曾野綾子とミニスカート

産経新聞に掲載された曾野綾子の「用心するということ」というエッセイが、この数日、ネット上でえらい顰蹙を買っている。産経新聞に謝罪を求める抗議運動まで起こっているようだ。批判記事には多くの反応が集まっている(その一つ、強姦するのが男の性なら去勢するのが自己責任でしょ - フランチェス子の日記にエッセイ全文が掲載されているので、未読の方はどうぞ)。
去年の2月、沖縄駐留米軍海兵隊員による女子中学生暴行事件の際、産経新聞客員論説委員花岡信昭が被害者について「基本的な「しつけ」が徹底していなかった」とネットで発言し、散々叩かれたことがあった。「またかよ」感が拭えない人も多いと思う。


曾野綾子と言えば、最近では作家としての話題や評価より、石原慎太郎中曽根康弘と仲良しで、靖国に参拝し日の丸・君が代を賞賛し、かつて日本船舶振興会の会長を務めたり日本郵政取締役に就任していたりする、ガチガチのタカ派として有名である。そこにクリスチャン(と一口に言ってもいろいろな人がいるだろうが)としての禁欲的な規範意識が重なって、性についても保守的な態度となっているように傍目からは見える。


既にあちこちで指摘されていることだが、性犯罪においては、露出度の高い挑戦的なファッションの女性より、地味で大人しそうな外見の方が抵抗できないだろうと看做されて狙われやすい。また、夜道を歩いていて見知らぬ人に襲われたというようなケースとは別に、相手が顔見知りだったりするケースも目立ち、しかも告訴しにくい(しても犯罪と看做されないことがある)ために、犯罪白書などの統計には実数が反映されていないという。
今の世の中に、強姦の正当な理由は存在しない。男が女より圧倒的に「レイプできる性」であることは事実だが、「できること=しても仕方ないこと」ではない。だからかりに露出度の高いファッションで深夜に1人で歩いていたとしても、その人が襲われて仕方ない理由にはならない。


だが突っ込みどころ満載に思えるああした文章に、「うむ‥‥確かにそうだよな」となんとなく納得してしまう人は、世間には一定数いるのではないかと思った。
「男は狼よ。油断しないようにね」。昔から、多くの娘は母親からそういうメッセージを受け取っている。「そのスカート丈、短過ぎやしないか?」。年頃の娘をもつ父親でそう危惧したことのある人もいるだろう。
そのような、普通の人のごく素朴な不安心理に寄り添い、悪気なく"世間の道理"を説いているつもりで何気なくヤバいことを口走り、そのマイナス効果に自分でも気づいていない。曾野綾子はそういう迂闊な人の1人に思える。


曾野綾子のプロフィールをWikipediaで見てみると、昭和6年(1931年)生まれ、幼稚園から聖心女学院のお嬢様であり、13歳の時に終戦を迎えている。
戦後の混乱期、貧しく職にも就けず米軍兵士に体を売った女性はたくさんいた。彼女達は商売柄、人目を引く派手で蓮っ葉なスタイルで夜の盛り場に立った(『肉体の門』や『赤線地帯』、『浮き雲』などの映画を見ると、当時の風俗がよくわかる)。
1人で夜道など歩く必要のなかった良家の子女の中には、貧困から体を売るような女性の存在に心を痛め、自分の恵まれた立場が何に依っているのかを考えた人もいたかもしれない。だが曾野綾子の中には、「夜出歩く女は売春婦」「売春婦と思われたらレイプされやすい」という観念が強く残ったようだ。沖縄米軍の女子中学生暴行事件について、「午前1時過ぎに基地の近くを1人で出歩く女性は、性的商売をしていると思われても仕方がない。」の記述から、そんな印象を受けた。


エッセイにはまた、「太ももの線丸出しの服を着て性犯罪に遭ったと言うのは、女性の側にも責任があると言うべきだろう。なぜならその服装は結果を期待しているからだ。」とある。「男を誘惑して押し倒されることを最初から期待してるのよ!」と言わんばかりである。
もっとも、ミニスカートを穿くことは、単に個人の趣味の問題であって性的要素とまったく切り離して考えられる、と言う人はいないだろう。「私が好きだから、カッコいい/可愛いから」「同性に褒められたいから」身につけるのと同時に、「異性にもアピールしたい」「異性にもカッコいい/可愛いと思われたい」という心理が必ずどこかにあるはずだ。*1


