUNの真似ですか?という雰囲気で、女子はギャルっぽい子が目立つ。授業態度はかなりラフ。講師には最初からタメ口。ついでに喫煙率も高い。


観察していてわかったのは、イラスト・マンガは好きなものや、やりたいことがはっきりしていて来た生徒が多いのに対し、建築・CADはクソ真面目な学生が少数いる反面、特別建築やインテリアに興味のない子もかなりいるということだ。
高校出て大学に行く気はなく(あるいはその学力もなく)、まだ働く気もなく、なんとなく専門学校。そこに行けば就職は大丈夫だろうという感じ。お喋りが多いので手こずらされるが、毎年印象に残る学生が多いのは建築・CADクラスである。


建築インテリアのA君は、私が専門学校で八年間見てきた生徒の中でも、ルックスが際立ってヤンキーだった。
ブリーチした長髪、サロン焼きした黒い顔、数カ所にピアス。ルーズパンツは極端に腰履き。タッパは176、7だが猫背気味。眉は薄く、ナイフでスパッと横に切ったような目をしていて、街を歩いていたらあまり目を合わせたくないタイプである。最初に見た時は「うわ‥‥」と思った。
A君は勘はいい方だが、大雑把でデッサンのレベルは今いちだった。最初のうちは遅刻や欠席もちょくちょくあった。私は真面目な講師なので、授業が始まってからの三ヶ月半、A君を少しでもやる気にさせようとかなり努力した。
少しはそれが伝わったのかどうか、初め「たりぃぜ」という顔をしてやっていたのが、一ヶ月半を過ぎる頃から、私が後ろに来ると振り向いて「こんでいいの?」という顔で見るようになった。褒めればニタ〜と歯を見せて笑い、ダメ出しすれば萎れるところは、他の生徒と同じである。
隣の生徒に指導していると「俺もさっきからそう思ってた」と横から口を挟んでくる。
「この授業受けてデッサン好きになった」と周りウケ狙いのお世辞を言う。
「先生優しそうな顔してんのにグサグサくること言うから、俺いつも家に帰って泣いてるよ」
前半は当たっているが、後半は嘘だろう。普通はそんな見え透いたことは言わない。


私は昼休みに、外階段の喫煙所で一服することにしているが、その日はタバコを家に忘れてきた。生徒にもらえばいいやと思って喫煙所に行くと、A君が一人所在なげな顔でタバコをふかしていた。
「一本頂戴」
「メンソールだけどいい?」
「うんいいよ」
「‥‥先生、家どこ?」
「一宮」
「ふうん」
「A君は?」
などとわりとどうでもいい会話をした。
それから彼は、自分のことを話し始めた。高校中退して通信で卒業資格を取ったこと、スロットで小遣いを稼いだことなど。
教室では軽口ばかり叩いているA君が真顔で喋るのがなんか新鮮で、私は「へえー」とか言いながら聞いていた。「俺これでも結構人生の苦労を味わってきたよ」という、どっかのオヤジが場末のスナックでチーママに吐くようなセリフにも、「18歳にしてねぇ」と返した。
タバコも吸い終わりそろそろ行こうと腰を浮かしかけたら、「先生もう一本タバコ吸う?」とA君が言った。生徒に二本目まで勧められたことはない。意外と人に気を遣うタイプなんだね。そういう繊細な心配りをデッサンにも生かせればねぇ。


A君は家が遠く通学が大変なので、この夏から名古屋で一人暮らしを始めると言った。スロット貯金でマンションの礼金、敷金を払い、地元の友達に頼んで引っ越しするそうだ。どうも親には金を出させたくないらしい。
「炊飯器いらない?」と私は訊いた。仕事場で前使っていたのが家に余っている。欲しいと言ったので、授業の最終日に引っ越し先まで車で運んでやることにした。

私は役に立たない

当日はA君の他に、同じく建築インテリアのB君とC君がついてきた。


B君は高卒後数年フリーターをしていたわりと普通の感じのメガネ男子で、会話の反応が早い。といっても、私が指導の合間に漏らした関係ない言葉に、A君と一緒に反応していることが多い。
「今、先生『あちゅい』って言った?」
「言ったよな『あちゅい』ってw」
どっちかというと、授業を受けながら講師を観察しているタイプだ。
「先生今日はちょっと疲れた顔してるね」「先生ってわりと放任主義だよね」「毎年俺らみたいなのが来て大変でしょ」
こういう生徒は早めに掌握しておくと授業運営が楽なので、A君と同様、私の当初の「まず押さえるべき生徒」戦略に入っている。


