男子にはなれない ● 第六回 ● コスメ教国名古屋事情

痛恨の一万五千円

『女性自身』6月14日号の記事「名古屋嬢「美の執念」ここまでスゴイ!」によると、一ヶ月あたりのスキンケア支出額は、愛知県が全国でダントツのトップである。  
データは資生堂が発表した「生活者と美の白書 '05年版」で、対象は15歳から69歳。一ヶ月3648円の全国平均に対し、愛知県は4168円で15%も多い。二位が大阪府(3827円)、東京都は平均以下の3334円。


なぜ愛知県がダントツであるかは、名古屋嬢の平均年収が全国一だからではもちろんない。最近様々な媒体で盛んな名古屋分析にもあるように、全国の都市では今のところ唯一景気が順調なこと(「トヨタ万博」のお陰である)と、成人女性の親との同居率が高く、生活費が必要ないので美容、オシャレ方面に散財できるためだ。
確かブランドもの所持率も、全国一のはずである。日本はルイ・ヴィトンの世界売り上げの4分の1を担うが、そのうちの半分が名古屋。名古屋の女性の四人に三人がルイ・ヴィトンを所有。名古屋人の私から見ても、真性の名古屋嬢(家が裕福なお嬢様)と中流クラスの一般名古屋嬢との違いは、ぱっと見では判断できない。


しかし月四千円もスキンケアに出費すると、年間で五万近くかかる。メーク代も入れれば7、8万。顔面にお金かけたら当然「名古屋巻き」もキープせねばならず、美容院代はおそらく化粧品代の二倍以上。てことは、首から上だけで年間平均25万近い出費。
平均だから、どこでも起こっている「二極化」が名古屋の若い女性の上にも到来していると考えると、真性名古屋嬢や名古屋マダムの方々は、おそらく年間軽く50万くらいは首から上に出費しているに違いない。
そういう中で、一本二万から五万もするような高価な美容液やクリームが、「飛ぶように売れている」(女性自身/資生堂松坂屋本店の人の話)。


年間50万。下手したら、二人分の一年間の食費(内食)が賄える。つまり、嬢一人が化粧と「名古屋巻き」をやめたら、二人の人間を365日間飢えさせなくて済むのである。マダム一人が五万の美容液一本買うのをやめたら、二人の人間を36日間飢えさせなくて済む。
こんなちまちました計算してみても仕方ないが、これと思ったものには思い切って出費し、締めるところは締める堅実派(見栄っ張りなくせにケチ)と言われる名古屋人だ。おそらく食費や光熱費を倹約してでも高額化粧品につぎ込むのが、「美の執念」であろう。


その記事で名古屋出身タレントの大東めぐみは、「名古屋で売れれば全国で売れる!」「名古屋の消費動向は全国のバロメーターになる」(よく言われている)と自信満々。
高い化粧品に出費はするが、百円均一ショップで「ご飯のつかないしゃもじ」の価格以上の価値を見抜いて買う、という堅実ぶりもアピールしていた。
 

名古屋嬢が話題になった頃は既に中年で、マダムの購買力もない私であるが、化粧はする。ドラッグストアで安いものを買うので、スキンケアとメーク用品合わせて一ヶ月平均千五百円くらい。この二十数年だいたいそんな感じだ。美容液一本に数万も使うなんて、プッ、アホじゃないですか?
‥‥‥いや正直に書こう。40代の初め頃魔が差して、高島屋名古屋駅店のクリスチャン・ディオールで、一万五千円の「アンチ・エイジング」のクリームを買ってしまったことがあった。雑誌の記事に洗脳されて。「この老化を少しでも食い止めねば」という藁をもすがる思いで。


