電車の中で

仕事の帰り、夕方のラッシュで混み始めたJRの四人掛けシートに運良く座れた。
前の席は若い女性と、週刊誌を読んでるサラリーマン風の男性。
そして隣は、まだ2ヶ月くらいの赤ちゃんを抱っこ紐で前に抱え、さらに大きめの手荷物を持ったお母さん。


スマホを見ていたら、赤ちゃんの足が動いて、私の肘をちょっと押した。即座に母親が小さい声で「すみません!」と言った。「いいえ」。
そんな気にしなくてもいいのに。


そのうち、赤ちゃんが「えぇえええ〜」と声を挙げ始めた。前の男性が週刊誌から顔を上げて、チラッと母子を見た。
母親は赤ちゃんと荷物を抱えたまま立ち上がり、「はいはいはい」と呟きながら赤ちゃんを軽く揺すり始めた。ずーっとその状態で立ち続けている。


なんだか気の毒になってきたので、「どうぞおかけになって」と言ってみた。「誰も気にしてませんよ。子どもは泣くものだから」。
「こうしてれば寝ますから」と、お母さんは言った。「おねむなのね」と私も言った。
赤ちゃんが静かになって、彼女は座った。


しばらくして、また赤ちゃんが泣き出した。お母さんは反射的に立ち上がって、また揺すり出した。「長期戦」を覚悟したらしく、今度は座席に荷物を置いた。
「ぇえ〜、えええ〜〜〜」「はいはいはいはい」。


赤ちゃんの泣き声が周囲の人に迷惑をかけると気にして、そうするのか。ぐずり出した赤ちゃんを寝かしつけるいつもの行動として、そうしているのか。
私にはわからない。再び「おかけになって」とも言えなかった。大変ですね‥‥‥ほんとに大変ですね‥‥‥と、下を向いたまま胸の内で繰返すだけ。


ようやく赤ちゃんが眠りについて、お母さんは座った。降車駅に着いて、私は下車した。
「おせっかいなおばさんがいたわ」と思われてないかという気持ちに囚われながら、ホームの階段を降りた。