音声

しっかり見ていたわけではないのでうろ覚えだが、芸術高校という設定の舞台が東京・佐賀町の元食糧倉庫だった古い雰囲気のある建物(一頃カフェやギャラリーも入っていた)で、美術教師が藤谷美和子、藤谷の片思いの相手が音楽教師の陣内孝則、生徒の一人が武田真治の、『先生のお気に入り』(91年、TBS)という青春ドラマがあり、そこで国語教師を演じていたのが樹木希林だった。
ある始業前のシーン、教室の生徒たちがワイワイ騒いでいるところに、校内放送が故障したため伝達事項を直接伝えに樹木希林が入ってくるが、誰も騒ぐのをやめない。彼女は教壇に立ち、おもむろに口を開いて喋り出す。それが口パクである。口パクで何かを一生懸命に喋っているらしい樹木希林。先生の異様な態度に気付いた生徒たちがだんだんシーンとなってきたところで、樹木希林は「あ、音声が入ってなかったわね」と呟き、それから普通に「今日は○○先生がお休みですので‥‥」云々と伝達事項を伝えスタスタ出ていく。
あれは樹木希林の提案だったのではないかと思うくらい「らしい」感じで、煩い学生たちを静まらせる効果も抜群に思えた。


TVドラマ的教師のイメージで言うと、教室中がワイワイガヤガヤとなっている時に、「今日は○○先生がお休みですので‥‥」と普通に喋って全然聞いてもらえないのは新任教師。
「お喋りをやめなさい」と何度も声を張り上げるのは若手教師。
黒板に要件を書いてから指示棒で教卓をピシリと叩き「注目!」と怒鳴るのは中堅教師。
以上のことを全部やってきてある諦観に達し、口パクで静かにビビらせ黙らせてから余裕で伝達するのがベテラン教師。
一回しか使えない手だが学生が喋り止まない時に一度やって反応を見てみたい。



●追記
口の動きと音声言語がセットという感覚は、相手を健常人と看做すが故である。聾唖者の場合はセットがない代わりに手話が伴い、その時に口を閉ざしている人と、動かしている人がいる。後者は中途失聴者になるのだろうか。
手話などの身振り手振りを伴わず、口だけをまるで喋っているかのように動かして意味を伝達するのは、非常に難しいのではないかと思う。こういうケースを考えてみると、健常人でも、「周囲の人に挙動を怪しまれないよう、唇の僅かな動きだけで特定の相手に返事を伝える」といった特殊な場合しか思いつかない。だからいきなりそういう行為を堂々とされると、「セット」がそこにない理由が見えないので、異様に映るのだ。
口の動きと音声がセットという感覚を利用する詐術が腹話術。いっこく堂はさらに、口の動きと音声がズレるというものすごいパフォーマンスをやっていた。