絵を描く老女‥‥「丸木スマ展」を観て

人は大人になってから、どんなきっかけで絵を描き始めるのだろうか。
子どもの頃からずっと描いていた人が、社会人になって多忙で休み、仕事から解放されてから再開するという話は時々聞く。見る方専門だった人が、ある時趣味の手習いで始めたというケースもあるだろう。
丸木スマは、息子で画家の丸木位里に勧められ、70歳を過ぎて絵筆を取った。1875年に広島県伴村(現・広島市阿佐南区)に生まれ、家業を手伝いながら結婚し四人の子どもを育て、原爆で夫を亡くした彼女は、絵を始めてから「死にとうなくなった」と語ったという。


丸木スマ展 おばあちゃん画家の夢(三岸節子記念美術館 7.1〜8.13)


「原爆の図丸木美術館」他から借り受けられた57点の作品は、数点の油彩を除き、水墨彩色とクレヨンを併用したもの。モチーフは、故郷の情景や自然の風景、身近にいる猫や鶏、犬、野鳥、魚、花、野菜など多彩。
一見すると素朴だが、モチーフが描かれた地となる背景を、大胆にもカラフルな色で塗り分けていたり(具象と抽象の融合?)、クレヨンの上から水彩や墨をかけて弾かせる手法にトライしていたり、あちこちに工夫が見られる。大きめの刷毛と細筆の使い分けが繊細だ。
柿の木を描いた『柿もぎ』という作品で、人の顔より柿の実の方が大きいのはなぜかと訊かれたスマは、実を描いたら人を描く隙間がなくなったのでそうなったと答えたという。つまりそれらは、最初に全体的な計画が立てられているのではなく、「これをこう描きたい」という気持ちにだけ忠実に描かれている。
その結果、絵は写実というより半分はファンタジーのような、童話の世界も思わせる。色彩の幅があり、濁色もたくさん使われているが、それがとても複雑で面白い効果を出している。


美大生などでこうしたアウトサイダーアートっぽい、ナイーブな感じの具象絵画を描く人が時々いるが、丸木スマの絵を観たらちょっと太刀打ちできないと思うのではないだろうか。
芸術的なものとは無縁に重ねられてきた70余年の人生の中で育まれた「目」と、もともと持っていた絵の才能が出会い、何かが化学反応を起こし希有な結果をもたらした。
誰でもこんなふうには描けない。でも描いてみたいと思わせる力を感じた。
今回初公開となる『ピカドン』他、ポスターや丸木俊丸木位里の妻)の手による肖像画も展示されている。


チラシとカタログ
カタログより
絵葉書買った(上『めし』、下『やさい』)