犬の帯

急性気管支炎をこじらせつつ仕事に追われ怒濤のように過ぎていった一月が終わって、気づいたら57歳になっていた。
特別の感慨もないが、例年になく大変だった一ヶ月を乗り切った祝いに、自分に帯をプレゼントした。犬の図柄に一目惚れ。


57歳にもなってこんな帯を?と思う人はいようが、気にしない。三月くらいになったら、亡き義母から譲り受けた白大島やリサイクルで買った藍の大島に合わせる予定。
ブルテリアの耳がチラッと赤いので、帯締めは朱にしようかな。帯揚げは同じ水色系で馴染ませようか、いっそ白にしようか。などと考えている時が楽しい。


飼い犬を溺愛している犬バカなので、犬の半幅帯も一本持っている。元絵は中村芳中か狩野永良あたりと思うがどうなんだろう(誰か知っている人教えて下さい)。


これを締めていると、「犬の帯って珍しいですね」とたまに言われる。
たしかに数としては、猫柄の帯のほうがずっと多い。でも大抵は変に可愛くデザインされた猫で、今ひとつピンとこない。これじゃあないんだよね……という「ダサピンク現象」を、現代の猫モチーフものにも時折感じる。
一方、浮世絵を復刻した猫柄や、写実的な猫の帯は面白いと思う。しかし猫ものに関しては例の超リアルな猫刺繍のシャツで”決着”をつけた関係上、もう手を出さないことにしている。それで、犬。


プライベートの数少ない楽しみが、飼い犬と着物に集中している私。犬はもちろん一方的に可愛がる対象であり、着物は自分で自分を可愛がるための道具だ。
歳をとったおばさんの性欲は、「可愛がりたい!何かを!自分を!」という切実な欲求として現れる(ことがある)。「何か」と「自分」が理想的なかたちで合体したのが、私の場合は犬の帯。‥‥‥わかりやすい。


そんなわけで、犬柄の帯はネットでも一応チェックしているが、元々数が少ない上に、いいなと思うものは滅多にない。
黒繻子の地に、首にリボンを結んだ狆が毬と戯れているような手の込んだ刺繍の帯は、同じアンティークの着物とコーディネートすると映えるが若い人にしか似合わないし、現代の帯だとヨークシャテリアやポメラニアンやトイプードルなど小型の室内犬をモチーフにしたのは見かけても、普通の日本犬は滅多にない。
私の好きなのは日本犬、特に柴犬。でなければ、ポインターやグレイハウンドやシベリアンハスキーなどの賢そうで精悍な感じの大型犬。そういう図柄が地味目に織り出された帯、渋くてカッコいいんじゃないかと思うのですよ。


なぜ猫柄が多くて犬柄は少ないのかを調べていたら、二通りの意見を見た。
一つは、江戸時代、流行した狂犬病のせいで、犬柄は吉祥ではなく縁起の悪いものだったので避けられたという説。
もう一つは、猫はほぼ形が決まっていて毛色に違いがあるだけが、犬は和洋含めて外見が多様なので、デザインとして使いにくいという説(私のように、キャイキャイした小型犬は厭だのなんだの言う人間が出てくる)。


あとは、猫と女性のイメージは親和性が高いが、犬はそうではないということだろう。猫はしなやかで何といっても造形的に美しい。猫モチーフを帯や半襟の柄や帯留めに使えば、かわいらしくてミステリアスな雰囲気作りに一役買う。
犬はミステリアスではない。猫に比べると素朴で単純明快でフレンドリー。着物でいったら紬のイメージ。でもそこが好きだ。
着物はどんな柄ゆきでも素材でも、決してナヨナヨとしているのではなく(ナヨナヨは着る人の仕草で出るだけ)、基本的にこの上なくきっぱりした衣服なのだと、ちょくちょく着るようになって実感した。日本犬モチーフとの相性も良さそうに思える。着物普及に努めている業界の人は、浴衣あたりで展開して頂きたいものです。