「でき婚」という日本的システム

先日友人宅のパーティで会ったドレスメーカーの人と話していたら、こんなことを言っていた。
「近頃、ウェディングドレスの貸衣装屋さんが大変なんですよ。でき婚が増えてるでしょ。サイズが合わないから直さないとならないんです、ウエストとか」
ほお‥‥。もちろん流行りのチュニック風など、妊婦の着られるドレスもあるにはある。だがそれだと、いかにもでき婚ですと言っているように見えて気になる。まだそれほどお腹の目立たないうちに、ウエストが絞られたお姫様ドレスをどうしても着たいという人は多いらしい。でもサイズはやっぱり合わないんですよね。


晩婚・少子化の蔭で増える、できちゃった結婚。そう言えば夫の親戚にも一人いる。
実は結婚したことは知らされてなくて、たまたまその親の家を訪ねた時に、突然生まれたばかりの赤ちゃん(お孫さん)の写真を見せられた。その場に親戚以外の人もいたので「いつ結婚したの?」とは親戚としては聞きづらく、「あら、元気そうな赤ちゃんですねー」と社交辞令を言っといて、後で訊いたら半年前に結婚していた。
結婚式はごく内々に済ませたらしい。親にとって結婚前の娘の妊娠は、世間様に顔向けできないことなのだ。でもカワイイ孫が生まれるとやっぱり人に自慢してみたくはなるわけで。
気持ちはなんとなくわかるのだが、いきなり赤ちゃんの写真を見せられても面食らう。夫は「知らせてくれなきゃいかんよなぁ、順番に。結婚祝いと出産祝いまとめてあげないかんかな」とブツクサ言っていた。「今時でき婚なんて珍しくもないのに、やっぱり田舎だからかなぁ」。


以下Wikipediaの「できちゃった結婚」から。

厚生労働省の資料[2]によれば、日本において嫡出第1子出生数のうち妊娠期間よりも結婚期間の方が短い(つまり結婚前に妊娠している)割合は、1980年(昭和55年)に12.6%だったものが2000年(平成12年)には26.3%と、20年間で倍増している(出産の割合であり、結婚の総件数に占める割合ではないことに注意)。また、若い年代ほどこの割合は大きくなる傾向にあり、20〜24歳では58.3%、15〜19歳では81.7%にも及ぶ(いずれも2000年)。


婚前妊娠増加の原因として、国民生活白書では


1. 婚前交渉を許容する社会的意識が一般化したこと
2. その上で、法的な婚姻関係を重視する伝統的な意識が依然存在し、妊娠後の結婚増加に繋がっている


と分析している[3]。


また、結婚情報誌『ゼクシィ』の編集部は、マスメディアを通じて芸能人の婚前妊娠が多数報道されている現状も影響していると論評している[4]。


社会学者の山田昌弘や、評論家の三浦展などは、結婚相手の収入に対する(特に女性側の)要求水準が高まり、少子化が進む一方、収入の不安定な者同士のできちゃった結婚が増えることで、社会階層(ないし階級)の固定化及び世襲化が進むと論じる意見もある。


[2]結婚期間が妊娠期間より短い出生の傾向
[3]平成17年版国民生活白書 法律婚を重視する伝統的な意識が「できちゃった婚」に反映されている
[4]できちゃった婚をちょっとまじめに考えてみる 結婚が先か、妊娠が先か - 【結婚式】all about


上の[3]では「法律婚を重視する伝統的な意識」が背景にあると言われているが、それだけではないと思う。親(や本人)の「世間体が悪い」という感覚だけで結婚に踏み切るとは思えない。女性が一人で育児をしながら働いて生活していけるような環境が整っていないから、結婚せざるを得ないというケースも結構あるのではないかと思う。
10代や20代前半のでき婚の若い夫婦は相対的に収入が少ないので、経済面の苦境が不仲の原因となり、離婚率も高いという。
離婚すると母親が親権を得る場合が多いが、経済力がない。離婚した相手も経済力がない。親の援助が期待できない人は生活保護に頼るしかなくなる。当然教育費にお金はかけられないので、子どもは低学歴で往々にして低収入者となり、楽しいことったら恋愛くらいしかないから、似た者同士でくっついてまたでき婚。親が離婚しなくてもやはり高い教育を子どもに受けさせる経済力も意識も低かったりして、子どもは親と同じような道を辿る。
ヤンキーの子どもはヤンキー。そういうサイクルを「社会階層(ないし階級)の固定化及び世襲化」と言うのだろう。


結婚→妊娠→出産という「順番」は絶対のものではなくなったが、妊娠→出産→結婚、あるいは妊娠→出産(そこで終わり)は極めて少ない日本。以下はWikipedeiaの「非嫡出子」(法的夫婦ではないカップルから生まれた子ども。婚外子のこと)から。

