昭和30年代懐かし言葉チェック

少し昔の日本映画(現代劇)を見る楽しみはいろいろあるけれども、私の場合その一つに、今とは少し異なる言葉遣い、今は廃れた言葉遣いの、こそばゆくも懐かしい感じを楽しむというものがある。
その楽しみに目覚めたのは小津安二郎の作品から。このコメントを書いていたら、また急に邦画の中のそういう言葉遣いを拾ってみたくなった。


今回見たのは、『お早よう』(小津安二郎監督、1959)、『喜劇 駅前団地』(久松静児監督、1961)、『キューポラのある街』(浦山桐郎監督、1962)の3本。約半世紀前、昭和30年代中葉の作品ばかり。登場人物の世代や階層の偏らないようなセレクトにした。ただしいずれも東京近郊を舞台にしているので、関西やその他の地方の言葉は僅かしか入っていない。
以下、自分の懐かし言葉チェックに引っかかった言い方を順に上げてみる(ちなみに私は1959(昭和34)年生まれの名古屋育ちなので、言葉の選択に多少、世代と地方バイアスがかかっているかもしれない)。


お早よう [DVD]

お早よう [DVD]

  • 発売日: 2005/08/27
  • メディア: DVD
たぶん多摩川沿いの新興住宅地が舞台。チェックとストライプとポイントとしての赤の色使いがこれでもかっていう美術。小津風モダニズム満開で、会話も面白くて笑える。小津映画というと『東京物語』や『晩春』や『秋刀魚の味』が有名だが、個人的に超おすすめ。
▶キャスト/笠智衆三宅邦子、田中春夫、杉村春子佐田啓二久我美子、殿山泰二 他


・〜わよ/〜のよ‥‥これがたくさん出てくると、「ああ昔の邦画見てるなぁ」気分に浸れる。あとこの時代の現代劇が全般にかなり早口なのは何故だろう。一定の尺に収めないとならなかったためか、当時の東京人は本当に早口だったのか。
・ごめんください‥‥訪ねた時にもおいとまする時にも。今は訪ねた時だけ使う場合が多い気がする。おいとまは「失礼します」。
・お上がんなさい/お上がり‥‥「入りなさい」または「食べなさい」。でも「お上がんなさい」の方が個人的に好き。
・〜だい‥‥「僕はいいんだい」「平気だい」と子どもが言う。「嫌だい、嫌だい」「僕も行くんだい」のように、子どもの強い感情表現と自己主張を示す。「いいやい」「〜してらい」など強調の「い」を付ける傾向がある。
・あたくし‥‥奥様言葉。三宅邦子に似合い過ぎ。
・いえね‥‥奥様言葉。ちょっと声を潜める感じで台詞の頭に付けると雰囲気。
・〜じゃありませんか‥‥大人同士の言い合いなら普通だが、母親が子どもを叱る時にも。とにかく母親(三宅)の言葉遣いが丁寧。
・〜してくれよ‥‥子どもが使っているが、今は「くれ」が取れていると思う。
・お〜になる?‥‥「お風呂、先にお入りになる?」。妻が夫に言う。
・ルンペン‥‥翻訳するとニート
・まぁ‥‥「あらまぁ」も。年輩の人を除くと、今は『サザエさん』でしか聞けないのではないだろうか。「あれまぁ」「ありゃま」なら私もたまに出るが。
・〜ましね‥‥「ごめんなさいましね、奥様」。別に上流の奥様同士ではないが、戦後の中流奥様は戦前の上流奥様を真似て使う。
・〜してやがって‥‥特別非難の意味を込めなくても使う。
・およし‥‥「よして」「よしとくわ」も。今は「やめなさい」の方が多そう。
・どうしたんです‥‥「どうしたんです、いったい」。「どうしたんですか」ではない。
・どういうんでしょう‥‥少し呆れた非難する感じで「どういうことなんでしょう」の意。今も年輩の人は使うかも。


喜劇 駅前団地 [DVD]

喜劇 駅前団地 [DVD]

  • 発売日: 2010/10/22
  • メディア: DVD
森繁、フランキー、伴淳の駅前シリーズ。小田急小田原線の百合ケ丘駅周辺で、土地を巡って繰り広げられる群像劇。医師、警官、商売人、元農夫、学生などさまざまな人が登場するが、宅地造成されていく60年代初頭の東京郊外の風景が、この映画の主人公。
▶キャスト/森繁久彌伴淳三郎フランキー堺、森光子、左ト全、淡島千景淡路恵子


