ちくさ正文館と喫茶モノコト

昨日、久しぶりに、ちくさ正文館に行った。



名古屋では有名な人文系老舗書店。昔、近くの河合塾美術研究所で働いていた頃、しょっちゅう通っていた。歴史・思想・哲学・芸術系が充実していて、棚を眺めているだけで楽しく、長時間入り浸っていた。知的刺激を受ける数少ない本屋の一つ。
店長の古田一晴さんは「東京の今泉*1、名古屋の古田」と言われた、書店の棚作りで定評のある人。映像作家でもある。
昨日行ったのは、私の美術・映画本(と言っても3冊だけだが)を一角にまとめて置いて下さるにあたり、『アート・ヒステリー』の中の後から気づいた記述ミスについて、訂正のしおりを挟んで頂きたく持参した次第。



左隣の「サイン本」は詩人の馬場駿吉氏のもの。右上の「芸術新潮」の特集「永遠の美少年」が気になる(立ち読みで済ます)。「芸術新潮」と『アーティスト症候群』の間に立っているのは、トリスタン・ツァラのダダ宣言集。『アート・ヒステリー』でダダに触れた箇所があるので、隙間に挟んでくれたのかも。



石仏的な彫刻を作りながら、唄を歌い三味線を弾いている、多摩美非常勤講師の上野茂都さんという人のライブ・展覧会チラシをもらった。ジャンルとジャンルを自由に行き来する人の匂い。「これからこういうのもっと増えてくるよ」と古田さんは言った。


書棚を一通り眺めた後、二階へ。



前は文庫やマンガがあったが、去年全面改装して、「喫茶モノコト〜空き地〜」というカフェになっている。展覧会やミニライブやトークイベントなども行われるスペース。今は中国の農民絵画(色が独特で美しい)のコレクションを展示中。



右は、テーマを決めて本とオブジェが置かれているコーナー。雑貨なども売っている。


チャイを飲みながらカフェの人と話していると、古田さんが誰かを連れて上がってきた。十数年ぶりに会う知古の美術評論家Mさん。昔、前衛いけばなと現代アートの展覧会の企画をされていたことがある。そこで見たものについて、『アーティスト症候群』に書いたのを思い出した。
Mさんは今、いけばな界のジェンダー問題(名前の出てくるのは男性作家ばかりだが、影にいた女性の影響力が実は大きいとか)について調べているとのこと。その後、美術系大学周辺やアート状況の話など。


「アートってもう終わったよねって言うと、キョトンとされるんだよね」とMさん。そのアートとは、「個」としてのアーティストを中核とした近代以降のアート(近代美術と、その延長としての現代美術)を指す。その歴史的使命は終わったという話。
そりゃ終わってますわ。若い人見てても、昔なら油絵を描くようなタイプがみんなイラストやマンガや映像に行っているし。アートとかアーティストという言葉だけは残っているので使われるけれど、その内実は拡散し輪郭は曖昧になっている。本体がゾンビ化しているからこそ、「これからこういうのもっと増えてくるよ」なのかもしれない。
このあたりの話を、来月某所でするレクチャーにどんなふうに織り込もうか考えつつ帰宅。

*1:80年代、池袋の西武百貨店に入っていたリブロ池袋で、今や伝説となっている独創的な棚を作った今泉正光氏。ジャンルの垣根を超えてさまざまなネットワークが見えてくるような刺激的な本の並びは「今泉棚」と呼ばれ、特別な吸引力があった。