異色の”セカンドレイプ”告発映画『プロミシング・ヤングウーマン』

「映画は世界を映してる」第七回が公開されています。今回はエメラルド・フェネル監督、キャリー・マリガン主演の『プロミシング・ヤング・ウーマン』(2020)を取り上げてます(おおまかなストーリーに言及しています)。

 

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告発系の映画はちょっと苦手という人にもおすすめしたい異色作。加害者のみならず、それを放置したり被害を軽く見たりした周囲の男女にスポットを当てています。
ドラマでは被害者は既に亡くなっており、その親友の女性が主人公。一種の復讐譚ですが、それを超えた深さを感じさせるのは、ひとえに脚本の秀逸さによるものでしょう。
映像はスタイリッシュで、主人公を情緒的な共感視点では描いていない点も良く、一筋縄ではいかない展開はサスペンスフルで細部にも無駄がありません。

スッキリ!という後味ではないところも、非常に評価できると思います。
キャリー・マリガン、すごくいいです。

1973年に予告された悪夢の未来『ソイレント・グリーン』

いつもより遅めの更新です。
「映画は世界を映してる」第7回は、デジタルリマスター版が公開され話題の、往年のSF映画の傑作『ソイレント・グリーン』(リチャード・フライシャー監督)を取り上げてます。

 

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都市化にともなう自然破壊や公害問題、人口の爆発的増加など「人類の未来」に対して暗い予測と警告が出始めた1960年代末から1970年代を象徴するような作品。

 

以下、本文より。

50年前にここで描かれた、食料に関するもっとも残酷でおぞましい未来は、幸いなことに到来していない。人口増加の伸び率も、近年少し落ちてきたというデータがある。むしろ今後深刻な問題になるのは、気候変動による地球規模の災害だろう。

一方で、人工肉の開発・研究が進み、さまざまな合成食品が出回り、「食」が溢れた都市でも飢えた子どもや餓死者が出る現代、「ソイレント・グリーン」の悪夢の何割かは、足元に忍び寄っていると言える。この作品で興味深いのは、テーマもさることながら、1973年当時に想像された2022年の社会のさまざまな設定だ。

 

公開当時のイラストを用いたビジュアル (C) 2024 WBEI.

昔の映画のポスターのドラマチックなイラストがいい。

配信で見られます。是非!

心臓の鼓動はヒトより早いからそのうち君は年下になる

 

 

飼い犬タロになっているつもりで詠む「犬短歌」、2024年上半期の歌です。今年は急に慌ただしくなり、タロの歌心とゆっくりつきあっている時間が取れていなくて、やや少なめです。
まあまあのも今ひとつのも全部上げました。気に入ってる歌の最後には*マークをつけてます(/サキコとあるのは私名義の歌)。俳句も混じってます。

 

◆一月

滅びたくないよねけれど転ぶのは仕方ないんだまた立てばいい

恐竜の末裔 百舌鳥の速贄になりて脚指冬空を掻く

飛行機は乗らない代わり地震では瓦礫の下の君を見つける

山茶花の下は血溜まり粥を食う  *

三日月夜 星を数えるあのひとと地球の匂い嗅いでる俺と

鏡見たことはないけど飼い主を信じるきっと俺は可愛い

飼い主が自治会長になったのでやったね犬の会長やれる

雨の日の草は美味いよできるならササミの味の草も食べたい

バーベキュー味のポテチは邪道だと言う人カニカマサラダを作る

♪ 塀の下掘っていたらば真っ黄いに錆びたノコギリどこのどいつが

おばさんは俺がいるから強いのかでも弱いよね俺は強いよ

まず鼻でご挨拶して次は尻 順番守りなさい若い子よ

お手紙でニンゲン扱いされてたよ「タロにもよろしくお伝えください。」  *

寒くない?寒くないわよおじさんは?おじさん言うのヤメテクダサイ

三毛猫の模様のような謎残し指名手配の人が死んだ日

おばさんが言われたいのは「おめでとう」ではなく「六十五には見えない」

プロフィール画像が10年近く前なのは詐欺には当たらないのか

五十年隠れて死んだ容疑者の記憶は笑う青年のまま

 

◆二月

年の数食べたらお腹壊すから撒かないのよと豆を煮る人

おばさんが一番旨いとこを食べ千切った皮だけもらう肉饅

枯れ草に寝転び鼻の日光浴やってごらんよ気持ちいいから

見ていると映っているは異なると犬の瞳を覗き知る人

もうここで死んでもいいと老猫の居座る場所の陽の温とさよ  *  

もし空が割れて落ちても柴犬のシッポの先から春は始まる  

雨よ降れいいひと連れて来いという歌があるのでいい犬を待つ  

うずくまる猫かと見れば可燃ゴミ袋のひとつ雨に濡れたり  *

あの人と感じる世界は違っても並んで歩くパラレルワールド

犬たちが休戦協定結んでる夕暮れ時の待合室で

 

