カストリ雑誌の付録

義父宅で片付けの手伝いをしていて見つけた。義父によれば警察署に勤めている時に誰かにもらったものらしい。
裏には「眞相実話・十二月号・別冊附録」とあり、ビアズリーを真似たようなイラスト。掌サイズ。紙質も印刷も粗悪。


 


『眞相実話』は、戦後数多く出版されたカストリ雑誌の一つ。ネットで検索したらトランスジェンダーで性文化の研究者、三橋順子氏のサイトが上がってきた。

『眞相実話』は昭和24年(1949)5月創刊で、出版社は東京千代田区富士見町の「眞相実話社」。


B5版薄手が主流だった「カストリ雑誌」に対して、半分のハンディなB6版で、頁数が150〜160頁とかなり厚みがある。
定価は別冊共で60円。


表紙に「特ダネ実話雑誌」と銘打っているように、取材力を売りに、それまで盛行していた「猟奇雑誌」「暴露雑誌」とは一線を画そうとしていた。
表紙も他誌に比べると地味だが、でも、やっぱり内容はエロ・グロ中心。

1950年代に主流になる「実話系雑誌」の先駆の雑誌だが、いつまで刊行されたか不明。

(http://zoku-tasogare-sei.blog.so-net.ne.jp/2012-09-20-5


噂の真相』みたいなものだったのかな。


1ページ目。「犯罪隠語辞典 附 通り符牒集」。

一、本書は防犯の目的を以て編纂したものですからこゝに出て来る隠語を盛り場や人混みの中などで耳にした時は警戒なさらないといけません。
二、犯罪者の常用隠語はまだまだありますが、本書には日常語化されている隠語のみを集録しました。お氣付きの點があつたら御示教賜はらば幸甚です。
三、巻末の通り符牒集も業界全般にわたるべきでしたが、何分小冊子のことですから、我々の日常に関係の深い業者の符牒のみにとゝ゛めました。


妙に丁寧な言葉遣いがおかしい。防犯目的と銘打ってあるのは建前で、一般人が”裏社会のトリビアルな豆知識”みたいものに猥雑な興味をそそられがちな点を当て込んだものだと思う。


隠語そのものより、隠語が指し示す言葉や意味が時代を感じさせて興味深い。以下、()内は私。
・板の間 - 風呂屋で衣類専門に盗むやつ。
・うちこみ - 不良などが盛り場で女の袂に手紙を入れ、関係をつけること。
・お輕買い - お輕はカンザシのことでそれを買ふのだから盗むこと。(意味わからない)
・おうりん - 博徒の親分。
・おしち - 八百屋お七から來たもので、放火すること。
・お染師 - 土蔵破りで娘師に同じ。(「娘師」の項目なし)
・角袖 - 明治時代の刑事が角袖の衣類を着ていたから。(「袖の下」もここかららしい)
・下駄目 - 下駄の目が三つあるところから三の代名詞で、三圓、三十圓といふように金勘定に時使はれる。
・しま - 貸座敷、女郎屋のこと。
・島田娘 - 品物の澤山入っている土蔵。(「土蔵」を若い娘に例える言葉は他にも)
・十三屋 - 櫛屋のこと。九と四で十三になるから。
・甚五郎 - 左甚五郎の作から來たもので猫のこと。
・瀬降り - 山窩の住居から轉じて潜伏している場所をいふ。
・たきだし - 掏摸が目星をつけた人のポケットや袂にわざと煙草の吸殻を投げこみ、相手が騒いでいるうちに仕事をする手口。
・ちやらふいた - 仲居や酌婦と関係すること。
・ちやらん - 帯や細紐のたぐい。
・にやん - 屋根伝いに逃げる、猫そのまゝだから啼聲をとってかくいふ。
・水揚げ - 土蔵から盗んだ品物。
・むかで - 汽車。形が百足虫に似ているから。
・るびつき - 嬰児を背負っている女、活字にふってあるルビから來たもの。


犯罪は掏摸、万引き、詐欺、恐喝、賭博関係。金時計、土蔵、風呂屋、貸座敷、株取引、襦袢が何度か出てきた。がせ(嘘)、しゃり(飯)、かりこみ(一斉捜査)など、刑事ドラマなどで聞いた言葉も。
こういうのを見ていると私は、戦後間もない時代背景で書かれた京極夏彦の『姑獲鳥の夏』以下のミステリを思い出す。戦前、戦中が濃い影を落とす戦後復興期。



最後の「通り符牒集」にはさまざまな職業名が並んでいる。薬種商、女給、雑穀商、車夫、繪具商、煙草商、木綿商、銀座露天、待合女中、足袋商など、今はない職種、あっても別の言葉に置き換わった職種の名も。
眺めていたら今度は、小津安二郎の『長屋紳士録』(1947)を思い出した。飯田蝶子金物屋のおばさん、笠智衆八卦見、河村黎吉が飾り職人(だがほとんど仕事なしで古着商みたいことをしてた記憶)で、坂本武は着物の洗い張りをしていたので悉皆屋かな。でもホース頼まれてたから何でも屋か。


『眞相実話』も『長屋紳士録』も、私の生まれる10〜12年ほど前の話。
そこにあっただろう「猥雑」と「貧乏」の匂いを私は知らない。