
飼い犬タロになっているつもりで詠む「犬短歌」、2022年下半期の歌です。
まあまあのも今ひとつのも全部上げました。気に入ってる歌の最後には*マークをつけてます(/サキコとあるのは私名義の歌)。俳句も少々あります。
◆七月
夕焼けに薄いグラスをかざしたら彼女のための夏のカクテル *
ニンゲンを語るトークをしますので対談相手募集中です
ワンで飯ワンワン大盛りクンクンでおやつくださいサイゼ方式
おばさんが歳をとったら歩行器という名の機械の犬になろうか
お天気は変おばさんも変だけど どっちもいつものことだったよな
この人は柴犬教の信者です だから勧誘しないでください
傍に行くまで伏せをして待っていたあいつはきっと生涯の友
猫のシャツ着たひとの胸ポケットに小さくなってもぐりこみたい
ふきげんな空ふきげんな俺の腹テッセン二番花白く濡れたり
血の色の向日葵の血の味の蜜啜るキタテハ今宵も暑し
枯葉は蛾になり道路は暗号に満ちて明日はどっちだあっちか
電線の楽譜に音符はないけれど虚空に満ちる世界の音よ *
夏を微分する蝉の声 白墨の線を描いて早朝の便/サキコ
日暮れ時なにかを思い出したかに一声鳴きて蝉絶命す *
何回も会ってそろそろ友だちになれそでなれぬ奴それは猫
真夜中のドラムとシンバルいかしたね稲妻ライトも凝っていたよね
あの人と押し合いへしあいして見てた真夏の夜のカミナリライブ
高原で蝉はホーホケキョと鳴くと彼女が言うのほんとうですか
七月ももう終わりねと空仰ぐひとの靴下夕焼けの色
◆八月
水浴びたこの夏最後のクレマチスいちごシロップ味がするはず
涼求め人はわざわざ山に行き犬は地面を掘ってくつろぐ
腹痛でおやつ食べれずおばさんは可哀想だね代わりに俺が
辛いもの食べてお腹をこわしたのしばらく犬のごはん食べたら
ああ風が来たねと目を閉じ足止めた人と夜更けの夏の香を嗅ぐ
薄荷飴みたいな月を舐めようと夏が長くて熱い舌出す
空仰ぎ「九月にやる」と呟いて急に足取り軽くなる人
あのチワワ盆に帰ってくる時の牛の背中はさぞ広かろう *
原稿を書くのをやめてツイッター眺める背中見るガラス越し
一回もおはぎ作らぬ人生でいいさ自分が選んだ道さ
クレマチス白い二番花終わる日に黒猫に会う空は灰色
きものほど折り目ただしくない君はこうべを垂れてきものをたたむ *
たたんだらたんすにぴたりまとったらからだにそうてきものはやさし/サキコ
あの雲はまだ夏の色鉄橋を歩いて死体探しに行こう *
あの人に小さい頃があったのかなかったのかは母のみが知る
ハミングが聞こえ洗濯ものを干す人を迎えに縁側に出る
鉄線の蔓はやさしく傾いてトンボの体重ぶんだけの秋
たたんでる羽の付け根がかゆいから肩甲骨を揉んでください
大昔チョウだった頃止まったよ君が被った通学帽に
門の外いつも会う子の姿見て戻って来るに賭けたい気分
おばさんと暗くなるまで遊ぶのさ暗くなったらひとりで遊ぶ
八月の最後の三日月雲に溶け舌で溶けるはバームクーヘン
◆九月
生きづらくないか犬より大きくて人より小さい足跡の主
自己のみを恃む生きもの柔らかき土に深々跡を残せり *
キジトラは車の下で世界への不服静かに申し立てたり
耳元でネロって誰か知ってる?とフランダースの子犬が言った *
人間も互いの尻を嗅ぎ合ってやっとわかりあえるようになる
お散歩で誰にも会えなかったから誰か通るのここで待ってる
昨晩の雨に打たれた紫の君の名前は柳葉ルイラ
欠落はないが過剰もない俺のどこから愛は生まれるんだろ
いやうまいいやまずくないこのおやついやねほんとはいつものおやつ
俺の顔拭くの忘れたおばさんのせいで出会いが消えた恨むよ
ヒャクニチソウ上からそっと覗いたらヒャクニチソウもこっち見ていた
百日草みたいな人より秋桜のような女が好きね男は/サキコ
台風で「犬をしまえ」と言うけれど俺は自分で自分をしまえる
一匹のコオロギが縁の下にいて嵐の夜中鳴いてくれたよ
広縁に膝つき「タロちゃんよろしく」と頭を下げるおばさんの母
