家出

朝起きて玄関の外にいる犬に御飯をやった後、元アトリエで今はほとんど猫の遊び場になっている部屋の扉を開けて「タマ、御飯だよ」と呼んだが、いつもなら扉を開ける前からミャアミャア鳴いて開けると同時に飛び出してくるのに、何の返事もなくシンとしているのでおかしいな具合でも悪いのかなと部屋を見渡してみると、庭に面したサッシの窓が10センチくらい開いていた。
そこはいつも家猫が外を眺められ外の空気を吸えるように半分網戸にしていて、網戸が開かないようにガムテープで窓枠に固定しているが、反対側は重いサッシが二重になっているのでまさか開けないだろうと油断していたその裏を掻いて、時々リードをつけられて散歩するだけだった狭い庭に、そしておそらく冒険を求めて庭の外の世界に猫は出ていってしまったらしい。
全身の血の気がサーッと引いていく感覚に襲われ「タマが表に出ちゃったー!」と叫びリビングで寝転んでいた夫の体を飛び越えサンダルをつっかけて外に走り出、「タマ!タマ!」と呼びながら狭い庭先を右往左往し門を開けて通りを見渡し車の下を覗き、また庭に戻って隣家との間の狭い通路とその先の柵の向こうを覗いて、どこにも姿が見あたらないのでこれは探しに行かねば、通りに出たことがないからどこかで車に轢かれていたらどうしよう私の責任だ、もし帰ってこなかったらどうしよう、どうしようどうしよういきなり愛猫を失うなんてとてもじゃないが耐えられないと思うと胃がキリキリとなったが、落ち着けまだ死んだわけじゃないとりあえず着替えてタマの好物を持って探しに行こうと踵を返すと、猫が庭の茂みから抜け出てこちらにトコトコとやってくるところだった。
走り寄って抱き上げ猫の頭に顔を擦り付けて「タマどこ行ってたの心配したんだよ」と言ったら緊張の糸が切れボロボロと涙が出てきてそのまま感情がダダ漏れになりびええんともふええんともつかないとても五十過ぎの女が出すべきではないみっともない泣き声を上げながら猫を抱きしめて家の中に入っていくと、「何を大騒ぎしてるんだ」と夫が言った。「だから窓開けといたらダメだって言ったろ」「良かったぁぁぁ、タマって呼んだら来たぁぁぁ、タマどっか行っちゃったら私も家出しようと思ったぁぁぁ‥‥‥おーんおんおんおん(泣)」「おまえちょっとおかしいんじゃね?」


おーんおんおんおん‥‥‥


‥‥‥‥え。
私も家出しようと思った?
なにげに願望が口から出たのかしら。


私は猫を家の中に閉じ込めている。
猫が家出しないように。
自分が家出しないように。