・失敬な‥‥男言葉。今だと「失礼な」の方が多い。
・〜したまえ‥‥今でも、ドラマなどで医者や教授など社会的地位のある人が使う定番言葉。現実にはほとんど聞いたことがない。
・〜でございます‥‥女中さんがその家の人に対して使っていたが、山の手奥様間でも普通に使った模様。「ザマス」は『おそ松くん』で全国の小学生の間に流行った。「お暑うございます」などは母がよく使っている。
・いやん‥‥「いやーん、ばかーん」という言葉の並び、マンガでもよく見たものだ。エロ風味があるので嫌がっていないように聞こえてしまう。
・○公‥‥坂本九演じる「キュウちゃん」が、伴淳に「キュウ公」と呼ばれていた。
・君‥‥「おーい、君、君」と(目下の)相手を呼び止める。「君は〜」はまだ使うが、呼びかけではほぼ廃れたと思う。
・スケベ‥‥助平。スケベ、エッチは、かつて小学生の大好きな言葉だった。今は何だろう。
・〜ときた‥‥「♪サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ」と植木等が歌ったのがこの頃。今使わないことはないが、会話の中ではほとんど聞かなくなった。
・純潔‥‥「あたしたち、結婚するまで純潔よ!」という台詞が‥‥。完全に死語。
・〜ですわ‥‥「わ」を下げるのではなく、ピッと気取って上げる山の手言葉。


キューポラのある街 [DVD]

キューポラのある街 [DVD]

  • 発売日: 2002/11/22
  • メディア: DVD
「貧乏だから弱い人間になってしまうのか、もともと弱いから貧乏になってしまうのか」(台詞より)。埼玉県川口市を舞台に描かれるプロレタリアート万歳の階層格差物語。町工場で働く人々とその家族はもちろん全員下町言葉。ハキハキし過ぎな吉永小百合は個人的に苦手だが、子どもは素晴らしい。
▶キャスト/吉永小百合東野英治郎、杉山徳子、浜田光夫加藤武


・バーイ‥‥この当時、女学生の流行言葉だったのか?
・何さ‥‥「何?」と聞く場合と「何よ、フン」な場合とある女性言葉。わりと好き。
・やんなっちゃったな‥‥この当時の映画によく出てくる。子どもも大人も。牧伸二の『やんなっちゃった節』(♪あ〜あ〜あやんなっちゃった、あ〜あ〜あ驚いた)のヒットが60年だが、よく覚えているのでその後5、6年は流行ったと思う。
・言うなれば‥‥子どもが大人の喋り方を真似て。今はそもそも大人があまり使わない(年輩の人は別)。
・やぁ!‥‥爽やか青年が登場する時の定番。
・ごらん‥‥御覧。今だと「見てごらん」の方が多いかも。
・さあ!‥‥「さあ、案内しなさい、さあ!」。こういう言い方ほんとにリアルでしたのかなぁ。
・あたい‥‥物心ついてからリアルでは聞いたことない。
・いかす‥‥今ならあえて使う感じ。『イカすバンド天国』でもあえて感があったと思う。
・てやんでぇ‥‥子どもが使っていた。今はビートたけしくらいしか言わないのでは。
・あたりきよ‥‥上同。
・あんちゃん‥‥幼い弟が兄のことをそう呼ぶ。
・ええーい‥‥と言いながら川に石を投げる。
・お言い‥‥お+動詞。時代劇でもお馴染み。
・行った‥‥「行きなさい」。時代劇でも。
・ぶっ飛ばそうぜ‥‥『雨上がりの夜空に』を最後に最近あまり聞かない。80年代は「ぶっとびナントカ」というのがよくあったが。


その他、昔は使ったり当時の映画にはよく出てくるが、今はあまり使わない言葉をいくつか。
・知るもんか‥‥大人も子どもも、拗ねた時ややけっぱちになった時に。「あいつのことなんか知るもんか」「これやったらお母さん困るだろな‥‥。えーい、知るもんか!」など。「えーい」も今は言わない。
・いいんだ‥‥「いいな」の意。「タケシくん、テレビ買ってもらったの。いいんだぁ」。
・いけないんだ‥‥私の子ども時代、ちょっと悪いことをしている子を見つけると、「いーけないんだ、いけないんだ。せーんせいに言ったーろ」と節をつけて皆で囃し立てるのが定番だった。厭な時代ですね。
・〜だ(です)よーだ‥‥これも昔よく使われていたが廃れた。
・よくってよ(よろしくてよ)‥‥私の中ではいつも原節子の声で再生される東京山の手の言葉。


山の手と下町の言葉遣いの違いは、今はほとんどなくなったのではないだろうか。それより世代の差の方が大きそうだ。やはり、決まりきった言い方に囚われない世代から新しい言葉が出てくるせいで、子どもや若者の言葉は、今と昔ではかなり様変わりしている部分がある。
80年代頃に普通に使っていた言い回しの中にも、今では少し恥ずかしいものがあるだろう。しかし半世紀前となると、恥ずかしいを通り越してこそばゆくも懐かしい。むしろそろそろ新鮮になる頃かもしれない。