秋空にぱっと血を吐く吾亦紅 *
根を伸ばし伸ばし切ったら引き抜かれ漬けられるんだぞ千の双葉よ
「グランマと呼んで」と言うけどおば母さん 彼女に子どもはいないと思うよ
おば母さん朝も早よから庭掃除 家政婦さんで来たんですか
おば母はだんだん子供帰りして「カズコちゃん」へと生成変化
◆十月
記憶の香記憶を消す香金木犀/サキコ
親と住み子と住み悩み抱えてる人は柴犬と住むがよかろう
あのひとにお菓子をせがむ老いた母 俺のおやつをわけてやろうか
コスモスや雨に打たれてカオスなり *
おば母の背中はまるい猫の背のまるさとちがうやさしいまるさ
「ルンちゃん」と呼ぶ人「シッシッ」と怒る人 機械相手にどっちもどっち
娘から赤入れされた下書きを見つつ葉書の清書する母/サキコ *
揉め事でお困りですか柴犬を間に入れて話しませんか
ビーフ缶味はチキンと違うけど知っているのは違うことだけ *
ごうごうと訓練機舞う空の下 雲まで伸びるをやめた豆の木
掃除機に乗ってきた魔女・おば母はルンバと犬がいまだに苦手
キジトラの額の縞は昼寝中犬を寄せ付けないためにある
高い高いされた子供が沈む陽に片手を伸ばす火傷するなよ *
「おいしゃさん」NGワードで気を引いて笑う愚かな人間どもよ
散歩行く時君は右 俺左 帰りは逆でいいんじゃないか
瓶の蓋一つ開けれずやれ左翼やれ右翼だのと悩むおばさん
外壁に書き殴られた計算式ここで宿題やってたのかな
◆十一月
秋草は茫々俺の毛も茫々
「うちの犬よく食べる」って戌年のおじさんのこと言っているよね
食べるとこ見せたいんじゃない食べているあいだ一緒にいてほしいだけ
青過ぎる空がまぶしいふたりともこの秋すこし歳をとったね
月に棲む犬たちに聞くこの星はそこからどんな色に見えてる?
薄切りの大根俎板の光/サキコ *
枯れ草の中で泳ぐ犬を見たか
朝日に背向けて一輪だけ冬の方を向いてる丘の向日葵
冷蔵庫開いて閉じて母消える/サキコ *
クッションのかたちに沿って寝ても空く隙間はたぶんおやつ置くとこ
あのひとは俺にタロちゃん探してる俺の知らないかわいいタロを
「当ててみよ」そう黒猫は言うけれど何を当てたらいいかわからぬ
赤い菊白い菊咲く日溜まりにいつか穴掘りきみを埋める日
待っていて落ち葉の下は固い土その下のきみ今助け出す
グッモーニン マイおやつイズ ベリチープ ユアおやつイズ ベリベリデリシャス
笛吹いてイノシシ集めシシ神の森へお帰り言うたらええやん
おばさんはズルいよ犬の名で短歌詠んでいいねは独り占めかよ
十本の脚がこちらにやってくる黒柴二頭と黒ジャージの人
秋薔薇に謎かけられて動けない *
喧嘩しに行く勢いでペダル踏むギターケースを背負った彼女 *
◆十二月
バーボンと間違え油舐めようとしたおばさんはきっと化け猫
国語辞典パタンと閉じて「山茶花という字書ける?」と老母微笑む/サキコ
生きるのに意味なんかない目的もないよ冬より早く走ろう *
真夜中に猫や鼬と喧嘩して傷舐め帰る犬になりたい
すばらしい柴百選に入るのは無理だねここで虹を見ている
強制と自由意志との中間で散歩コースは決定される
おやつじゃないお散歩でもヨシヨシでもない何が欲しいかわからず吠える
吠えてるとおばさんが来る来たとたん何が欲しいか忘れてしまう
「花たちは誰に挨拶しているの?」「雨に打たれてうなだれただけ」
この部屋に来ることはもうないかもと背中で閉めたノブの冷たさ/サキコ
規格外にて捨てられし大根のかたち楽しき師走の畑 *
ギャン泣きで叱られてるどこかのタロよ病院嫌いは俺も同じだ
メダカらは氷の下に我々は氷の上に閉じ込もる冬
垂れ耳の幼犬期遠くなりにけり応挙を見つつ耳の裏掻く
降る雪よ俺以外塗れ白く塗れ
おばさんの車の音で少し鳴く着替える音でまた鳴いておやつもらってようやく黙る
砂色のズボンの君と枯れ草に分け入る誰も探しに来ない *
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