「徳久造船所 仕事十訓」(大竹伸朗のカタログより)

教師の心得 - bluelinesという記事が、今月とてもブックマークを集めている。ブログ主がアメリカの大学院で「Professional methods」という授業を取った際、「教授法」の回で先生が配ったものだそうだ。その立場にいる者としては非常によくわかる&耳の痛い内容だった。
で、これを読んでいるうち、私はある「仕事十訓」を思い出した。


90年代の初め頃、アーティストの大竹伸朗の作品展で、プラスチックの大きな立体作品を見たことがある。
それは、80年代に東京で活動していた大竹伸朗愛媛県宇和島に活動の拠点を移してから、そこの造船所で漁船を抜いた後の木型を貰い受け、造船所の人々の協力を得て、木型を使って船を作るのと同じ方法で一夏かかって制作されたものだった。
確か会場で買ったカタログは、展覧会の写真集ではなく、アイデアスケッチや図面やメモや造船所での制作過程の写真が、他のさまざまなスナップ写真や風景クロッキーなどと共にかなりラフに構成されている、現場の匂いがぷーんとしてくるような生々しい内容だった。カタログというより、制作ノートだ。*1
その頃私は美術作家活動をしていたから、こういう制作の舞台裏がそのまま記録されているものに強く興味を引かれた。発行者は都築響一である。
前置きが長くなったが、このカタログの最後のページに載っていたのが、その「徳久造船所 仕事十訓」だった。

 徳久造船所 仕事十訓
1 仕事は自らつくるべきで与えられるべきではない。
2 仕事とは先手先手と働きかけていくことで 
  受け身でやるものではない。
3 大きな仕事と取りくめ、
  小さな仕事は・・・おのれを小さくする。
4 難しい仕事をねらへ、
  そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。
5 取り組んだら放すな、殺されても放すな・・・。
  目的完遂までは。
6 周囲を引きずり回せ、
  引きずられるのと引きずるのとでは、
  永い間に、天と地のひらきができる。
7 計画を持て、長期の計画を持っていれば
  忍耐と工夫、そして正しい努力と希望が生れる。
8 自信を持て、自信がないから君の仕事には
  努力も粘りそして厚みすらがない。
9 頭は常に全回転、八方に気を配れ、
  一分のスキも与えてはならぬ。
10 まさつを恐れるな、まさつは進歩の母、積極の肥料だ。
  でないと君は卑屈、未練になる。
                      徳久亀三郎
                  昭和六十年三月平日


大竹伸朗が制作の協力を仰ぐために徳久造船所に行って、壁にこの「仕事十訓」が掲げられてあるのを見た時、どれだけ身の引き締まる思いをしただろうか。
いずれにしても、「造船所」と聞いて「肉体労働」以上のイメージが広がらない私のような想像力の貧困な者にとって、この実に無駄のない文章の行間に滲み出た職人の誇りと情熱と精神的な厳しさは、かなり衝撃的だった。


そのページをコピーして、アトリエの壁に貼った。自分の制作(私にとって「仕事」だった)でも、こういう心構えを忘れないでいたいと思った。
ある時、予備校講師の夫がその紙に目を留め、読みながら「そうだ」「その通り」と声に出して言っていた。彼も自分の仕事でそうありたい、あるべきだと思ったのだろう。


対学生においては、冒頭で触れた「教師の心得」に尽きる。それも含めて、必要なモノや出来事や関係性や価値の創出として広く「仕事」というものを考えると、「徳久造船所 仕事十訓」には普遍性がある。ここには「仕事の基本」と言うべきものがある。
これらの戒めが意味をなさない環境では、それは「仕事」ではなくただの「労働」になる。


20年続けた美術作家をやめた私の今の「仕事」は、教えることと書くことだ。
元アトリエは今は書庫・倉庫兼猫の遊び場だが、90年代の初めに壁に貼ったその紙はまだ残っている。残したまま、この数年忘れていたのである。
改めて読んで、なんか叱られている気がした。私は今、これを意識して仕事できているんだろうかと思った。



● 追記
コメントで指摘があったように、この仕事十訓は、電通の4代目社長吉田秀雄氏の提唱した「鬼十則」というものであった。調べると1951年に作られている。だから、1960年には宇和島の造船所の所長にまで行き渡っていたのだ。
この歳になるまでまったく知りませんでした。浮世離れにもほどがあるということですか、ちょっと恥ずかしいです。
高度経済成長期の"モーレツ社員"の仕事十訓。と思うと、確かに体育会系。この通りに働いて(働かされて)壊れてしまった人もいるかもしれない。今の若いサラリーマンの人はどう捉えているのだろうか。今時流行らないという感じなんでしょうか。
でも私にはやはり身に沁みます。20年前に読んで慄然としたように。心構えとして時々思い出したいです。

*1:因に数年後に自分も同素材を使った作品を作ってみて、プラスチックパテでグラスファイバー(ガラス繊維)を塗りこんだり切断や研磨の作業に際して、有害物質が出るので完全防備をせねばならず、その扱いの大変さを身をもって知った。これが漁船のような大きなものになったら、夏の最中、どれだけの重労働になるかと改めて思った。