女の子の欲しいもの

夫が職場の人から聞いてきた話。


最近、高校3年や大学4年で妊娠する女の子が増えているそうだ。その人の近所にも数人そういう娘がいて、他でもそんな話をポツポツ聞くという。
高校や大学の最終学年というと就活まっただ中の人が多い。しかしその女の子たちは、社会に出て僅かな報酬のために苦労しながら働くのはまっぴらだと思っている。そこまでやりがいのある仕事なんかないし。
しゃかりきに働きながら一生独身を通すのも、仕事+家事育児分担という共稼ぎスタイルも、どっちもしんどそう。専業もセレブでない限りつまんなそう。労働も結婚もいや。でも子供はほしい。


そこで、つきあってる男の子供を計画的に妊娠する。親バレし、就活どころではなくなり、男も外堀を埋められ逃げられなくなってでき婚。
しかし娘はその男と結婚したいのではなく子供がほしかっただけだから、数年経つと男もハメられてたことを知り、夫婦仲はうまくいかなくなって離婚。


子供を抱えて生活能力もない若い娘の生活は、当然すべて親がかりとなる。
ブツブツ言っていた父親も孫の顔を見ると娘の言うなりで、母親に至っては娘と同居し思う存分孫の面倒を見られるので大喜び。
甲斐性のなさそうな婿なんか、最初からいなくていいのだ。娘と孫さえ手元にいればいい。


こうして娘の手には、当面の楽チン生活と子供という欲しいものだけが転がり込んでくる。
父親はまだ働いているし(というかこうなったらまだまだ頑張って働かざるを得ないし)、家事は母親がやってくれるし、自分は衣食住の心配をすることなく子育てに専念できる。バツ1子供ありの親元暮らしなんて今時珍しくもないから、後ろ指指されることもない。
仕事と家事育児に追われながらの、低収入の若い男との下流生活に比べたら、天国だ。
親の資産があればもっと安泰。そのために介護を引き受けるくらい覚悟の上。夫の両親まで引き受けなくていい分、気楽。男なんかいらないのだ。使い途がなくなったら、いらない。



「そういうふうになる女の子の気持ちって想像できる?」と私は夫に訊いた。
「うーん‥‥‥。まあわからんでもないがな」と夫は答えた。
「でも割り切り過ぎだろ」
「子供が欲しいだけで旦那はいらないってのは本音っぽいと思うよ。学生にもそういう子、時々いる」
「男は種馬か」
「そうなるね」
「種馬の方が、馬車馬のように働くよりマシか」
「そうかもね」


男を使い途で見て割り切れれば凄く楽なんだろう。そりゃ楽だろうさ。
と、夫の顔を見て思った。



●追記(はてブ及びコメント欄へのレスに代えて)
身近なところで聞いたエピソード(●の前までは全部その話をまとめたものです、私の解釈なしで!)として「(そういう)女の子が増えているそうだ」と書いているのに、それを全体的な傾向として断定しているものと思い反駁する人が現れるのはいつものこととして*1、この話を書く気になったのは、それがごく一部の現象であったにせよ、就職、結婚など現在の女を巡る社会状況が濃厚に反映された非常に象徴的な出来事に思えたからだ。その中で、これらの女の子たちは、自分なりのサバイバル術としてこうした生き方を選択しているのだろうから、私は彼女たちを非難しようとは、(少なくともこの社会の成員の一人である自分が)一方的に非難できるとはまったく思わない。


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*1:「最初に「夫が職場の人から聞いてきた話」と断っているのに「脳内ロールモデル」とか「要出典」とか「主語が大きい」とか「タイトル」がどうとか、社会学の論文でも期待してるのかしら、ブックマーカーの(一部の)皆さんは。こういう話にすぐ「そんな人ばかりじゃない」「女の子を悪者にしてる」みたいな反応するのはいったい何の被害妄想かと。そんじゃ「女の子」に全部「一部の」と付けて読めばいいじゃん。そういう話なんだから」と思った。