楽しいキモノ地獄

この一ヶ月余り、私のはてなブックマークの数はぐっと減っていた。以前はほとんど毎日していたのが数日に一回、それも少しだけ。ネットをやっていないのかというと、やっていた。毎日毎日3時間以上、キモノ中古市場に釘付けになっていた。
とうとう‥‥というか、ついに‥‥‥というか、キモノに嵌ってしまいました。


きっかけは、昨年義母が亡くなり、十数枚のキモノを譲り受けたことから始まる。
形見分け
彷徨う着物
(ちなみに上の記事では「着物」と記したが、この表記はあまり好きではない。昔はただ「着る物」の総称だったわけだが、今は洋服に対する和服という位置づけなので、「着物」はちょっと感覚がずれる。ここでは、まだ着慣れていないということでカタカナ表記で書く。たぶんそのうち「きもの」と書くようになると思う)


ズブのキモノ初心者で自分で着付けさえできなかった私に、数ヶ月前、美容師の友人から「うちで、3回完結のミニ着付け講座を開くから参加したら?」との誘いがあった。「みんな初めてだから大丈夫だよ。あなたくらいの人もいるし」。
しかしこの歳であまりに何も知らないんじゃ恥ずかしいので、本やYOUTUBEで多少独学してから講座に臨み、ついでにそこの店に出入りの呉服屋さんに、義母に貰ったキモノのうちからとりあえず7枚ほどの裄直しと染み抜き等をお願いすることになった。
美容院の着付けの部屋に広げたキモノを見て、呉服屋の主人は「本物ばかりですねぇ。これは今作ったら60万は下りません、これとこれは30万、それは20万」などと言った。改めて、大変なものを貰ってしまったという気持ちと、これはどんどん着ないともったいないという気持ちが同時に湧いてきた。


しかし帯がない。義母はキモノはたくさん残していたが、帯関係はキモノ仲間にだいぶあげてしまったらしく、私が貰い受けたのは作り帯(装着が簡単なやつ)など3本ほどだった。それで呉服屋さんに相談してみると、早速反物を出してきた。淡いクリーム色の地に葡萄が織り出されている綴れ織り。美しい。目の前のキモノのどれにも合う。まあ最初だからそういうのを薦めるのだろうけど。
仕立て代込みで14万円のその帯を、清水の舞台から飛び降りる気持ちで買った。いいものばかりの義母のキモノには、そのくらいの帯を締めないと恰好がつかない。「あれで14万なら安い」と友人は言った。
キモノの裄直し、一枚は丸洗い、一枚は染み抜きと仕立て直しで、しめて20万。帯代入れてだいたい35万。長襦袢帯締めも注文したので、まだ請求がきてないけどたぶん40〜50万くらい(追記:実際には50万を出た)。「本物のキモノ」を着る人から見たら「それくらいで何?」と言われそうだが、身につけるもので一度にこんな高額の買い物をしたのは初めて。妙に気分がハイになる。


キモノが戻ってくるのは一ヶ月半後だが、それまで待ちきれない。今すぐ着たい。とは言っても、呉服屋に行って反物をあれこれ見繕って仕立ててもらうなどという、贅沢なことはできない分際である。だいたい呉服屋ってのが恐い。先の呉服屋さんはそうでもなかったが、敷居を跨いだが最後、あれこれ買わされてローンまで組まされそう‥‥という恐怖感が。
そこで、リサイクルのキモノを当たる。ネットで検索してみると、リーズナブルにキモノを楽しみたい人向けに中古市場がいろいろある。戦前のアンティークから現代まで、値段は数十万から千円以下まで、状態も「非常に良い」から「難あり」まで、ありとあらゆる色と柄と生地のキモノと帯が何百、何千と出てくる。それを見始めたら、止まらなくなってしまった。
毎朝、「本日、着物と帯586点入りました!」などというコピーとともにアップされているのを、順に見ていく。業者も買っているのだろうか、朝8時頃でちょっといいものはSOLD OUTになっている。「悔しい、逃した」と口走りながら、他のサイトを見る(まだヤフオクに行く勇気はない)。色柄が好みで状態が良くて、しかも身丈と裄の寸法が合うもの(大抵は裄足らず)を見つけると、アドレナリンがブワッと溢れてくる。やばい。でも楽しい。


