13歳の女子世界

中学生の女子に、絵を教えている。絵というか、簡単なデッサンの手ほどきといったところ。高校で美術科に進学するかもしれないので時々見てもらいたいということで、親御さんから相談されて引き受けた。私も高校から美術科出身だ。
女の子の名前を仮にアキちゃんとしておく。アキちゃんは今度中二になる。


昔、個人的に子どもを集めて造形教室をやっていたことがあった。名古屋在住の友人やその知り合い関係の、3歳から小一くらいまでの子ども達6、7人。私の自宅はやや遠方だったので、名古屋市内の実家の一室を借りていた。そこに、当時まだ幼稚園児だったアキちゃんも来ていた。
作業中は子ども達から目が離せないので、小さい子どものトイレにつきそってやる役はうちの母。アキちゃんはその時一人っ子だったせいかちょっと甘えん坊で、用を足す間も、母に傍にいてもらいたがったらしい。便座に腰掛けながら、トイレのタイルとトイレットペーパーを指差して、「これがミズイロだから、こっちもミズイロなんだね。おそろいだね」なんて言う、繊細な子だったわね(と、母は感心して言っていた)。


それがいつのまにか中学生である。
中一くらいになると女子の中には激変(妙にギャルっぽくなったり格好が大人びたり)する子がちらほら出てくるが、久しぶりに会ったアキちゃんは幼稚園の時の面影そのままの、少しはにかみやでボーイッシュな感じの少女になっていた。服装もカーキやグレーのパーカーにジーンズといった感じ。学校の教室でワーキャー騒いでいる子を横目に、黙々とマンガを描いたり読んだりしているようなタイプ。なんか非常に近親感を覚える。
最初に、幼稚園時代から今までの絵を見せてもらった。よくあることだが、小学校の低学年くらいまでの絵は構図も色遣いも大胆で、上になるに従って真面目で当たり前の感じになっている。観察力がついて、対象と描いたものの違いを見比べるようになるからだ。
アキちゃん曰く「昔は何にも気にせず自由に描いていたのに、なんか今はできなくなった。上手く描こうとしているからかもしれない。でも狂っていると気になる。こことか形おかしいですよね」。こっちが言わなくても自己分析ができている。


アキちゃんはアーティスト志望というより、イラストを描くのが好きでそっち方面に進みたいようだ。マンガはジャンプを中心にかなり読んでいるらしい。どういう絵ヅラが好きか聞いたら「うーん、それはいろいろなタイプがあるから、一言では言えないんすよ」。そうすか。
デッサンの時間は毎回一時間半くらい。見て観察して描くのと、見ないで構成して描くのを交互にやっている。勉強は苦手だというが、こちらの呑み込みは早い。専門学校で遅い子だと3時間くらいかけて習得しているところを、1時間くらいでできてしまうので、生来勘がいいのかもしれない。


デッサンの間に雑談もする。
「私、オタクですから」。おお、やはりそうなん。
「友達は腐女子ですけど」。ち、中一でもう?
「じゃアキちゃんもBLとか読むの?」
私が反応をしたのを見てアキちゃんは真面目な顔で言った。
「絵が好きじゃないからあんま興味ないけど、腐女子っていうと変な目で見る人いるじゃないですか。そういうのは良くないって思う。けど、他の人がいるところでBLの話ばっかで盛り上がるのもどうかと思う」
冷静である。腐女子の友達は「なんかすごい世界にハマっちゃって」いて、その子に誘われて日曜日は時々イベントに行くらしい。そこでお目当てのマンガのグッズを買うのが、目下の楽しみだそうだ。こないだ大学生の腐女子の人にいろいろディープな話を聞いていたので思わずしそうになったが、相手は13歳だということを思い出して思いとどまった。
「同人誌って、著作権侵害で訴えられたりしないんですか」と訊かれた。それは出版社がしようと思えばできてしまうんだろうけど、数が多過ぎるから概ね黙認というところでないかな。児童ポルノ法の話までしようかと思ったが、相手は13歳だということを(以下略)。


中一で将来の話などするのかどうか訊いてみた。
「男子はスポーツ関係が多いかな。サッカーとか。小学校の卒業文集見た時びっくりしたんだけど、女子で声優になりたいって書いてた子が結構いた」
「声優ってアニメの?」
「そう。そんで学校でもアニメのキャラになりきって、アニメのセリフで普通に会話してたりする」
「へぇー(笑)」
「まぁ見てるぶんには面白いですけど」
「10代前半で声優志望って、一昔前はなかったね。私の頃(昔過ぎる)はお花屋さんとかデザイナーとか幼稚園の先生とか保母さんとか言ってたよ、女の子は」
「保育士は時々あります」 そうだ、今は保育士って言うんだった。
「二次元の文化がこんだけ大きくなったから、そっちに行く子は多いと思う。でも誰でもなれるってもんじゃないですし」
アキちゃんはクールである。


終わってお母さんが迎えに来た。
「今度の日曜は、アキは何か友達とイベントがあるそうなんでお休みします」
「ああ、オタクの‥‥」
お母さんは、先生に何話してるの、という顔で娘を見た。
アキちゃんは私の顔を見てニッと笑った。