デパートの化粧品売り場のカウンターに立ち寄るのは、それが生まれて初めてであった。普通はゆっくりと新作口紅やらアイシャドーやらを眺め、売り場の美容アドバイザー(完璧メークが人を怯ませる)に「最近毛穴が気になって‥‥」とかなんとか相談したりしつつお買い物をするのであろうが、場慣れしてない私にそんな余裕はない。
少し離れたところから「アレだ」と目標を見定め、ササと一直線に歩み寄って「コレ下さい」と要望を伝え、速やかに金品の交換を済ませ、他の商品を勧められないうちにササと一目散に立ち去る。


そのつもりであったのだが、立ち去る寸前に
「ご利用は初めてですか」
「はい」
「カードお作りしましょうか」
「はい」
という思いがけないやりとりをしてしまい、気づいたら顧客名簿に名前と住所を記帳しディオールのメンバーズカードを作ってしまっていた。
完璧メークの名古屋嬢に対して、「いえ、結構です」という毅然とした言葉が出てこなかったのである。情けない。


それからしばらくの間は毎シーズン、ディオール高島屋名古屋駅店から新作情報のダイレクト・メールが届いていたのであるが、それきり一度も行かなかったので一年あまりでぱったり来なくなった。
来なくなってなぜかほっとしたが、カードは未練たらしく三年くらいサイフの中にあった。使いもしないのに。レンタルビデオ屋のカードと色が酷似していたので、間違って出してしまうことがよくあった。
肝心のクリームは、もったいながって一日おきにしか使わなかったためか、効能のほどはよくわからない。
「見栄っ張りなくせにケチ」と言われる名古屋人のマイナス面は、非名古屋嬢においてはこのようにショボい話になる。

「いいものは高いもの」

ところで化粧品というものは、なかなか減らない。毎日朝晩使うスキンケア関連は別として、パウダーファンデーションなど、もう二年も同じものを使っている。雑誌を見ると、開封して一年経った化粧品は酸化が進んで変質するので、捨てた方がいいと書いてあるが、半分しか使ってないので捨てられない。
そもそも一年ごと、いやシーズンごとにファンデーションや口紅を買い替える人は、どういう使い方をしているのか。まさか近所のコンビニ行く時でも、メークして行くのではあるまいな。 


名古屋人はして行くというのである。以下は『女性自身』に掲載されていた「名古屋出身のファッション記者」の話。

名古屋人は『家から一歩出ると公式の場所』という考え方をもっています。たとえそれがコンビニに行くときでも。つまりスッピンで外に出るということがないんです。私は東京や大阪出身の人が、ノーメークで近所に出かける姿を見たときはカルチャーショックを受けました。(以下略)

私もカルチャーショックを受けた。私の場合、仕事か人に会う時以外はスッピン。コンビニなんかもちろんスッピン(別にスッピンに自信があるわけではない)。地元の友人なども、だいたいそうだ。私の周辺だけが名古屋的には間違っているのかもしれない。  
考えてみると、母は毎朝化粧をしていた(毎日スーパーに行くから)。化粧なしで外に出るなど、裸で歩くようなものだと言っていた。そういう母親の言いつけをきちんと守っている女子だけが、嬢になる資格を得る。


しかし、「名古屋人は『家から一歩出ると公式の場所』という考え方」は、私の経験上どう考えても間違いである。たとえば、電車の中で化粧している女の子は、名古屋でもたまに見る。  
こないだもJR東海道線の満員の列車内で、加藤あい似の女子が下地からファンデ、シャドー、マスカラ、口紅までを、すいすいやり遂げているのを目撃した。電車の揺れをものともしない高度な技。慣れているのであろう。カーラー巻いている女子を見たこともある。


茶店でオバさんの集団がえげつない大声で喋っているのは、名古屋の当たり前の風景である。名古屋郊外の若干ガラの悪い土地では、それは更に酷くなる。若い女子でも集団となると、そうなのである。
オジさんが注意しないのかと言えば、いくら喧しくても週刊誌を読んでいる振りをしている。ヘタに注意したら、集団に一斉にガンつけられて怖い。
中華料理店のお座敷で、いきなり子供のオムツを替え出した場面に遭遇したこともある。名古屋のオバさんやお婆さんは、いつもバッグの中に飴やピーナツや一口ういろうを常備しており、疲れるとそこらのベンチにハンカチを敷いてお茶タイム。
「家から一歩出ると公式の場所」? とんでもない。家から一歩出ても茶の間。一万歩出てもウチの茶の間。それが名古屋人のスタンスだ。


