田んぼに落ちた青い靴

はてなブックマーク-「酒を飲み過ぎて記憶がない」という人間を信用できない - 今日はヒトデ祭りだぞ!


エントリーページのいろいろなコメントが面白い。
お酒を飲み始めて数十年、途中からすっかり記憶がなかったのが2回、ところどころ飛んで覚えてないということはたぶん20回ほどはありそう。
後で「昨日、私なんか失礼なこと言ったりやったりしてなかったでしょうか?」と恐る恐る聞くと、「そんなに酔ってたの?しっかりして見えたけど」とか「別にないよ。楽しそうだったよ」と言われるので一応は安心するが、夫には「お前、酒癖悪いよなぁ。もう俺に絡んで絡んで大変だったんだぞ。大概にしてくれ」などと言われたことが2、3回あり、それはよほどストレスが溜っていたのだと言い返したりするけれど、夫も夫で飲み過ぎると正体のなくなる人で、普段は気をつけているのだがある時したたかに酔ったことがあり、悪いことに一緒に飲んでいた私も調子に乗って飲み過ぎて、記憶は飛ばないがいつもと違うおかしな行動パターンになって失敗したことがあった。


夫にお祝いすべきことがあって、仕事帰りに駅で待ち合わせをし二人で飲みにでかけた。2軒目の店で二人ともかなり酔い、機嫌よく店を出たところで夫は足がもつれて転んだ。
そこでタクシーを拾って帰ればよかったのに、私はなぜか公共交通機関で帰るという考えに固執し、ターミナル駅まで5分ほど歩き、電車に乗って最寄りの駅で降り、そこからまた十数分歩くというコースを選択した。ほろ酔いならいいが、飲み過ぎた人にはしんどい道のりだ。
大したタクシー代でもないのに、なんでそうしたのかわからない。酔って思考回路がおかしくなっていたとしか思えない。


私は妙にしゃんとなって(飲み過ぎなのに一時的にそうなることがある)、「さあ、電車で帰ろ」とふらつく夫の腕をガシッと取って歩いた。「ちょっと、もっとゆっくり‥‥」と言うのを「ほら、フラフラしないで」と叱咤。夫はもう酩酊して思考停止しており、タクシーに乗ることも思い浮かばない状態。
半分押し込むようにして電車に乗せ、引きずるようにして降ろし、田舎町の無人駅から十数メートル歩いたところで、夫は座り込んだ。「あかん。‥‥もう歩けん」。
「こんなとこで座り込んじゃダメ」と言って無理矢理立たせ、夫の鞄を持ち、肩を貸してよろよろ歩いた。さすがにこの時点で、タクシーを呼ばなかったことを後悔し始めた。
田んぼの中の道を家まであと5、6分のところで、夫は糸の切れた操り人形のように再度道ばたに座り込んだ。「もう、無理」。歩いているうちに更に酔いが回って、本格的に足に来たらしい。


いくら夫が小柄でも、私も小柄なほうだし、夫をおんぶして歩くこともできない。仕方がないので、「ここで待ってて。まず荷物だけ置いてくる」と言って、彼の重たい鞄を肩にかけて走った。ようやく、なんか夫に悪いことをしてしまったという気持ちが沸き起こり、酔っているのに全力で走った。
途中で片方の靴が脱げて宙に飛んだ。あっと思って振り向くと、道には転がっていない。田んぼの中に落ちてしまったようだ。
すぐさま膝をついて、落ちたとおぼしきところを覗き込んだ。街灯はまばらで暗く、闇をすかして見たが何も見えない。困ったな‥‥いやいや、靴なんか探している場合じゃない‥‥と思い直し、片足は靴下のまま家まで走った。
荷物を置き、スニーカーに履き替えて夫を迎えに行き、抱きかかえるようにしてやっとのことで帰宅した。


翌日、無理を強いたことを夫に謝ってから(向こうは何も覚えてないようだった)、靴を探しに行った。だが稲穂がびっしり垂れていて、下のほうが見えない。手も届かない。そもそも酔っていたので、どのあたりで靴が脱げたのかも、今となってはあまりはっきりしない。
田んぼを覗き込みながらウロウロと行ったり来たりし、相当不審者っぽい感じになったところで、私はとうとう諦めた。もうあの靴は随分履いたし、寿命だったことにしよう。ラメの入った青い布製のペタンコシューズで、高いものではないがお気に入りだった。でもしょうがない。家に片方だけ残った靴も捨てた。


それから一ヶ月。
犬の散歩をしている時、すっかり刈り入れの終わった田んぼの端っこに、藁に混じって、泥まみれになった私の青い靴がポツンと転がっているのを発見した。稲刈りの後、田んぼを掃除してそこにゴミを集めたのだろう。それが空き缶や紙くずならまだしも、女性ものの靴なのがちょっと異様な感じだ。自分の出来の悪い答案用紙が廊下に張り出されているのを見つけた気分になった。
童話では、お城の階段で脱げてしまったガラスの靴を王子様が拾ってくれるが、現実では農家の人が中年女の靴を「なーんで靴の片っぽ落としていくかね。どんだけはしゃいどったんかね」などと思いながら田んぼの隅に寄せるのだ。ああ恥ずかしい。


犬が私の靴の匂いを嗅ぎまくり、咥えておもちゃにするのをやめさせるのに苦労した。今は昼間だから、夜になってから取りに来よう。深夜、紙袋を持って靴の回収に行き、燃えるゴミと一緒に出した。記憶を失くすのも嫌だが、靴を失くすというのは、その見た目からしてももっとも間抜けな失敗である。
それ以降、稲が刈り取られた田んぼ沿いの道を通る度、自分の飲み過ぎで捨てられた青い靴のことを思い出し、後悔と後ろめたさで胸がチクチクとなる。



●追記
大学生の頃、池袋に住んでいたのだが、大学の友人たちと御徒町で飲んだ帰りに終電の山手線の中で眠ってしまい、ハッと気付いて急いで飛び降りて(なぜか)改札も抜け、駅の構内もずんずん歩き、いつもの出口から出て歩いていて、なんだか風景が違うなぁと感じ始め、間違えて反対側の出口から出ちゃったのかなと思い、たまたま犬の散歩をしているおばさんがいたので、「あのー、池袋の南口ってどっちですか?」と尋ねて、「えっ! ここ、大崎ですよ」ともの凄く驚かれたことがある。そりゃ驚くだろう。私も驚いたが。ちょうど仮眠をとっているタクシーを見つけたので、起こして池袋まで帰った。運転手さんに話したら、「そりゃあ高くついちゃったねぇ」と言われた。間抜けなのは昔からなのだった。