増田記事解読合戦 - 「盗み」と「所有」を巡って

少し前に、かなりのブクマを集めた増田の記事がありました。
娘のことで起こったこと、思ったこと。 - AnonymousDiary


離婚経験のある母親(今、母子家庭の模様)。娘が友達のソフトを盗んで返さない。叱るが同じことを繰り返す。友達の家に謝罪に行く。相手は父親が死別している。相手の母親は寛大に対応してくれるが、その中で「不幸自慢」される。悔しくて涙が出る。娘に盗みは悪いことだと理解させようと説教するが、どうも通じない。どうしたらいいんだろう。‥‥という内容(超要約)。*1


これについたid:Midasさんのブコメをヒントとして、ごく一部で昨日から今日にかけてあった解読合戦が興味深かったので、感想を交えながら経緯を書いてみます。かなり長いです。
【注:Midasさんのブコメと言えば、1. 三つに一つくらいの割合で「違う。」と切って捨てる、2. 情報圧縮率が異様に高い、3. (ラカン派)精神分析の知見を援用しているように見える‥‥ことで有名ですが、今回の話は、増田の記事についたMidasさんのブコメに興味を引かれない人には、全然面白くないどーでもいい話である(従ってそういう類いのコメントは無意味)ということを、あらかじめ断っておきます。】



まず最初に、

増田が120%悪い。「不幸自慢してる」という嫉妬が娘の行動の原因。盗んだ事ない人はいない。娘は母に「所有権は女の資格?」と問うてる。「誰(どんな女)なら男(父親)を所有したまま返さずいれるか」ソフト=父親=対象
http://b.hatena.ne.jp/Midas/20090825#bookmark-15505955

というブコメを手がかりにして、id:AntiSepticさんが増田記事を読み解いたのが以下の記事。


Midasのブコメで思ったこと。 - 消毒しましょ!


目を通すことをお勧めしますが、また超訳すると、
相手の親が「不幸自慢」している、と増田が妙にこだわっている点が変だ。相手は増田をフォローしているだけで、普段「不幸自慢」しているのは実は増田自身ではないか。「不幸」とは夫と離婚したこと。おそらく夫は他の女に「盗まれた」のだろう。盗まれた自分が「不幸」になっているとの増田の「不幸自慢」を聞いてきた娘は、「盗まれる側=負け、盗む側=勝ち」と捉え、後者になろうとしたのである。


事実を検証するのは不可能な以上、こうした推論をする場合のポイントはあくまで、テキストの解読を通じてどこまで面白いことや説得力のあることが言えるかという点です。誤解を怖れずに言えば、人の人生を勝手に推し量った上で、「物語」を構築できるかどうかが肝です。1、2行の感想で済ませたり、上から目線でつまらないとだけ言ってのけるのは、誰でもやってることで簡単です。その意味では、ちょっと荒っぽいですがユニークな見方だと思いました。



次に。
先のAntiSepticさんの解読記事についたブクマコメントの幾つかに対し、AntiSepticさんがツッコミ記事を上げました(コメント欄も参照)。
突っ込まれた人の一人id:hygienicさんが、AntiSeptic解釈とは異なる内容の大風呂敷で妄想を - はいじにっきを上げました。その論拠となっているのが、Midasさんが元増田関連記事につけた以下のブコメ

娘は盗む事で母にメッセージを送ってる(言葉でいえない事を表現する手段)。母の深層心理には「私は男の正当な所有者でなかった(盗んできたに等しい)」という罪悪感がある。同じ境遇の別家庭との関係で顕在化しただけ
http://b.hatena.ne.jp/Midas/20090825#bookmark-15519449


ここからhygienicさんは、増田が他の女に夫を盗まれたのではなく、増田自身が夫の母親から夫を盗んだと考えるべきではないかと推論。
姑は夫の元の「所有者」だったのか? 夫はマザコン? そこは保留したいと思いましたが、いずれにしても「盗み」「所有」の主体と考えるべきは、増田から夫を取った他の女ではなく、増田自身であるということです。AntiSeptic論で仮定された「夫を寝取った女」は退けられ、増田に主体が移動しているところがポイントです。*2