ミニの裾からすらりと伸びた脚を出して、性的魅力をアピールしたい、異性の目を惹き付けたいというのは、ごく普通の欲望である。惹き付けたいけれども、おじさんやブサメンの嫌らしい視線に晒されるのは厭、イケメンが褒めてくれるとか優しくしてくれるくらいが気持ちいい‥‥というのも、ごく普通の心理。「その服装は結果を期待している」の結果とは、実際はその程度のものだと思う。
だいたい、自分の性的魅力がどのくらいの価値があるかを充分自覚している女の子というのは、魅力的なボディを目の前にして欲望が表に出てしまうのを懸命に堪えている男の子を眺めるのが好きだ。それが可愛い女の子の残酷さというものであり、男子はそれに耐えねばならない。


そこで女の子に対して「あんたもいい気になりなさんな」と水を差すのが、世間知を武器にする大人の言い分である。「そうは言っても世間ではね」「男というものはね」と。
曾野綾子の言葉は、そういう人々の感情、俗情に訴えかける。だから「電波」と言って済ますことのできない手強さがあると私は思う。


彼女の思春期の始まる昭和15、6年あたり(1940年体制)から、昭和40年あたりまでは、性規範が非常に強かった時代である。特に戦時中はおしゃれは御法度、大正期に一部インテリの間で流行した自由恋愛も影を潜め、性愛は夫婦間でのみ許容され、女性はいかに貞操を守るかが重要視された。
昭和20年代からは、「敗戦による性道徳の荒廃の立て直しと、男女共学に代表される新時代の男女関係の指針づくり」という名目で、文部省が「純潔教育」の法整備を始める。学生の身分ではなく、お互いに責任をもてるようになってから、一対一のおつきあいをしなさい、将来を約束できる相手が現れるまで、処女、童貞でいなさいと啓蒙するパンフが、全国の中学、高校に配布された。*2
「親の庇護の下、学校の責任下にある間は、両者とも外出時間やスカートの長さに口を出し、常識を教えて当然だ。それが嫌なら、経済的に自立した上で、どんな結果も覚悟の上でしなさい、と私なら言いそうである。」というエッセイの締めくくりは、まさに思春期に純潔教育を叩き込まれた女性の言い分である。


そういう人の中には、ボディラインを強調したり露出の多い服を着た若い女性が1人でいるところを見れば、すぐさま以下のような連鎖が心の中で起こる人が一定数いるのだろうと思う。()内は件のエッセイより引用。
・男の目を引くじゃないの!ったく今時の女の子は警戒心もなくてお気楽なもんねえ。(最近の日本人は用心することをしない)
  ↓
・私たちの若い頃はそんな勝手なことは許されなかった。そんな格好しようもんなら後ろ指指された。(性的商売をしていると思われても仕方ない)
  ↓
・だからあれは男を誘ってる格好よ、薄々わかってやってるのよ。(その服装は結果を期待しているからだ)
  ↓
・襲われても仕方ないわ。(経済的に自立した上で、どんな結果も覚悟の上でしなさい)
曾野綾子の性道徳のあり方や差別意識の源を「保守だから」「右寄りだから」とする人は多いと思うが、どんな時代をどういう人として生きたかを考えると、話は単にそうした政治的ポジションだけに帰結するものではない気がしている。*3



●関連
闇から闇に葬らないこと - 性犯罪の特徴と問題 -Ohnoblog2

*1:これ、結構反対する女性がいるのだが、是非とも拙書『「女」が邪魔をする』を読んで頂きたい。

*2:純潔教育については、『純愛の精神誌ー昭和30年代の青春を読む』藤井淑禎著/新潮選書)に詳しい。異性と二人きりで一室にいる時は窓やドアを開けておけとか、異性とは隣同士ではなく机を挟んで対面しろとか、その際女子は脚を崩してはいかんとか、異性への手紙は封書ではなくハガキにしろ(親がチェックできる)とか、笑っちゃうような細則の書かれたパンフもあった。「純潔」は、未婚女性の社会的な性管理に利用される言葉だった。

*3:追記:世代で括るのはどうか、やはり政治的な位相は深く関係しているのではないかという意見もあると思う。もちろん関係してないとは思わない。ただ個人的な体験を書くと、高校の時、あのエッセイの最後の文とそっくり同じことを、昭和元年生まれで左翼体質の父に言われ、大学生の時、「そんな娼婦みたいな格好やめなさい」と昭和12年生まれでノンポリの母にひどく怒られたことがある。その点では私は曾野綾子と両親の違いを感じないし、「普通の親」というのはだいたいそういうものなのだと思っている。