2003年度の各国の非嫡出子の割合は、アイスランド 63.6%、スウェーデン 56%、ノルウェー 50%、デンマーク 44%、イギリス 43%、アメリカ 33%、オランダ 31%、イタリア 10% となっている。これ等は各国で2006年現在も上昇傾向にある。中でも、婚外子過半数を占めるスウェーデンでは「親の様々な生き方を認める」観点から、婚外子の法的・社会的差別が完全に撤廃されている。


一方で、日本の非嫡出子は 1.93% と他国より低いものとなっている。婚姻外の性交渉が欧米各国より少ないからではなく、妊娠中絶に対して日本が諸外国より比較的寛容である結果とも考えられる[要出典]。


そうかなあ。日本で非嫡出子の割合が低いのは、妊娠→出産→結婚がマイナーな選択なのと、非嫡出子の法的権利が確立されていないのと、昔ながらのいわゆる「私生児」差別があるからじゃないかな。でき婚という、非嫡出子を作らない日本的システムもある。
確かに日本にはヨーロッパのようなキリスト教規範はないし、「中絶王国」などと揶揄されているが、アメリカと東欧を除くヨーロッパでも、人工中絶に対する規制は弱まっている(参照:ディプロ2008-2 - Menaces sur le droit a l'avo‥‥
また一方で、ピルによる避妊(あるいはコンドームとの併用)も一般化している。日本ではピルの普及率は低くコンドームが主だ。コンドームで避妊に失敗する確率は3%(参照:避妊総論)。
独身でうっかり妊娠したら、中絶するかでき婚するかの選択を迫られ、それ以外の選択肢はほとんどないのが、日本の若い女の現状ということだ。もっとも20代後半以降のでき婚になると、恋人との間で「子どもができたら籍を入れよう」と約束しているカップルが多いという。まあ中には、なかなか結婚を決断しない相手に焦れて、戦略的でき婚に持ち込もうとする人もいるかもしれないが。


『女女格差』(橘木俊詔東洋経済新報社、2008)では、ヨーロッパに非嫡子が増えてきた理由として以下の三つを上げている。まとめると、
1. そもそも法的な結婚という制度に価値を求めない男女の数が増加した(同棲を続け子どもが生まれたら結婚というパターンも多い)。
2. 法的に夫婦になるというよりも、子どもだけが欲しいと願う人の数が増加してきた(女性に多い)。
3. 法的な夫婦と、そうでない男女の間に生まれてくる子どもの間に、権利やその他の面でほとんど差のない制度となっている。
筆者は、ヨーロッパ追随型の日本でもやがてこうした傾向が出てくる可能性があるとしながらも、「日本では伝統的な家族観を支持する意見が強いだけに、このことはまだ容易に達成できるものではない」と書いている。 伝統的な家族観の支持は、ロイヤルファミリーの支持とどこかで繋がっているんじゃないかと思う。
あと、出産前にどうしてもウェディングドレスを着たいとか、出産後の結婚は世間体が悪いという人が少なくならないと無理だ。とりあえず『ゼクシィ』あたりが垂れ流している結婚式やハネムーンのイメージが問題。


平成17年の第13回出生動向基本調査によれば、「いずれ結婚するつもりでいる」18歳から34歳の男女は、男性で87%、女性で90%。「一生結婚するつもりはない」人が若干増えてはいる(男性7.1%、女性5.6%)が、総じて結婚願望は高いと言える。結婚の利点として最近増えているのは、「家族や子どもをもてる」こと。
『幸福論』(小倉千加子中村うさぎ岩波書店、2006)で小倉千加子が言っていたように、夫はともかく子どもは欲しいという女性は、潜在的に多そうな気がする。大学生に聞いてみても、結婚するのは子どもを生みたいからと答える女子学生が少なくないし、たまに男子学生でも結婚願望はないが子どもは欲しいという人がいる。既婚者女性でも、経済力その他の理由で、子どものために離婚を思いとどまっているケースはかなりあるだろう。そういう人が子育てを終えて熟年離婚に踏み切るのだ。
”データとしての”高い結婚願望の裏にあるのは、「子どもは欲しい、だが結婚制度の中でないと育てにくい」という認識ではないだろうか。もし結婚と妊娠出産育児を切り離して考えられる環境ができた時、結婚したい男女はどの程度減るのか(あるいは減らないのか)ちょっと興味がある。


●関連記事
男子にはなれない 第八回 純潔の掟



●付記
他人ごとのように書いたが、私は結婚したのに子どもを作らなかった。20代に勢いで結婚してから、子どもをもつということにまったく興味がないことに気づいた。夫は最初欲しがっていたが、やがて諦めた。今では「おまえみたいなのがもう一人いたらかなわんから、作らなくてよかった」と言っている。ずっと欲しかったと言われるよりはいい。
もしあの時結婚しなかったら、私たちは早晩別れていたかもしれない。結婚が二人の関係に枷として働いていたことは確かだ。21年それに嵌ってみて発見したことは二つ。「他人ってどうしようもなくめんどくさい。一人は気楽」「私のような人間に長年耐えられる人もいる。有り難い」。