最初試しに、2千円の産地不明の紬を買ってみた。2千円のキモノって一体どんなんだろ、まあ失敗しても着付けの練習用にすればいいか、くらいの気持ち。正絹とあるが、手織りではなく機械織りだから安いのだろうか。素人目にはごく普通の、控えめな抽象柄の出た紺色のキモノだ。
届けられた包みをわくわくしながら開けて、薄紙をそっとめくる。昔、誰かが気に入った反物を買って仕立てた紬の着物。それが巡り巡って私のところに来た。綺麗だなぁ。そっと撫でる。いい感触だわ。
なんとか一人で着られるようになったので、そのキモノに義母から貰った帯を締めてでかけた。「キモノ着たら写真撮ってラインで送りなさいよ」と言っていた友人にも、自撮りして送った。わりと好評である。
調子に乗って、次は1万5千円の縦縞の紬と、織りの帯を買った。これまた評判がいい。キモノがいいと言われているのか、普段キモノを着ない人が着ているのを珍しがられているのかわからないが、私はますます調子づいた。帯締め帯揚げもいろいろ揃えたいなぁ。あと草履も欲しいし、単衣も少し買いたいし‥‥‥。
清水の舞台から飛び降りて、いつまでたっても足が地面に着かないような感覚でいたのだが、それもそのはずだ。私は沼に落ちていた。底なしのキモノ沼に。


こうして、50代も半ばで絵に描いたようにキモノに嵌った結果、この一ヶ月、ネットでキモノ関係に使った金額は40万を超えた。400万でないところが貧乏臭い。一番欲しいのは小津映画によく出てくる浦野理一のキモノだが、私にはちょっと手が出ない。
知人のSさんも中年からキモノにどっぷり嵌り、次々といいものを買っていってとうとう自分のカードで払えなくなり、ダンナさんにお金を借りたという。以前の私だったら「バカじゃないの」と思ったろうが、今ならわかる。わかり過ぎる。
件の友人にこの状況を話すと、「一旦ストップしなさい。もうすぐお義母さんに貰ったキモノの直しができてくるんだから、まずそれを全部着る。ね。それを着倒してから、またどうしても欲しかったら買う」。そうだね。ちょっと頭を冷やすわ。だいたい毎日3時間もネットでキモノ見てるなんて異常だし。
と言いつつ、昨日は小紋縮緬名古屋帯を衝動買いしてしまったがな。えーどっちも2万8千円?安い!あの14万円に比べたら全然安い。それにこれならかなりババアになっても着られるし、ちょっとしたパーティにも着ていけるし。‥‥とかなんとか理由をつけて。ババアには日々刻々となっているが、「ちょっとしたパーティ」なんてもんがいつあるのか?ないわそんなもん。でも買ったった。
昨秋、「せっかくだから、これからキモノ着てみようかと思う」と言った時、ニヤリとしながら「キモノは伏魔殿だよ」と言った友人の言葉がリアルに沁みてくる。やばい。本当にやばい。でもすごく楽しい。



(※中年女がキモノに夢中になるきっかけや心理については、サイゾーウーマンで連載中のエッセイ「おばさんになれば”なるほど”」で、そのうち書く予定です。)


初心者向けのキモノの本はいろいろあるが、これはとても良かった。リメイク術や小物作りの方法も。

知識ゼロからの着物と暮らす入門 (幻冬舎実用書―芽がでるシリーズ)

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日常の着物周辺のあれこれが、マンガで楽しく紹介されている。

召しませキモノ

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呉服業者に騙されるなという話。それ以外もいろいろ参考になる。

きくちいまが伝えたい!  買ってはいけない着物と着物まわり

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着物文化への豊富な知識がバックにあって面白い。

色っぽいキモノ

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ハードルが高いがこういうのに憧れる。ナヨナヨしてなくて粋で自由。

白洲正子のきもの (とんぼの本)

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キモノが主役の映画。岸惠子のダイツウな着こなし。眼福。


●おまけ

自撮りしようとすると胸から上ばかり写ってしまうので、鏡を撮ったら手がでかくなった(後ろのアインシュタインの目が‥‥!)。
半日出かけて帰ってきたところ。帯揚げと帯締めがたるんでいる。こうして見るとまだ素人臭い着付け。週に一度は着て慣れるようにしたい。