そして翌日。
AntiSepticさんの最初の記事に、Midasさんのブコメがついていました。

所有や盗み等の概念で皆にツッコまれてる↓のは消毒が目を向けるべき相手を勘違いしてるから。夫を亡くしたと離婚は似て非なる。ある意味未亡人は世界1幸せ者。「不幸自慢」は内容が正しい故に間違ってる発言の典型
http://b.hatena.ne.jp/Midas/20090902#bookmark-15714750


次いで、id:chnpkさんの記事「消毒しましょ!」のものまねで増田読解www - よそ行きの妄想が上がりました。*3 以下抜粋。

少し考えれば盗むという行為が他人のものを所有することだということは明らかで、そこまでわかれば盗みに掛け合わすべきは「離婚」ではなく結婚のほうであることもまた明白であるw


結婚こそがまさに、他人を独占的に支配乃至は所有する行為に他ならないからであり、上述したとおり増田が「負い目」を感じている対象もまた、結婚の失敗としての離婚であって盗まれた結果としての離婚ではないからである。


この母親が自身について思っていたのは、不幸ではなく不出来である。不出来故に、また「忍耐力」が「欠如」していたが故に男を所有できずに逃がしてしまった自分を責めているのだ。そして、そんな母親をみて娘が思うことは、他人のものを所有、専有してはじめて女性は一人前なのだということであり、だからこそ友達のソフトを盗んで返すまいとするのである。


なるほど。引用部より前の記事前半部は文意がよくとれなかったのですが、ここに関しては増田記事の記述にもMidasさんのブコメ指摘にも、きれいに対応しているように思います。
娘の心理についてはAntiSepticさんとほぼ同じ見方ですが、そこまでの理路が違います。ポイントは「所有」について、「結婚こそがまさに、他人を独占的に支配乃至は所有する行為」と見る点です。互いに互い(の性的自由)を独占、所有し合うことを契約するものが、結婚であると。これはまあ正しい認識と思います。


というわけで、途中までAntiSeptic解釈に傾いていましたが、hygienic解釈を読んで「ちょっと待った」という感じになり、chnpc解釈でとりあえず納得しました。
アクロバティックな面白さとしては、AntiSeptic解釈は捨て難い。
但し、Midasブコメを前提として考えるという経緯からすると、chnpk解釈の方が論に無理がない。
というのが、私の結論です。



※9/3追記:以下大枠で括ったところについて。今朝読み直して、少し反省しました。かなりどうでもいい文句でした。削除してしまいたいですが、自分への戒めのために残しておきます。後から読む人はここは飛ばして読んでください。

さて、ここまで書いてふとchnpkさんがご自身の記事につけられたメタブコメを見て、私はがっかりしました。
http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/chnpk/20090902/1251852075


あれはただの「題材」だったのですか、消毒の人に対して勝ち誇るための。たしかに「ネタ」タグはついてましたが、文体を除けば内容は概ね普通に読める、AntiSeptic解釈よりスッキリしたものでした。そういう論を書いておいて、「ウケを狙う」ためだったと言うとはなんだか。そもそもあの程度の文体模写で「ウケる」と思ったというのも。
こういう「ちょっと茶化してみたかっただけだよ〜ん」的な態度、自分がやられたらものすごく腹が立つだろうなと思いました。


で、がっかりついでにもう一つがっかりなことが。
AntiSepticさんのコメント欄に、「あなたの見方は面白いが、Midasブコメを前提とするならchnpk論の方が‥‥」ということを書きましたら、「Midas論とずれていることは確かなようですw ですからオリジナルと思ってもらった方が良いかと。」と返されてしまいました。


じゃあですよ、最初にMidasさんのブコメを掲げて、それに沿って分析してきた(はずですよね?)のは、何のためだったのか?ということです。増田記事について好き勝手に解釈するなら、誰でもできます。口の上手い方、声の大きい方が、シロをクロと言いくるめるのも可能です。じゃなくて、最初のMidasブコメと記事を照らし合わせて推論するから、そこに論が論として成り立っているか検証の余地ができて、意味があるんでしょうが。何でもアリだったらただのgdgdじゃないですか‥‥。
これなら、Midasブコメにこだわり過ぎて明後日の方向に行ってしまったhygienicさんの方が、ずっと誠実です。



