「骨」で骨抜きにする話

ohnosakiko2009-10-14

子供の頃にテレビで観た映画の物語はすっかり忘れているのに、ある場面、ある台詞だけが妙に記憶に残っていることがある。
先日「骨」について書いたので、その「骨」絡みで忘れ難い台詞について。喋ったのは佐久間良子


佐久間良子と言ってももう御年70歳なので若い方はご存知ないだろうが、やくざの情婦、郭の女から貞淑ではかなげな奥様役まで幅広く演じた正統派美人大女優である。右上画像は1964年1月の『主婦の友』の表紙。ふっくらとした色白の顔に、潤んだような心持ちロンパリ気味の瞳、ぽってりした唇。どことなく薄幸そうなやや影のある色気と気品で、テレビの時代劇でも人気だった。東映の看板女優だった50年代から60年代は、膨大な量の映画に出演していた。
私がテレビで観たのはそのうちの一本のたぶん文芸ものだったと思うが、なにせ大昔のことなので、タイトルもあらすじも覚えていない。


人妻の佐久間良子が、夜、人目を憚りながら恋人の学生の家にやってくる場面である。
学生は、日常生活でも学生服の時代。*1 なかなか人妻が来ないので、学生さんは部屋の中でジリジリしている。
そこにやっと、カラカラ‥‥と引き戸を開けてやってきた佐久間良子。玄関に飛び出した学生はものも言わずに(だったか、待たされたことをなじったかは忘れた)、着物姿の人妻を激しく抱きしめる。
そこで彼女が美しい顔をちょっと歪めて息も絶え絶えに言うのは、「苦しい」でも「ごめんなさい」でも「逢いたかったわ」でもなく、「骨が、くだけそう‥‥」。
いやーん奥様そんなえっちなこと仰っちゃあ‥‥と見ているこちらが身を捩りたくなるほど、官能的だった。


ガリガリに痩せた人が言ってもぽっちゃりした人が言っても、その威力は発揮されない台詞である。痩せていてはシャレにならず、太っていてはリアリティがない。
佐久間良子はもちろん太ってはいないが、そこそこ肉感のあるタイプだった。なんとなく、搗きたての弾力性のある餅を連想させた。その「餅」の上に、高そうな訪問着をきっちり着て博多帯を締め、確かショールも羽織っていた。骨はその奥の奥にしまわれて、まったく存在感がない。
そういう人が、男にガッシと抱きしめられて口にする「骨が、、、」。男の腕力が、帯と着物と「餅」を通して骨にまで響いたことを伝えている。相手のS性を目覚めさせる甘美なM言葉。今の邦画やテレビドラマに、こんな陰微でいやらしい台詞は決して出て来まい。


中学に上がるか上がらないかくらいの私の頭に、その台詞は鮮やかに焼き付けられた。あまり子供向きのシーンではないと子供ながらに感じられる場面は、余計に印象に残るものだ。そして当時はもちろん言葉で説明はできないが、彼女の難しい立場と共に、その台詞に現れた抑えきれぬ欲望、無意識の媚び、喜び、何らかの覚悟、せつない感情といったものが、なぜか子供心にもよくわかった。
佐久間良子は当然、その不倫の恋人とは結ばれない展開だったと思う。*2


その後、何かの折に触れて思い出された、「骨が、くだけそう」。いつかここぞという場面で使って相手を骨抜きにしてみたいと密かに思っていたが、あまりに高度且つ言う人も相手も選ぶ台詞ゆえ、一度も使えないまま今に至る。
今後もし言う機会があるとしたら、リウマチか何かがひどくなったとか重い物を持ってギックリ腰になった時だろか。‥‥‥色気のないことよの。

*1:もしかしたら出兵前夜だったかも。いや駆け落ちの約束をしていたんだっけ。じゃなくてその約束は守れないということを、佐久間良子がわざわざ言いに来たんだっけか。

*2:だいぶ後になって、佐久間良子とやはり往年の女優ジェニファー・ジョーンズが自分の中で重なる理由がわかった。人妻のJ.ジョーンズも恋に落ちた青年とすごいラブシーンを演じた後、別れる(『終着駅』)。