話は名古屋嬢のことであった。
彼女たちが高価な化粧品にこだわるわけを、大東めぐみが件の記事の中で語っていた。
「それは簡単。だって『いいものは高いもの』だから。特に化粧品は一万円以上するものもありますが、そういうものってやはりお肌にいい。自分への投資ですね」 
一万円以上する化粧品を何年も惜しみなく使い続けてその効果を実感している人は、大抵こう言うのである。いいものは高い。でも、いいものはいい。いいものを長く使うのが私のポリシー。
一万円以上のクリームを一個ちびちび使って効果を実感できなかった人間は、「はあそうですか」と引き下がるしかない。


しかし「化粧品の原材料自体は安い。クリームが数十円、口紅にいたっては数円である。これに容器や箱代を加えても、製品原価率は40%。化粧品の価格を数千円にまで押し上げているのは、ハデな広告宣伝費と売り場に派遣される美容部員の人件費だ」(『図解[儲け]のカラクリ』 インタビジョン21編より)。百均のしゃもじで賢い買い物した気になってても、何にもならない。
しかも高級ブランドコスメも安い化粧品も、ほとんど成分は変わらないらしい。安物は粗悪品というイメージを、高級化粧品メーカーが作り上げてきたのである。大東めぐみもまんまとその罠にハマっているわけだな(私も一回ハマったが)。


有名な美容ジャーナリストが、ファッション雑誌に書いていたことを思い出した。
高いスキンケア用品を買ったら、「効くぞ効くぞ」と念じて使いなさい。そして「必ず効いてくる」と信じなさい。「これを使い続ければきっとさらに効果が」と夢見なさい。
一万円のクリームをただ塗っても、実効性は期待できません。高い化粧品というものは、念じ、信じ、夢見るメンタル効果が重要なのです。一万円でとびきり優雅な夢を買ったと思えば、安いものです(安かないよ!)。


コスメは、女の信心(藁をもすがる思い)によって成り立っているエセ宗教である。熱心な信者が多く、上納金が全国ダントツなのが、愛知県。マインドコントロールに手を貸しているのが、広告業界と莫大な広告掲載料で潤う女性雑誌。
どいつもこいつもコスメ教のグルである。

名古屋嬢のビジネス

さて私が注目するのは、大東めぐみの「自分への投資」という言葉だ。オシャレもスキンケアも自分への投資。ファッション誌などでもよく見かけるセリフである。
一頃は、働いている女がちょっとお高いアクセサリーやエステやグルメや旅行にお金を使うのを、「(よく働いた)自分へのご褒美」と称するのが流行った。そこには、分不相応の消費の微かな後ろめたさを「ご褒美」という言葉で払拭したいというやや下手な気持ちと、自分が働いて得た金を使いたいように使うのだという気負いが滲み出ていた。


「自分へのご褒美」という女の言葉を耳にするたび、夫は「ケッ」と言っていた。
「なにが「ご褒美」だ。なにを気取ってやがる。たまには贅沢したいってだけだろが。だったらそう言え」
どっちにしたって消費には変わりないのに、どことなく言い訳がましいのが気に入らないと。
確かに男はあまり使わない言葉だ。給料日に少し高い鮨屋に入ってみたり、一念発起して車を買い替えたりするのを「自分へのご褒美」とは言わない。働いて手にした金なんだから当然のものとして使う。
しかし女は長らく男から与えられるのが普通であったので、ようやく自力でそれが可能になると、つい「ご褒美」などと謙虚だかナルシシズムだかわからない言葉を使ってしまう。男にねだらねばならない立場の女と自分との差別化を図るために、使っていたのかもしれない。


