介護とお金と幸せ

有料老人ホームに入居している父の見舞いから帰ってきた母が電話で、「相変わらず言葉はほとんど出ないし寝てばっかりだけど、お父さんは幸せだと思ったわ。あんな暖かくて快適なところできちんと食事をさせてもらって、体も髪も爪も歯もきれいにしてもらって、何から何まで面倒を看てもらえているんだもの」と言った。
「それに新聞見たらね、認知症高齢者のうちの50%が自宅介護だって。特別養護老人ホームが15%で、あとは医療機関‥‥病院の精神科ね、とか介護老人保健施設とかなんだけど、病院だって2ヶ月で家に帰されるし、公共の安い施設は満杯だしね。それで有料老人ホームに入っている人は、たったの3%。お父さん、その3%よ。恵まれてるわよねぇ」


自宅介護をしてもらう方が幸せなのか、有料老人ホームに入居できる方が幸せなのかは一概に比較できないので措いておくが、3%とは初めて聞く数字だったので、少し驚いた。
所得に応じて支払い額が決められる特別養護老人ホームは人気で、何年も順番待ちという話は知っている。しかしいくら介護保険料の範囲内(一割負担)で賄えそうだからと言っても、徘徊や暴言、暴力、異食、不潔行動などがあり、問題が大きければデイサービスでも受け入れてもらいにくい認知症高齢者を自宅で看ることは、心身ともに相当の負担。多少お金に余裕のある世帯は有料老人ホームに入居させているのではないか、少なくとも全体の1割くらいは‥‥と思っていた。
有料老人ホームは利用者の所得に関わらず、月額20万円なら20万円と支払い額が決まっている。だいたいの傾向だが、月々の額が安ければ入居費が最低一千万円代くらいからと高く、月額が30万以上になると入居費は安く押さえられている。


私の実家は父が高校の平教員、母が専業主婦だったので、特に裕福な方ではない。入居費だけで数千万円のところは避け、月額約30万(当然、父の年金より高い)でかなり入居費の安いところを見つけて入った。
父のケースと同じように、いつ要介護になるかわからない義両親がいる私と遠くに住んでいる妹が母を介護することはできないため、いずれは母も有料老人ホームに入るだろう。幸いにして母にそのくらいの資金はあるようなので、その点は助かっている。
「でも認知症の自宅介護が50%って、結構多いわねえ。有料老人ホーム利用者の割合がもう少しあるかと思ったわ。お金がない人ばかりじゃないでしょうに」と、母が私の第一印象と同じことを言ったので、ちょっと考えてみた。
自分が要介護者になった時、自宅介護を望む人は6割いるらしいが、認知症高齢者を自宅介護している家庭のすべてが、「親の希望を尊重している」ケースや「有料老人ホームの入居資金がない(特養の順番待ち)」ケースばかりではないだろう。
つまりその50%の中には、「親を有料老人ホームに入れる資金が(親に)ないわけではないが、自宅介護を選択する家庭」がかなりあるのではないかと思う。


後期高齢者である私の親世代(戦中世代)には、節約しながら高度経済成長期に頑張って、そこそこ資産を蓄積している人が少なくない。それで子どもの家のローンの頭金を援助したり、孫の教育費に出資したりしてきた。有料老人ホームに入居できるくらいの預金をもっている人も結構いるだろう。
だが子ども世代はというと、おそらく全般的に見て親ほど資産形成ができていない。もうそのくらいの歳になると資産が増えるということもない。退職金も年金も、親世代ほど当てにできない。さらに自分たちの子どもはもっとお金がなく、就職も結婚も厳しく、いつまでも親に依存する可能性がある。
もし親を有料老人ホームに入居させて、それで親の預金を使い切ってしまったら、どうなるだろう。それだけで済めばいいが、下手をしたら自分たちの老後のためのわずかな貯蓄も切り崩さねばならなくなるばかりでなく、当面の生活費にまで影響が及ぶかもしれない。
だから今現在はキツくても、介護保険料の範囲内で自宅介護をして経費を節約し、少しでも親の資産が目減りするのを避けようとするのではないだろうか。親の遺産を計算に入れた上でしか、自分たちの老後の生活設計が立たないとしたら尚更だ。子どもには頼れない。貧乏な老後ほどみじめなものはない。老後の幸せは、結局お金で決まる。皆、そう思っている。
もちろん「そんなケチ臭い理由ではなく、最後まで自宅で面倒みてあげたいし、親自身もそれを望んでいるからそうしているだけ」という人もいるだろうから、以上はあくまで推測だ。


私は自分の「老後の生活設計」について正直なところ何のメドも立っていないが、母には「もう昔みたいに節約しないで、自分のために使ってよ」と言っている。親を自宅介護することは事実上不可能に近いので、せめて‥‥という気持ちだ。
夫はもっと直裁で、前から自分の親に対し「別に金なんか一銭も残さなくていいからな。期待してないから」と偉そうなことを言ってきたが、私の父の介護事情を知ってからは、「自分たちが老人ホームに入れるくらいの費用は取っといてくれ、俺たち金ないから」などと弱気になっている。その「俺たち」の老後についてはあまりリアルに考えたくないようだ。
私は電話で母に、「老々介護で大変な人はいっぱいいるんだから、お母さんは恵まれてるよ」と言った。私の声は、若干羨ましそうに聞こえたかもしれない。
しかし母は無邪気に明るい声で、「そうねぇ。結婚してからお父さんのことでは何だかんだ苦労してきたけど、今、私が歳取って介護にもお金にも困らなくて済んでいるのは、お父さんのお陰だしね」と言った。「やっぱり私、幸せよね」。



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