◆三月

自治会の仕事をやってもらうには会議でおやつを出せばよろしい

おばさんは頭痛や腹痛だけでなく年柄年中財布が痛い

園庭の子らの歓声春色の飴玉になり空に転がる

人間は不思議だ顎を撫でられて馬鹿にされたと感じるらしい

三日月を眺めるために大の字になったんですねコケたんじゃなく

まだ起きていろと夜風がささやいて土がざわめく草がさざめく  *

差し入れの菓子の包みをひらく音 母の強張りとけてゆく音/サキコ

春の夜は湿気たビスケットの匂いさせて四つ足どもがまぐわう  *

中年の犬の匂いをカプセルに詰めて売ろかな犬フェチ向けに

 

◆四月

初家出した夜泊まった警察署迎えにきたの遅かったよね

草うまし君はそこらで寝転んでいるか歌でも歌っていなよ  *

あの黒いビニール袋は黒猫が化けているのだそのうち鳴くぞ

酒を飲む人にねだるは旨そうなつまみなんだよおやつではない

世間では「虎に翼」が人気だが「犬にプロペラ」いかがだろうか

あのひとの心の荒地掃き清め俺の足跡つけて仕上げる

髪切ったんだねと言われなくなって身軽になって夏よ来い来い/サキコ  *

世話をして咲かせた花も野の花も花は花だよ俺は犬だよ

 

◆五月

庭で肉焼いてる匂い漂って心乱れる連休の午後

われわれに「こいぬの日」などないけれど鯉のぼりと空泳ぐ夢みる  *

なぜパンにジェリーが混入してたのかトムがいたずらしたんじゃないか

俺の顔しか出てこないまじないをおまえのスマホにかけてやろうか

あのひとの胸の小さいブローチに光った犬がいるあれは俺

おばさんは六十五歳俺は十ずっと友達だったじゃないか

年齢差性差を超えて永遠の友になれるは人間と犬

心臓の鼓動はヒトより早いからそのうち君は年下になる  *

朝ドラの戦死の人を悼む声溢れる月曜日のツイッター

朝ドラは涙なみだで外は雨お散歩行こかの声もかからず

 

◆六月

六月の光の中に飛び出してひとりでマチスのダンスを踊る  *

蜘蛛が巣をかけるポストにご逝去の回覧板をそっと差し込む/サキコ

あの老犬この頃見ないどうしたの死んだの回覧板は来ないの

犬だけの消防団に参加して仔犬助けて表彰されたい

火事の跡みなでオシッコ掛けまくり任務を果たす犬消防団

死ぬ前に思いたいこと「コーヒーの紙フィルターを買っとかなくちゃ」/サキコ  *

死ぬ前のことなど犬は考えない生きることしか考えてない

毒を持つ葉を茂らせて紫陽花は初夏の夕暮れ涼しい顔で

ノンポリの犬などいない犬ならば犬至上主義者に決まってる

あのひとが徘徊老人になったら俺も一緒に徘徊したい

飼い主よ俺の政見放送で手話をやるのはおまえの役目

 

これまでの歌です。

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様式美と現代的モチーフの合体『声/姿なき犯罪者』

「映画は世界を映してる」第5回は、クライムアクションに振り込め詐欺という現代的なテーマを絡ませた韓国映画『声/姿なき犯罪者』(キム・ソン&キム・ゴク監督、2021)を取り上げてます。

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スピード感のあるエンタメ作品。わりと定石通りの展開で、ヒーローはヒーローらしく悪党は悪党らしく描かれていますが、こういうシリアスなモチーフでも、ところどころにちゃんと笑いを入れてくるところが、韓国映画らしいと思います。オチもなるほど。

テキストでは後半「色彩」に注目してみました。ドラマが定型に則ってるように、色彩の使い方もわかりやすく、様式美すら感じさせます。

 

ところで、食料危機の未来を描いたSF『ソイレント・グリーン』(リチャード・フライシャー監督、1973)がデジタル・リマスター版で公開されたそうなので、次回はこれを扱いたいな。未見の方は是非。AmazonPrimeVideoで配信しています。

日本とクルドの間で‥‥『マイスモールランド』

お知らせ、遅くなりました。

「映画は世界を映してる」第4回は、埼玉県川口市に住まうクルド難民の家族を見つめた『マイスモールランド』(川和田恵真監督、2022)を取り上げています。

 

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国家を持たないクルド人のトルコでの分離独立闘争、難民化という、私たちにとっては「遠い出来事」が、幼少時に来日したクルド人家族の少女と日本人の少年との一見どこにでもあるような淡い恋に、次第に重い影を落としていくさまが描かれています。
在日クルド人の難しい立場を浮かび上がらせつつ、対立項だけに捉われない視野を提供してくれる佳作です。

