卒業後の二人

去年の春頃、大昔に美術系予備校で教えた元学生さんの二人から、相次いで連絡があった。たまたま私の本(『アーティスト症候群』(2008、明治書院))を読んでくれて、ここを見つけてメールをくれたのだった。
A君は20年前の、もう一人のB君は25年前の私が予備校講師になって間もない頃の学生である。二人とも芸大及び美大の彫刻科を卒業し、今は東京在住。そのうち是非会いましょうということになり、二ヶ月半ほど前に一人とは東京で、一人とは名古屋で会った。
ちなみに20年前、私は29歳、A君18歳。今、私49歳、A君38歳。
25年前、私は24歳、B君18歳。今、B君は43歳。
彼らが一浪の後に大学に入学していって以降、一度も顔を見ていない。消息も知らなかった。


20(数)年ぶりに再会し食事をしお酒を飲んで、それぞれとても楽しい時間を過ごさせてもらった。こんなことを言っては失礼に当たるが、「オトナになったのだなぁ」と思わざるを得なかった。いや、なかなか感慨深いものがありました。
また、二人はまったく違う道を歩んでいた。以下、私の感想を交えて簡単に紹介したい。


A君は大学卒業後、しばらく地元の会社(たぶんデザイン関係)などで働いていたが、東京で仕事をしている友人に誘われて上京し、何年か前に仲間と音楽制作会社を立ち上げ、今はそこでアートディレクターをしている。商業ベースの創作活動が肌に合っているようだ。
興味深い仕事の話をたくさん聞かせてもらった。今の仕事は彼の天職のように見えた。叩き上げでやってきた人の落ち着きがある。貫禄すら感じられる。制作者の立場も知っていることや、アートの知識や素養は、結構仕事に役立っているらしい。話を聞いていて、もともと頭の回転が早く勝負強く行動力のあるA君は、きっと何をやってもそれなりに成功したのではないかなと思った。


B君は、卒業後もずっと制作活動を続けていた。時々個展もしているが、作品は売らないそうだ。ファイルを見せてもらった。おお(笑)、これはスゴい。一つ床の間に置いて、うちに来た人の反応を窺いたいような。生業の方は、大学で身につけた技術を使ってやや特殊な修復の仕事をしている。
B君は実にマイペースで生きていた。客観的に見ればいろいろ苦労もあっただろうに、全然それを感じさせない。それにやけに若々しい。イラストのお仕事をされている奥様もご一緒だったのだが、少し遠目に見るとまるで大学生のカップルみたいであった。話はアートから音楽からフェミニズムまであちこちに飛び、意外な共通点が幾つかあったことに驚いた。


彼らが連絡をくれて「話したいことが沢山ある」「是非会いましょう」と言ってくれたのは、今、充実した生活を送っていることが理由の一つにあるのではないかと思う。だから過去を肯定できるのだろうし、今を生きる姿勢もとても逞しく感じられる。話しているだけで、こっちが励まされた。まあ30代も後半以降になれば、もう歳の差関係ないですからね。
やはりかなり前の学生で毎年年賀状をくれる人が一人いるが、地元に帰って仕事をしながら制作活動をし、最近結婚したようだ。その他、作家として評価されアカポスを得た人もいるし、40過ぎて非常勤で頑張っている人もいるし、在学中に別にやりたいことが出てきて退学した人もいるし、たまたまネットで見つけたが今は音楽方面で活躍している人もいる。
当たり前のことだが、それぞれが自分の人生を切り開いている。
でも、かつて私が予備校で関わった200人近くの彫刻科(や一部洋画)の生徒の全員が、納得のいく状態に行き着いているわけではないだろうと思う*1。これはどんな分野でも同じだけれども。
彼らが今、自分のいる場所でなんとか頑張っていてほしいと願わずにはいられない。

*1:最後に教えた生徒が今だいたい30歳くらいだ。