制作だけで食べていける人、いけない人

才能のない子にどうやって美術への進路を思いとどまらせるか


芸大を出て、作家活動をしながら十数年美術系の予備校講師、その後美術系大学非常勤講師(六年前に美術作家は廃業した)をしてきた立場から見ると、いろいろ思うところはあるが、基本的にはどんなに反対してもやる人はやるし、それで食えなくてもやり続ける人はいる。というか、大概は制作だけでは生活していけないので、先生稼業をしながら続けるケースがやはり多い。
私の同級生(東京芸大彫刻科1982年学部卒業)で言うと、21人のうち、母校の先生になった人が一人いる(それ以外の大学でもいるかもしれないが知らない)が、作家活動が注目されて名前を美術手帖などでよく見るような人は今は一人もいない。たぶんひっそりと続けている人はいると思うが、一つ上の学年でも同じようなものだ。
ちなみに日比野克彦はデザイン科の同学年(今、芸大の教授)、村上隆は三年下の日本画科。奈良美智は同年だが東京造形大彫刻科を中退して愛知芸大洋画科に入り、卒業後数年予備校講師をしてデュッセルドルフのクンストアカデミーに行き、向こうの有名ギャラリーに見出されてようやく日本に"凱旋"した。


美術予備校に来る学生は玉石混合だが、「やめろ」ということはまず言わない。一年間真面目に頑張れば大抵、三流私大のどこかに入れるくらいにはなるので、商売柄、才能云々などということは言わずに入れるところに押し込むのである。押し込んだ後は本人次第ということになる。もちろん大学でも「才能ないんだからやめちまえ」などということは言わない。学生はお客さんである。
しかし学生の方もよくわかっていて、学部の四年間で見切りをつけてさっさと就職を決めていく学生もいる。大学出てバイトしながら数年アーティスト紛いのことをやって、やがてやめていく学生はもっと多い。そこで思いとどまらない人でも30過ぎでやめていく。私のように40半ばでやっとやめて別の道に行くような者は、たぶん滅多にいない。とは言え自分も、文筆の方だけで自立できるとはとても思えないので、学歴とキャリアをウリにして細々と食べている状態。
では、日本国内で美術制作活動だけで食べていける人とはどういう人で、食べられないが続けている人はどういう人なのか。私が30年ほど見てきた感じだけで言うと、だいたい以下のようになる(もちろんここに入らないケースもあることをお断りします)。


1. 制作だけで食べていける人
1) 国内外の複数の有名ギャラリーが取扱い、国際展に何度か招待され、美術館で個展が開催され、オークションでも人気があり、業界内外に名前が知れ渡っている(主に現代アート)。たぶん美術を志す人の一万人に一人くらい。
2) 制作と生業が幸運にも一致している。必ずしも知名度があるとは限らない(イラストレーターなど)。
3) 団体展の会員で、国内の画商が取扱い、国内の富裕層や政治家に顧客が多い。知名度はまちまち(洋画、日本画など)。


2. 制作だけでは食べていけない人
1) 国内外の企画展*1の出品歴をもち、有名ギャラリーで個展を開き、国内の業界では大抵の人に名前を知られている。大学の先生になることが多いが、他に職業をもっている場合もある。日本全体だと80人前後くらいだろうか。
2) 主に国内の企画展の出品歴をもち、そこそこのギャラリーで個展を開き、業界の一部あるいはローカルでは名前を知られている。大学の先生、及び講師業が多い。東京以外の大都市だとそれぞれ20人くらいはいると思われる。
3) 団体展などに出品しつつ、たまに個展を開き、ごく一部で名前を知られている。学校の教員他、講師業が多い。たぶん全体の中で一番人数が多いと思われる。
4) レンタルギャラリーや市民ギャラリーなどを借りて個展やグループ展を開き、ほぼ無名。職業はさまざま。


1−1) の人を他から突出させるのは、実力もさることながら運とタイミングによるところが大きい。まあそれも実力のうちということになるのだろう。2−1) の人は、日本の場合、アカポスを得て以降にアーティストとしては「上がり」な感じに落ち着いてしまう人が多い。また2−1) と2−2) の差は、運と人脈である。2−2) の人を見ていると、欲があってももう一つ押し出しが弱い気がする(私は2−2) でした)。
2−3) の人は、生業をしっかり確保して案外しぶとく地道に続けている人が多い。2−4) の人でずっとやっている人の中に、ごくたまに凄い人がいる。でも本当に欲がなかったりする。


全部のケースを実際に見てきたが、それぞれやりたくてやっているのであるから、あまり他人が心配してあれこれ言う必要もないだろう。
才能があろうがなかろうが、「アーティストとして活動している」という自意識が何よりも重要となってしまうこともよくある。だが、それがその人の唯一のアイデンティティであり受け皿であって、それを取ったら何もなくなってしまうのなら、放っておいてあげる方がいいのかもしれないとも思う。


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*1:ここでは美術館があるテーマのもとに企画し、作家らに出品を要請した展覧会を指す。