007以外でのジュディ・デンチの魅力を堪能(「シネマの女は最期に微笑む」更新されました)

『シネマの女は最後に微笑む」第39回は、年金破綻を政府自らが認めた例の件を枕に、『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』(ジョン・マッデン監督、2012)を取り上げてます。2も作られているヒット作。


新天地で自分を生かす、勇気ある老女の「第二の人生」|ForbesJAPAN

 


いろんな事情を抱えたイギリスの中高年男女が、滞在先のインドで試行錯誤しつつ、それぞれの再出発を目指す。そこに、インド青年の企業と恋が絡む群像劇。
コメディタッチでかなり多くの要素が盛り沢山なのに、よくまとめた感のあるエンタメです。


同じ中高年ものでも、前回の『エレナの惑い』の鬱展開のリアリズムと比べると、いささかファンタジーっぽいところはありますが、世代や国籍・人種を越えた信頼や友情の芽生えが、生き生きと描かれています。

特に、老人が若者のサポーターになれるところが、とてもいい感じ。

そして、どんな人にもそれぞれ積み重ねてきたものがあり、老いてもきっかけさえあればそれを再度生かすことができるという、希望のある展開に元気が出てきます。


ジュディ・デンチがやはり素敵ですね。なんせ80歳近くになって15歳も下のビル・ナイに慕われるんですから。ドラマの中で、ですが。

現代ロシアの階層差を静かに告発する『エレナの惑い』(「シネマの女は最後に微笑む」更新されました)

告知遅れました(←いつものこと)。。

映画から現代女性の姿をピックアップする映画レビュー第38回は、アンドレイ・ズギャビンツェフ監督の『エレナの惑い』(2011)を取り上げています。
現代ロシアの階層差や性差の生む問題を、一人の中高年女性の”許されざる行為”を通して浮かび上がらせた、鋭利にしてずっしり重い作品。テキストではネタばれギリギリまで書いています。

 

持てる者に依存して生きるしかない、階層社会の生んだ深い諦観 | ForbesJAPAN

 

エレナの惑い アンドレイ・ズビャギンツェフ HDマスター [DVD]

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冒頭の固定カメラの妙に長いシーン、初めて観た時は「なんだろう、このオープニングは‥‥」と思いますが、最後まで見て深く納得。


誰か特定の人間に感情移入させることなく、淡々と出来事が積み重ねられていきます。

殊更興味深く思ったのは、登場する3人の女性(富裕層のウラジミルを夫にもつエレナ、エレナの息子セルゲイの妻、ウラジミルの一人娘カタリナ)の、所属する階層によって生じたであろう性格のくっきりとした差異。


貧しさに甘んじ夫の言いなりになっているセルゲイの妻には、状況を変えようという意志もうかがえず流されている。

一方、カタリナには、自分の位相に甘えまいとする自立心と、父や社会への反骨的な批判精神がある。
その中間にいる不安定なエレナが、どういう知恵に頼ろうとするかが後半見えたところで、「それしかないのか」「ないんだろうな、やはり‥‥」という気分になる。

 

傑作です。未見の方は是非!

 

「間違ったバスに乗っても正しいところに着く」(「シネマの女は最後に微笑む」更新されました)

映画から現代女性の姿をpickupする「シネマの女は最後に微笑む」第37回は、『めぐり逢わせのお弁当』(リテーシュ・バトラ監督、2013)。


「弁当」をめぐる手違いが妻に与えた不安と勇気 | ForbesJAPAN

 

めぐり逢わせのお弁当 DVD

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ほっこり系の邦題にちょっと引く人もいるかもしれませんが、内容にはマッチしています。ミュージカルシーンも大団円もない、しみじみくるインド映画。バトラ監督の初長編作。
インドの都市の弁当配達システムが、なかなか興味深いです。これはうまくできているなと感心。そこである日起きた誤配が、やがて一人の主婦に「正しいところ」を指し示してゆく。
ロマコメかなと思っていると、ユーモアの中にほろ苦い展開が待っています。


インドのポピュラーなお弁当箱でしょうか、大きな水筒のような円筒形で、四段重ねになっているのに惹かれます。
カレーとご飯と煮物やサラダなどのおかずにナン。スパイシーな香りが漂ってきそうで、観ていると絶対カレーが食べたくなります。