そういうわけで、Midasブコメという縛りを捨てて「オリジナル」でいくことにしたAntiSepticさんは、新しいエントリで「チンポコの矛盾を証明する」ようですが、なんとなくもうどうでもよくなってきましたので、Midasブコメを参照の上で、自分なりに一応整理してみます。*4


1. 相手の親の優位性
相手の子の親は「不幸自慢」していると増田は感じています。不幸とは自分が悪くないのに襲いかかってくる災難です。この場合は、父親(=夫)が死んだこと。一方、増田も夫を失っていますが死別ではなく離婚です。
死別の原因は、病気が事故か何かそういう不幸(=災難)であって、夫婦の不仲ではない。夫婦は最後まで愛し合っていたかもしれない。だが離婚は不仲(=夫婦愛の喪失)が原因。
つまり相手の親の方は、「他人を独占的に支配乃至は所有する」ことに成功し続けていると言えます。「そのDSソフトは亡くなった父親の形見。大事な物だから返してくれ」と増田に言った言葉も、夫を依然として所有している証拠であり、彼女は「男の正当な所有者」ということになります。夫は死んでいるから、結婚(所有)の失敗はあり得ないのです。
"夫を亡くしたと離婚は似て非なる。ある意味未亡人は世界1幸せ者。"(Midasブコメ


2. 増田の涙の理由
そうした相手の親の言葉、及び子供をダシにした「不幸自慢」は、増田にとっては「うちも夫がいないけど、あなたのところのように愛を失ったわけではない。私はあなたのような失敗者ではない」という自慢及び厭味に聞こえたでしょう。しかしそれは、増田が普段から離婚経験に負い目を感じながら薄々思っていたことでした。だから増田は「父親の形見」とか、そんな不幸自慢はいらねぇ!と苛立ち、悔しくて涙が出たのです。
"母の深層心理には「私は男の正当な所有者でなかった(盗んできたに等しい)」という罪悪感がある。"(Midasブコメ


3. 娘のメッセージ
娘から見ると、友達と自分の家は同じく父親のいない家庭なのにも関わらず、まったく非対称です。母親は「男の正当な所有者」にはなれなかったことに負い目を感じ、友達の親の「不幸自慢」を「嫉妬」しているのに、相手の親はそうではない。娘がそこまではっきり認識しないにしても、彼女は母親の態度から捩じれた嫉妬心を敏感に感知し、友達のお母さんの方が精神的な余裕があって幸せそうに見えたでしょう。
この辛くて理不尽な非対称を覆すには、自分が父親(の象徴=「父親の形見」のソフト)を盗み、その「正当な所有者」であることを示すほかありません。そうでもしなければ、友達(の家)より自分(の家)の方が不幸のままです。盗みは悪いことだったと娘が母親に言えないのは、所有していない女は不幸だと認めることになってしまうからです。
"娘は母に「所有権は女の資格?」と問うてる。「誰(どんな女)なら男(父親)を所有したまま返さずいれるか」"(Midasブコメ


増田こそ「不幸自慢」している、増田は夫を寝取られたという観点、仮説を導入しなくても、娘が母に問うていることを導き出すのは可能でした。
それに後で気づいたということで。
なんかまだ重要な点に触れてない気もするが、ま、これが今の私の限界かな。



●追記
ところで、こちらのブックマークコメント一覧を見たところの印象ですが、id:font-daさんとid:letterdustさんは、この件に関してもっと面白い読みをお持ちのようにお見受けしました。是非伺いたいです。

*1:この娘さんの年齢がわからないのですが、小学校低〜中学年くらいでしょうか。

*2:翌日AntiSepticさんがツッコミ記事を上げていました。確かに細かいツッコミどころはいろいろありました。が、それは措いといての話です。

*3:余計なことかもしれませんが、AntiSepticさんの文体の真似で「してやったり感」を出したいのはなんとなくわかりますが、あえて淡々と書いた方がスマートだったように思います。

*4:Midasさんをあくまで「知っていると想定される主体」に押し上げているかのようですが、今回は最初からそういう設定だった筈なので。