もう一人のC君は、26歳の韓国人である。最初見た時、全体の雰囲気がドラえもんみたいだと思った。どことなく人を和やかな気分にさせる。でも軍隊で鍛えたせいで、見かけによらず凄い回し蹴りをするらしい。
韓国人学生は時々おり、その例に漏れず彼も熱心に食いついてくるタイプだ。
「センセ!ここもっと濃く描くですか?」「センセ!ワタシがんばったよ。これイイですか?」「センセ!ここムツカシイ。ここよくワカラナイ」
しょっちゅう手を挙げて人を呼ぶ。他の生徒に指導中であろうが何であろうが関係なし。しかもこちらの説明が終わる前に「センセ!」と、また別の質問を始める。C君と私の微妙に噛み合わないやりとりに笑い転げているのが、A君とB君だ。


さて、そういう三人が一緒に車に乗ったので、道中大変な騒ぎになった。
「センセ!急にスピード出さないで。ワタシこわいよ」
「先生、そんな急がなくていいからね」
「先生、左寄って左! あ、真っ直ぐでいい」
「この辺で右車線かな」
「センセ!後ろから来てるよ!」
「こういう時、先生ちょっと反応遅れるね」
「ハイあの白い車が行ってからー。よし!」
「先生、ウィンカー出してから車線変更が早過ぎる」
「先生、赤信号だよ」
うるさいな。落ち着いて運転できないじゃん。授業でうるさく言われたことの仕返しか。
しかも肝心のA君が、学校からの道順をしっかり覚えてないのである。
「○○寿司のデカい看板があるはずなんだって」
「このまま行くともう栄だよ」
「ここワタシの家の近くだ」
「なんか行き過ぎた気がしてきた」
「Uターンした方がいいんじゃね?」
結局、普通に行ったら5、6分で着くところを20分近くもかかってしまった。


ワンルームマンションの部屋の天井に、途中で買った照明器具を取り付けるのがまた大変だった。足場になるものが何もない。A君は昨夜授業の後で引っ越しを強行したせいか、疲労で全然頭が働いてないらしい。
結局一番ガタイのいいC君が背の高いB君を肩車して、やっとセットした。
B君とC君は、「アレあげようか」とか「今度コレ持ってきてやるよ」とA君に親切だ。A君は一番歳下だし、案外性格的に人に助けてもらえるようなところがあるんだろう。
しばらくベランダに出てタバコ吸ったりダラダラだべったりしていたが、みんな昼食がまだだったので近くのファミレスに行った。まあ最後だから奢ってやるか(というかなんとなくそういう流れだ)。
「先生こんなに優しいならもっとデッサン頑張ればよかった」
今頃気づいたの。


授業を通して見ているだけなので、クラスの生徒間の関係や個人的な事情は、私にはよくわからない。でも話を聞いていると、いろいろ大変そうだなという感じがした。スクールカーストのようなものはないみたいだが、学生間の「合う/合わない」というのは当然ある。そこでのちょっとしたズレがストレスの原因になる。特にB君がそうしたことを冷静によく見ているのに、少し驚いた。
身近な環境の中のあれこれには敏感な反面、学校出てからどうしたいという具体的な話はあまり出ない。
「やりたいことある人が羨ましい」とA君が呟いた。これから見つけていけばいいでしょということは言えなかった。「十八や十九で将来決めるのって大変だと思う」と言っただけ。何の慰めにも励ましにもならない言葉だ。
そういうところではあんまり役に立たなくてごめんね、と思いながら彼らと別れた。
それぞれちゃんと支払いしようとする態度を見せるところは、まあ感心だった。なんだかんだ言って気を遣っている。


将来に若干不安を抱えているヤンキーと、なんとかしなきゃなと思い始めたメガネ男子と、マイペースのドラえもん
卒業する頃はどんなふうになっているのだろうか。
十年後は何をしているのだろうか。
そしてその時、私は何をしているのだろうか。