男性のオウチ進出 - 『喜婚男と避婚男』を読む

喜婚男と避婚男 (新潮新書)

喜婚男と避婚男 (新潮新書)


オビの文句は「愛を叫ぶか、愛を避けるか。バブル世代のマーケッター姉妹が「男×オウチ」の時代の世相を読み解く。」。
ああまた60年代生まれの女性ライターによる当世男子結婚談義か、この世代の女って「今時の男」について語るのが好きだよねぇ、深澤真紀氏(草食男子)といい、牛窪恵氏(お嬢マン)といい、白河桃子氏(婚活)といい、澁谷知美氏(童貞)といい‥‥と思いつつ、ジェンダー入門の授業のネタにはなるかと読んでみたら、意外と面白かった。


「女の時代」ともてはやされた80年代以降、バブルの追い風もあって「女性の社会進出」は進み、消費の中心にいるのは女性で何かと「女の生き方」が語られた。女性のライフプランの選択肢は増えた分、迷いや悩みも増大した。男性にこのような変化は起きなかった。
しかしバブル崩壊後の「空白の時代」90年代を経て、「格差社会」が流行語になりリーマンショックのダメ押しがあった00年代、今度は徐々に「男」に焦点が当るようになった。それも従来の男性ジェンダーから外れた現象として。曰く、「男性のオウチ進出」。
ツノダ姉妹は、30代前半世代を中心とした既婚男性にも独身男性にも共通して見られる特徴として、仕事中心ではなく家でのプライベートタイムを大切にするという点を挙げている。


もっと世代が上の既婚男性は、「仕事第一で、家事育児は(時々手伝うけれども)基本的に妻の仕事」と考える人が多かった。独身男性ならよほど優雅な独身貴族っぽい人を除いては、「結婚したいのにできない男」「恋愛からも結婚からも降りた男」という、ネクラ(死語)なイメージがつきまとっていた。いずれにせよ男性は家の中のことに基本的に無関心、無頓着で、仕事が大事なのだと。
ところが最近、草食男子、スイーツ男子、イクメン、カジメンと何かにつけこれまでと違うタイプの男が話題になっている。まるで「女の時代」が終わり、(新しい)「男の時代」が来たかのように。
ツノダ姉妹の観察してきたところによれば、終身雇用・年功序列神話の崩壊と「家の中の文化」の充実(ネット、ゲーム、DVD、内食ブームなど)によって今、男性はそれまで女性の領分とされた「オウチ」方面にどんどん進出している。その現れが、「喜婚男」と「避婚男」だ。‥‥‥というのが前半の概略。
本書にまとめられているそれぞれの男性の特徴は以下。


○ 喜婚男の特徴
・妻への愛をテレないで堂々と語ることができる
・オウチで過ごす時間が一番好きで大切にしている
・子育ては今しかできない、と一生懸命に頑張る
・自分なりにこだわる得意な家事があり、面倒とは思わない
○ 避婚男の特徴
・結婚に対してメリットを感じておらず、むしろデメリットが多いと感じている
・オウチで過ごす時間が一番好きで大切にしている
・ひとりで楽しめる趣味、生き甲斐を持っている
・趣味や価値観が共通のココロの友・同志がいる


ギラギラした出世欲もないし(というかそんなモチベーションなどなかなか持ちようがないし)、仕事はそこそこ頑張ればいい。それより「良き家庭人」「良きパパ」でありたいという喜婚(既婚)男。
デザインが洗練され機能の充実した家電に囲まれ、オウチで快適に過ごすためのインフラが整備されていれば、結婚なんかしなくていいじゃんと割り切れる避婚(非婚)男。
最近「ワークライフバランス」という言葉をよく聞くが、「ワーク=戦場、ライフ=癒し」というこれまでのサラリーマンのバランスではなく、「ワークよりもライフ優先」が特徴。


ツノダ姉妹はそうした男性の変化に基本的には賛同、共感しつつ、複雑な心境も覗かせる。
たとえば喜婚男と離婚しているツノダ姉。「嬉々として家事や育児をする喜婚男は、もともと望んでいた相手にもかかわらず、仕事第一ではない姿勢はイライラの元」だった。「フェミニストを自称」し、「男性の家事育児参加を主張していたはず」の自分が、内心では「仕事中心の古いタイプの男性を理想としていた」と告白している。
一方で、イクメン賛美風潮の陥穽も指摘している。NHKの『クローズアップ現代』(2010.10.5放映「"イクメン"で行こう!〜男の育児は社会を変える〜」)について、「育児に積極的で、会社の仕事も一生懸命で評価が高い。なぜ、こんなに無茶な理想像をあたかも多数が実現できているかのように語れるの」かと、理想が一人歩きするのを牽制。
かつて「女性の時代」に、仕事も家事も手抜きをしないスーパーウーマンがメディアで賞賛され、「社会進出」を果たした既婚女性にプレッシャーを与えた。その二の舞を男にさせるのか?という心配は、苦い経験のある女性なら当然もつものだ。
「オウチ進出」を始めた男性には新しいライフスタイルを満喫してもらいたいけど、「選択の自由」は楽しいことばかりではないよ‥‥というのも、ジタバタしながらそこを通過してきた者ならではの提言だ。


全体としては、イクメン市場のありさまからさまざまな社会事象、芸能、雑誌、オタク方面まで豊富な具体例を挙げつつ、「喜婚男」「避婚男」どちらかを持ち上げたり腐したり煽ったりはせず、バランスのとれた視点になっている。
特別目から鱗ではない(当事者にとっては「何を今更」な部分はあるかもしれない)が、これまでの男子分析ものに比べると論の視野は比較的広い。年上世代の女の、若い男性に対する上から目線の同情や押し付けがましさもなく、冷静な語り口で絶妙の距離感をキープ。この姉妹、かなり頭がイイ。


だがそれだけだと、わりと普通の「当世男子結婚談義」だ。
この本を私が面白く読めたのは、「欲深く性悪なバブル世代の私たち」と自らの立ち位置を正直に見定め、バブルに踊らされ「女の時代」にチヤホヤされ、抱えきれない夢をもって何もかも手に入れようとした女の悔恨と反省と自虐が、あちこちに挿入されている点にある。個人的には内容そのものよりも、語り口に垣間みられる、自分(たち)を相対化しているからこそ出てくるユーモアに引かれた。これは本書の読みやすさの一つにもなっているだろう。またハイエナのような女ライターが「男」市場にすり寄ってきたか‥‥と、「バブル」や「マーケッター」の文字に身構えた男性にもおすすめしておきたい(ちなみに授業で紹介したら学生の喰い付きは非常によかった)。


姉のツノダフミコは63年生まれ。妹の角田朋子が66年生まれ。共に慶大卒でさまざまなキャリアを経て今は二人でマーケティングの会社を経営、この本は初めての著作だそうだ。
裏表紙に小さく著者近影があるのだが、「VERYの読者モデルですか?」というか「バブルの頃はさぞブイブイ言わせてたでしょーね」という感じのフォトジェニックな美貌(×2)。叶姉妹みたいな著者名共々、なかなか訴求力がある。というかきちんと狙ってきている感じ。
この新書は結構売れるだろう。*1 そのうちテレビで勝間和代あたりの女オヤジを二人がかりでやりこめてくれると面白い。香山リカでは今いちパンチに欠けるので。

*1:後でアマゾンのレビューを見たら、評価しつつも「あまり売れないかもしれません」とあった(笑)。誠実さに欠けてもインパクト勝負で売れる本の多い昨今、タイトルも引きがあるので「売れたらいいですね」ということで。