もちろん、昨年あたりから特に激しくなってきた川口市市民とクルド人との軋轢、それを巡る意見や立場の対立についても冒頭で書いており、作品では「加害するクルド人」が描かれてないことにも言及してます。その点で、周辺状況への客観性は保っているつもりですが、それでも昨今の状況から、クルド人への理解を促すようなこうした作品を取り上げること自体に反発、批判はあるかもしれません。

 

題材が題材だけに政治的文脈から逃れることはできませんが、それをあえて一旦置いてこの作品を見ると、まず秀逸な青春映画になっていると思います。
在日クルド人の高校生を演じた嵐莉菜の存在感もさることながら、相手役の奥平大兼のナチュラルな演技がとても良い。二人の間の繊細でみずみずしい空気が手に取るように伝わってきます。

ちなみに嵐莉菜は、母親が日本人とドイツ人のハーフ、父親はイラクやロシアにルーツを持つ元イラン人(日本国籍を取得している)で、この作品ではその実の父、妹、弟が「家族」として共演しています。

身体、それは最後の抵抗の場・・・『バービー』

「映画は世界を映してる」第3回は、アカデミー賞の賞レースにはあまり噛めなかったものの、話題性では昨年の洋画を代表すると言っても過言ではない『バービー』グレタ・ガーウィグ監督)を取り上げています。

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ネット上でも様々な観点からのレビューが出ていましたが、作品の一筋縄ではいかない構造と多様な読みの可能性から、「フェミニズム映画」と見る人、「アンチ・フェミニズム映画」と見る人に分かれていたのが非常に興味深かったです。

それらの反応を踏まえつつ、もう一歩深く踏み込んで書いてみました。ぜひお読み下さい!

 

以下、本文より抜粋。

 

1959年の定番バービー発売以降、この約65年間に、西側先進諸国を中心として女性の地位は向上してきた。あらゆる分野に女性労働者が進出し、女性の起業が奨励され、「女性が輝く社会」といった言葉が流通し、さまざまなジャンルに成功した女性が数多く登場した。

こうした中で先にも触れたように、マテル社は20年ほど前から、現代の多様で個性的な女性像というフェミニズム的なニーズを察知し、「何にだってなれる」という夢と共にあらゆる職業のバービーを世に送ってきた。「さまざまな個性」を基盤とした「多様性」は、現代社会の金科玉条である。

[中略]

現代社会では、人々は「生産する主体」以前に「消費する主体」に位置付けられる。少女たちも”多様”なバービーを消費し、”多様”な夢を見せられる。しかしそもそも、大統領や医師や売れっ子作家から道路工事の作業員まであらゆる職業のバービーをつくったところで、実際には誰が道路工事の作業員として「輝ける」と積極的に思うだろうか。

今こそ見たいパレスチナを知る映画『パラダイス・ナウ』

連載「映画は世界を映してる」第二回は、『パラダイス・ナウ』(ハニ・アブ・アサド監督、2005)を取り上げています。

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パレスチナの二人の若者が対イスラエル自爆テロ要員に選ばれてからのまる二日を、彼らの日常を交えて描いた秀作。

途中からの何とも意外な展開については書いています(普通の作品紹介でも大体明かされている)が、具体的な結末には触れてません。是非お読み下さい!

画像の一番左が主役を演じたカイス・ナーシェフ、隣がその親友を演じたアリ・スリマンです。

テロリストには狂信的な人間像が当てはめられがちですが、ここでは普通の生活者である彼らの日常の延長線上に、テロという政治行動が位置付けられていることがだんだんわかってきます。同じパレスチナ人の自爆テロへの疑問や、彼ら自身の迷いも繊細に描かれます。

さまざまな賞を受賞した本作DVDに併録されている日本語吹替版には、作品に感銘を受けた井浦新窪塚洋介が出演(ただアリ・スリマンの役に当てている窪塚洋介の声があまりに窪塚洋介で、アリ・スリマンが喋るたびに窪塚洋介の顔が思い浮かんでしまいました)。残念ながら配信はないようです。今こそどこかの劇場で上映してほしいものです。

ちなみに記事表題は最初「私たちはテロリストの素顔を知らない|(映画タイトル)」を提案したのですが、編集者によって変更されました。若干刺激が強いのと、「テロリストの素顔」と言うと、今は桐島聡氏が想起されてしまうからかなと思っています。

記事の終わりの方で、『テルアビブ・オン・ファイア』(サメフ・ゾアビ監督、2018)を短く紹介しています。主演は同じくカイス・ナーシェフ(←めちゃイイです!)。イスラエルによるパレスチナ支配の中で、両者の関係をこうしたコメディによく落とし込んだものだと感心します。今ではもう作れないかもしれません。

次回は、昨年もっとも話題になったあの作品を取り上げる予定です(提案が通りますように)。