単位が欲しかったら100万円持ってこい

一昨日、大学から学生のレポートがどさっと送られてきた。ひゃっっほぉう!! 
別に喜んでいるのではありません。文章力に著しい差(下の方が多い)のある原稿用紙6〜8枚 × 151人の映画その他についての分析を読み、怪しいのはネットの他人のレビューから勝手に剽窃してないか調べつつ(過去に2件発見)、優良可不可をつけていく孤独な持久戦を前に、気合いを入れているのです。
とりあえずコーヒーでも飲もう。


大学の授業を持ち始めて間もない頃、4年生対象の「現代美術演習」を担当していた。4年生は、就職活動の追い込みで忙しい学生が多い。その授業でも半期3回くらいしか出席してないのに、最後の日になって、
「面接の日とよくかち合ってしまって、出席できなかったんです。でもこれを落とすと単位不足で卒業できないんです。もう内定も決まっているし、この単位取れなかったら僕ほんとに困るんです。どんな課題でもやるから先生何とかして」
と泣きついてくる学生がいた。泣きつくというより泣き落としだ。


そんなものは聞かなくていいとは思った。
東京の某有名美大で先生をしていたある美術作家は、ゼミの単位認定基準が非常に厳しくバンバン落とすということで教授会で問題になった時、「では出来の悪い学生を、ウチの大学出身者だと言って世の中に送り出していいのか? それでは○○美の名を落とすことになるが、それでもいいのか?」と反論し、教授陣を黙らせたという話を聞いたことがあった。
私もそのくらい毅然としたいものだが・・・・、学生に直接泣きつかれると弱い。


結局その時は、15分くらいグチグチと説教した後、レポート5枚と作品提出一個を課して「可」をつけた。
今ではチェックが厳しくなり、受講期間の三分の二を過ぎたところで出席数が満たない学生は自動的に失格となるシステムだが、その当時はまだユルくて講師の裁量でどうにでもなった。それでその学生も、頼めば何とかなると踏んでいたのだろう。実際その通りになったわけだが。


授業の最初にしっかり釘を刺しておけば、こんな妥協もしないで済んだのに。授業内容にばかり気を回して脇が甘かったなぁ、失敗した。と、家でぶつくさ垂れていたら、夫が言った。
「そういう奴にはな、『単位が欲しかったら100万円持ってこい』と言うんだ」
なんだと?! 単位を金で買えと学生に言うのか? びっくりして夫の顔をまじまじと見ると、こういう話であった。


「『そんな金ないです』と言われたらな、『友達知り合いに借金してでも掻き集めて来い。一週間後に100万、耳を揃えてここに持って来い。そしたら単位やる。持ってこなけりゃおまえは留年だ。内定もパーだ。どっちが得かよく考えろ』と言うんだ。
どうせ授業なんかきちんと受ける気なくてな、『この先生は泣きついたら単位くれそうだ』とハナから甘く見てたんだよ。おまえは真剣に授業やっとったかもしれんが、そいつに足下見られたんだよ。だったらおまえもそいつの足下を見ろ。
授業もろくに出とらんかったような奴に、今更レポートや作品提出さしても意味ないわ。出させないかんのは、これまで一度も見せんかったそいつの必死度だ。なら、そいつがなりふり構わず必死になるような、ギリギリの要求をしろ。それが100万円だ。
それで単位もらえて卒業できると思ったら、必死にならんか? 落としたら就職もフイ、親にも彼女にも顔向けできん、もしかしてこの単位一個で自分の一生の歯車が狂ってくるかもしれんと思ったら、血眼になって金掻き集めて来るはずだろ?
で、一週間後に『頑張ったけど、どうしても87万円しか集められませんでした』と言って持ってきたとするな。そしたら、俺は単位やるよ。そいつなりの必死度を見せたということで。金は貰うよ、俺は悪徳講師だから。それで『僕はこうやって単位をもらった』とそいつは言いふらすか? 誰にも言わんだろ、金で単位を買ったなんてことは。
本当だったら、そのまま落として卒業できなかったとこだぞ。87万で予定通り卒業も就職もできて、人生設計狂わずに済んだと思えるなら、安いもんじゃないか。感謝されてもいいくらいだ。
そんでも『あの講師は学生に賄賂を要求する』という噂が立ってだな、おまえが教務部長に呼ばれたとするわ。そしたら『これが私の授業方針です』と言えばいい。『こういう形でケジメをつけさせるのが私のやり方です』と。それでまだ『しかし悪い噂が立つと困るので』とか言われたら辞めたれや。別に100万円が欲しいんじゃないんだ。おまえはおまえの筋を通さなあかんてこった」


うへぇ‥‥‥あんたヤクザか。
面白いけど、私のキャラでそこまで剛胆なことは。
てかそれアカハラにならんかな。
「いやそのくらいのことバシッと言ったらなあかんぞ、今日日の大学生には。特におまえなんか見かけでナメられるんだから」
ふうん。
それで次の年の授業の初めに話してみた。ま、キツいジョーク半分のツカミのつもりで。このネタで笑いの一つも取れればいいくらいのつもりで。


ところがみんな、思い切り固まっていました。
水を打ったような教室。凍てつく空気。「〜というのは冗談ですが」と言うタイミングも失って、妙に緊張した雰囲気のまま初日の授業をやり終えた。
彼らが私の話を真に受けたとは思えない。しかし、「学生さんはお客様」の待遇が隠蔽しているところの厳然たる権力関係がここにあることは、読み取っただろう。とすればあれも、正しい反応と言わねばならない。
ちなみにその年、泣きつく学生はいなかった。