昔、新幹線の中で

ここでした芸大の呼称の話とは関係ないが、出身校というテーマで思い出したこと。


20代の終わり頃だったか、東京から帰る新幹線の中。満席で車両の間にも座れなかった人が結構いる中、私は食堂車に来た。コーヒーでも飲んでしばらく過ごそう。
「ご相席になりますがよろしいですか」。案内されたテーブルの窓際の席では、50代後半あたりと思しき人品卑しからぬ紳士が新聞を読んでいた。「すいません」と言って、私は向かいの通路側に掛けた。
コーヒーを頼み、さっき買った雑誌をめくっていると、また「ご相席お願い致します」という声がした。
見ると40歳に手が届くくらいだろうか、さりげなくブランドものを身につけた綺麗な女性が「失礼します」と軽く会釈しながら、私の隣、紳士の真向かいに座った。


一つのテーブルに偶然座ることになった、他人同士の3人。
こういう場合互いに無視しているのもアレかなぁ、「今日は混んでますね」とか言った方がいいのかなと思いながらも切り出せないでいると、向かいの紳士が新聞を畳みながら「今日は随分混みますね。お仕事帰りですか?」と、彼の真正面、私の隣の女性に話しかけた。
バッグから何かパンフレットのようなものを取り出して眺めていた女性は顔を上げ、「ええ、大学の同窓会がありまして」と答えた。
「ほう、同窓会ですか。ちなみに学校はどちらで」
「慶応です」
「おや! 私も慶応なんですよ」
「えっ、そうなんですか!」
「奇遇ですな」
「こんなことってあるんですねぇ」


それから二人は母校の話で盛り上がった。世代は違うがOB同士でそれなりに話が合って楽しいのだろう、結構大きな声だった。雑誌に没頭しようにも、隣で「三田では‥‥」とか「当時は◯◯先生という方が‥‥」とか喋っている声がストレートに入ってくる。そのテーブルで、私はほとんど透明人間。
もしも慶応に行きたくて受験して失敗した過去が私にあり、現在「あの時慶応に受かってたら、私の人生もっと違っていたかもしれないのにちくしょう」みたいなルサンチマンを抱えていたら、結構辛い気分になっただろうなと思った。


自分が一流大学のOBでもなければ、あの紳士はわざわざ「学校はどちらで」とは相手に尋ねなかっただろう。あの女性にしても、出身校がFラン大学だったら「いえ、名もない大学で」で話を打ち切っていただろう。それ以前に、堂々と「大学の同窓会がありまして」とは言わなかったかもしれない。
そもそも身なりからして二人は、同じような「クラス」の匂いを発散していた。二人とも決して年収300万円以下の顔つき、身なりではなかった。だからあの紳士が、最初に斜め向かいに座った歳を食った貧乏学生みたいな風体の私ではなく、後から来て正面に座った「同類」の女性に話しかける気になったのは、当然のことなのだ。


‥‥‥‥などと、その時私は思ったけれど、何より、彼女が美人だったことが一番大きかったのかも‥‥と後で思い当たった。
その状況で一番目立つ、誰の目から見ても明らかなことに、理屈が先立つ私は盲目で、ワンクッション遅れて後から気づくのである。