女性に焦点を当てているこの連載ですが、内気な中年男サージャンを演じたイルファン・カーンが素敵です。この人が主役と言ってもいいくらい。最初は陰気だけれども、あれ?こんなチャーミングな人だったんだ‥‥と魅力が徐々に開示されていくさまが見どころです。「現役感」が強いので、老いを意識する役としてはもう少し老人っぽくても良かったかな。

本文では触れていませんが、途中で垣間見える主婦イラの母親の人生と、サージャンの部下の青年シャイクのサイドストーリーも、この大人の物語に陰影を与えています。未見の方は是非。

 

男も女も「女」を愛する(「シネマの女は最後に微笑む」更新されました)

こちらでのお知らせ、また数日遅れです。。
映画から現代女性の姿をpickupする「シネマの女は最後に微笑む」第36回は、フランソワ・オゾン監督の『彼は秘密の女ともだち』(2014)を取り上げてます。原題は「新しいガールフレンド」という意味。邦題はやや内容に踏み込んでます。

邦題やDVDジャケットからコメディっぽい印象を受けますが、そういう要素もあるもののコメディではありません。親友を失った女性がその夫(秘密の女ともだち)との関係性を通して、次第に自分の真の欲望に目覚めていく姿を描いています。


異性愛規範を超えて、女が自分の本当の欲望に気づく時 | ForbesJAPAN

 

 

 


本連載でトランスジェンダーの映画を取り上げるのは、『ヘドウィグ&ザ・アングリーインチ』、『ナチュラルウーマン』に次いで3本目。本作は、異性愛者として生きてきた女性の視点から描いているのと、「幻影の支配とそこからの脱却」というテーマがオゾン監督らしく感じます。

主人公の女性の「普通」さ加減が親しみを感じさせるとともに、話がどのように転んでいくのか先が読めそうで読めないので、かなり大胆な結末に驚かされます。

”男も女も「女」を愛する”を地で行く物語。(テキストは例によってネタばれに配慮していません)。


ところで2ページ目の終わりの方、「ドラァグクィーン」と書いたのに、編集の方で「ドラッグクィーン」に直されているのに後で気づきました(今は修正されています)。
英語表記は同じdragなのですが、日本語での「ドラッグ」(薬)という表記と区別して「ドラァグ」(裾を引きずるという意味で女装を表す)と書くのが普通かと思います。発音としてもこちらのようです。


ものを書き始めた頃、こちらの表記ミスはほぼ100%チェックされるものと思っていましたが、編集者も人によって知識の偏りがあったりして、どうしても穴は出るということがだんだんわかってきました。特に「ドラァグクィーン」は、クィアやセクマイ文化に関心がないとピンとこないと思います。

戦争のトラウマが女にもたらしたもの‥‥『サラエボの花』(「シネマの女は最後に微笑む」更新されました)

映画から現代女性の姿をピックアップする「シネマの女は最後に微笑む」第35回は、『サラエボの花』(ヤスミラ・ジュバニッチ監督2007)。シングルマザーと思春期に入った娘との関係性を通して、90年代前半に起こったボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の大き過ぎる傷跡と再生を描く秀作。ベルリン国際映画祭金熊賞をはじめ、世界中の映画祭で数々の賞を獲得しています。


映画で知るボスニア紛争 悲劇と葛藤を超える母娘のストーリー|ForbesJAPAN

 

サラエボの花 [DVD]

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言語や文化を共有する民族間の宗教の対立から始まったボスニア紛争。それを題材にした映画は『ノー・マンズ・ランド』(傑作!)や『ウェルカム・トゥー・サラエボ』など幾つも撮られていますが、日本と直接的な関係性が薄いこともあり、紛争それ自体はほぼ忘れ去られている感があります。当時のセルビア人指導者の裁判という、ちょうどこの映画を取り上げるきっかけがあったので書きました。

 

未見の方へ。母娘の日常を描きつつ、ミステリー的な要素が含まれています。ボスニア紛争で女性達に起こったことを知っている方は、途中でおおよその予想がつくかもしれません。テキストはネタばれには配慮していませんが、出来事の真相を知った上で観ると、細部をより一層深く味わえると思います。
娘のサラを演じたルナ・ミヨヴィッチがボーイッシュでとてもキュートです。

