「私の人生は何だったのかしらねぇ」

「こないだ栄にお買い物に行ってね、公園の横の道を歩いていたら、ホームレスの、そうねぇ六十過ぎくらいの人が、植え込みの柵のところにお洗濯物を干してたのよね。で、なんとなくそっちを見ながら歩いていったら、そのホームレスの人と目が合ったの。そしたらその人が「こんにちは」と言ったのよ、私に。なんでかしらねぇ。私いろいろ考え事しながら歩いていたんだけど、なんか淋しそうな人に見えたのかしら。それで私も「こんにちは」って言ってね、「今日はお天気がいいから、お洗濯物がよく乾きますね」って言ったの。そしたらその人がニッコリして「御陰さんで」と言ったの。ホームレスになる前はお仕事をしてらしたんだわねぇ、あの人も。何してらした人なのかしらって思ったのよ。それからずっと行ったら、盲導犬の募金、あの育成の?やってて、子どもがお母さんからお金もらってきたんでしょうねぇ、何人かでその盲導犬の頭撫でたりしてたの。真っ黒の大きい立派な犬でね、撫でられてもとっても大人しく座っているのよ。私そういう募金にはいつも協力しないんだけど、その時子どもが犬撫でてるのに何となく惹かれてねぇ、お金寄付して、私もその犬の脚にちょっと触ってみたの。私、犬なんて全然触らないでしょう。犬の毛ってちくちくしてるのかと思ったら、すごくすべすべしてなめらかなのね。それで私が撫でたらね、犬が首をこっち向けて、じっと私の方を見たの。その目がとってもやさしい目でねぇ。それから‥‥」


母の話は長い。「私の人生は何だったのかしらねぇって、最近よく思うのよ」などとリアクションに困ることを言う。
死んだら病院に献体することにしたから、あなたも署名してと言われた。何も世の中のためにしてこなかったので、死んだ時くらい人のお役に立ちたいのだそうだ。


私の人生は何だったのかしらねぇ。
私も七十過ぎたらそういうことを思うのだろうか。