「自分への投資」に、そういうややこしさはない。もっとドライでビジネスライクである。「投資」と言うからには、「元をとる」計算がある。
大東めぐみであればまずは、細々としたタレント生命を長らえさせるための「投資」のつもり。名古屋嬢であれば、もちろん玉の輿婚のための「投資」。どっちもビジネス。
高い化粧品代は、ビジネス成功のための必要経費なのだから、削減するわけにはいかないのである。
名古屋嬢の「美の執念」は、「結婚への執念」だ。年間50万の美容投資で、ハイクラスの勝ち犬生活が手に入れば、十分元はとれるのだろう。「堅実派」の名古屋嬢は、化粧品と同様、男も「いいものを長く使う」主義。そして「いいものは高いもの」。
 

そういう主義に合致する相手は、どれくらいいるのか。
厚生労働省が2003年に25歳から34歳の独身男女を対象に調査したところによると、東京の独身女性の39.2%が、結婚相手に600万以上の年収を希望。それに該当する男性は、この年代で3.5%しかいない。400〜600万を希望する人と合わせると女性の66%に上るが、該当する男性の方は合わせて23%。
単純計算して、適齢期の女性の43%が理想の(年収の)相手が見つからず、結婚に踏み切れないことになっている。いくら景気がいいと言えども、同じようなギャップは名古屋にもあるだろう。
 

しかし名古屋嬢の場合、結婚前まで親と同居、結婚後は相手の親と同居となるパターンが多い。親の持ち家と経済力に守られて、夫の年収が600万以下(名古屋の25〜34歳のサラリーマンの平均年収は420万)でも、結構なコスメティックライフが送れるのである。
だから、嬢たちの就職意欲は低い。
「就職なんかしたら、お嫁のもらい手がなくなっちゃうもん♪」(『名古屋嬢の謎・勝ち犬の法則36』木下小福/著より)
結婚というビジネスに真剣に取り組まねばならないのに、あくせく仕事なんかやってられません。男みたいに働いてたら、男が寄ってきません。
男子にはなれないという諦めなど、爪の垢ほどもない(ちなみに上記の本は、名古屋嬢を恐ろしいほど賞賛している)。


いくら自立を説いてもそっち方向に流れていきそうな女子が、私の行っている大学や短大にもゴロゴロいる。
結婚相手に求めるものは、一にも二にも経済力。専業の傍ら趣味程度のお仕事ならしてもいいという人生設計が、19歳にして出来上がっている。19歳にしてプロ並みの化粧の女子もゴロゴロと。
ジェンダー入門の講義をもってまだ3年目の私であるが、自信をもって断言する。
「名古屋でジェンダーフリー教育が成功すれば全国で成功する!」「名古屋のジェンダー動向は全国のバロメーター」。
 

親の全面援助をバックに「お支払いはお母様」の優雅な独身生活を満喫し、短大卒業して「年収600万以上」と御婚約したりする山の手在住のリッチなお嬢様は、もちろんほんの一握りだ。
問題は、そういう高めのイメージに洗脳されて、親がそう裕福でもないのに俄お嬢になりきっている脳天気な女子である。万博絡みの名古屋ブームで全国的に注目され(ていると思い)、無根拠な自信と自意識を膨らませてしまったコスメ教信者たちである。


自立を望まない彼女たちは、「自分へのご褒美」に酔える負け犬にすらなれない。わずかな収入を服と美容につぎ込み、理想の結婚相手を探し続ける名古屋嬢は、親の資産を食い潰す名古屋老嬢への道を歩むだろう。
どれだけ投資しても回収不可能かもしれぬ、という現実を直視できないフルメークの老嬢予備軍が、コスメ教国名古屋の栄華を支えている。


(初出:2006年6月・晶文社ワンダーランド)