JR「フルムーン夫婦グリーンパス」の欺瞞

「フルムーン夫婦グリーンパス」というのをご存知でしょうか。JRのグリーン車が乗り放題になる熟年夫婦向けのサービスである。
フルムーンキャンペーンは旧国鉄時代の81年から開始されており、当初は高峰三枝子上原謙の共演CMとポスターが話題になった。かつての銀幕の大スターが二人して温泉に浸かるという、結構大胆なシチュエーション。
特に、当時還暦を超えていた高峰三枝子セミヌードの豊満な胸(もちろんお湯に入っているので胸の上の方だけしか見えない)は、なんかすごいものを見せられてる感があった。相手がかつてよく共演した上原謙だったからだろうが、それにしてもよく出演を受諾したものだと(やっぱ胸に自信があったから?)。
今でいえば、60歳になったキムタクと松たか子の温泉シーンを見せるようなもの。しかしキムタクはともかく、松たか子では勝負できなさそうだ。藤原紀香あたりかな。


81年の上原+高峰のCMやポスターのイメージから受け取れたのは、「定年退職した旦那さんが長年連れ添った奥さんをねぎらい、二人だけの老後をのんびりと楽しむために、温泉旅行にでも行きましょう」というメッセージである。
いかにも「高度経済成長期に働き盛りだった夫と、当たり前に専業主婦を務めてきた妻」という、一般的ではあるがそれなりにゆとりのある夫婦向けの企画だなと思っていた。


さて、このフルムーンのポスターをまた最近見た。先日一泊二日で、とある片田舎の温泉に入りに行って、その近くの食堂で。俳優の写真ではなく、ススキかなんかをバックにした満月の平凡な写真だったが、B1くらいの大きなポスターだったので目について、ビールを飲みながらぼんやり見ていた。
そして説明書きに目が釘付けになった。
「フルムーン夫婦グリーンパス」は、5日間用、7日間用、12日間用の三種類があり、夫婦の年齢を合わせて88歳以上の夫婦が利用できると書いてある。
「ちょっと!」と私は横にいた夫に注意を促した。
「合わせて88歳以上だって。知ってた?」
「えーと俺らは合わせて‥‥97歳?(49+48)。ええ〜?俺ら完全に入るじゃんw」
「44歳同年夫婦なんかも入ってくる。40代働きざかりで、子どもに一番お金がかかる世代も対象ってことだよ」
「うーん‥‥ふざけとるな」


自分達の年齢が合わせて97歳にもなるというのも一瞬ショッキングだったが、上原謙高峰三枝子の初老夫婦のイメージが強かったので、フルムーンキャンペーンなどてっきり定年退職者向けだと思っていた。今なら小金を溜め込んでいそうな団塊の世代向け。それなら子どもも大概独立しており、好きな時に旅行もできるだろう。
だがいくらグリーン車乗り放題(5日間80500円)でも、5日以上の休みを取るなど、40代では難しい。しかもこのサービスは今年10月から来年6月までで、年末年始、ゴールデンウィーク期間は利用できないのである。
40代に向かって、仕事休んで移動に最低8万円使ってフルムーンしませんか?と言っているわけである。嫌がらせか。


「しかし旦那が定年退職してたって、おばさん達は旦那と旅行に行くより、友達グループで行きたがるだろ。その方が伸び伸びできるわってんで」
「どこ行ってもおばさんグループ多いもんね、すごく楽しそうだし。でもその方が、旦那も家で一人でのんびりできていいんじゃない?」
「いや団塊の世代だと専業主婦が多いから、家のこと何もできん旦那が多いかもしれん」
「そうすると、奥さんも旅行に来てまで旦那の世話焼きたくないから、この企画はやっぱり無理だよ」
「JRの戦略間違っとるな。発想が古い」
「てか現実を知らないとしか」
仮に定年退職者で仲のいい夫婦でも、5日間以上の旅行となれば、鉄道チケット代以外にもそれなりにお金がかかるので無理だという人は多いだろう。商売をしている人なら仕事を休めない。
ましてや合わせて88歳なんて基準では、普通は無理。合わせて97歳でも、100歳でも無理だ。夫婦が余裕のある定年退職者か自由業の人のみ可能のサービスである。


結局、渡辺淳一の小説に出てくるような、小金を持っている自由業の中年とその愛人(52歳と36歳とか)という熟年不倫カップルなんかが利用しやすいのではないかと思う。年齢証明になるものさえあれば購入できるらしいし。
「フルムーン夫婦グリーンパス」なんてのはやめて、「失楽園グリーンパス」にしてはどうか。片道しかいらないので、かえって儲からないかもしれないけど。