イタくてキュートな松岡茉優を100%堪能する(「シネマの女は最後に微笑む」更新されました)

卑近な事情で、こちらでは数日遅れての告知です。
映画から現代女性の姿をpickupする「シネマの女は最後に微笑む」第34回、更新されました。今回は、松岡茉優がヒロインを好演して話題となった『勝手にふるえてろ』(大九明子監督、2017/原作:綿矢りさ)。


拗らせ系妄想女のファンタジー世界に侵入する「他者」とは | ForebsJAPAN

 

勝手にふるえてろ [DVD]

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桐島、部活やめるってよ』で「何、誰、この子」と注視してからずっと追っている松岡茉優、今さらですが、うまいですね。表向きはそつなく可愛いけど実は面倒臭い女を、厭味なくサラッとやれる俳優。というか、どんな役もサラッとこなせそうな頭の良さを感じます。
配役も何気なく贅沢で、脚本もいい(原作は未読ですが)。おすすめ。


個人的なことですが、この一ヶ月引っ越しに伴うアレコレで忙しく、DVDチェックと時事問題チェックと原稿書きをゆっくりやってる暇がないだろうなと思った(実際そうなった)ので、ストック原稿を使いました。
なので、今回は冒頭に時事ネタを振っていません。なんとなく一般論から始めています。


タイミングよく時事ネタに絡めるのは案外難しくて、なければシーズンネタ、それもなければ年中使えそうなネタでやりくりしています。
この連載は旧作のみを扱いますが、既に他の連載や書籍で扱った映画は外すことにしているので、だんだん使える作品がなくなってきて、新作がレンタルに降りてくるといち早くチェックしています。これはどう?というのがありましたら、教えて頂けると嬉しいです。
条件は、1. 女性が主人公、2. 現代劇(80年代以降)、3. できれば悲劇では終わらない(「最後に微笑む」)です。

排外主義のテロはテロの名に値しないがそれはさておき(「シネマの女は最後に微笑む」更新されました)

映画から現代女性の姿をpickupする「シネマの女は最後に微笑む」第33回は、先日の東京マラソンのテロ警戒ぶりを枕に、ドイツ映画『女は二度決断する』(ファティ・アキン監督、2017)を取り上げています。
主人公が「最後に微笑」まないのですが、超絶重い内容なのに清々しいと言ってもいい後味が見事です。

 

排外主義とテロの被害者が最後に示す「倫理的」決断 - forbesJAPAN

 

女は二度決断する(字幕版)
 

 
原題は「Aus dem Nichts(どこからともなく)」。ドイツのイスラム系移民とネオナチ、排外主義といった社会背景は比較的あっさり描かれ、家族をテロで失った女性の孤独な闘いの方に密着した視点。ちょっとジェシカ・ラング似のダイアン・クルーガーが圧巻。音楽もとてもいいです。

 

ドイツではナチス時代への反省から亡命申請や移民に寛容ですが、2000〜07年にイスラム系移民を標的にした爆破テロが相次ぎました。当初はイスラム系内部の抗争と見られており、ネオナチグループの逮捕までに時間がかかったため、ドイツ警察における戦後最大の不祥事と言われています。この作品はその事件をモチーフにしているとのこと。

 

それにしても最近「テロ」という言葉がいろんなところで使われ過ぎな気がします。メシテロとかバイトテロとか。「metooはテロだ」と非難したフェミニストツイッターで見ました。
私はテロについては「標的は一般市民だが、内実は国家に対する威嚇・攻撃」という理解なので、排外主義者による外国人を狙った殺傷はテロの風上にも置けないと思っています(テキストのタイトルには使いましたが)。

 

排外主義者は大抵ナショナリストなので、国家を敵視していません。むしろ自分達が国家を守るのだと思っていそうです。しかし80年代までのテロリスト達は、国家権力あるいはそれが依存するところのグローバル資本主義を「敵」と見なしてきました。オウム真理教の事件を境に、何かが変わったのだと思います。

 

日本ではテロリストについて、「罪のない市民を狙う」という無差別殺傷行為の次元ばかりが強調されており、国家を敵視するという次元がスッポリ抜けています。それで「metooは冤罪を生むからテロ」なんていう明後日方向の屁理屈も出てくるのです。つまり日本は平和だということなんですかね。警戒心だけはやたら煽っていますが。