「どうしたら親を説得できると思う?」

大学で一年生の女子学生に愚痴をこぼされた話。


彼女は自宅からの通学に、片道一時間半かかる。親から小遣いをもらってないので、週の半分以上夕方から夜11時までバイトしてから、一時間半かけて帰宅する。だから寝るのはかなり遅い。それでしばしば朝起きられず、一限目の授業に遅刻したり欠席したりしている。
帰ってお風呂に入って明日の支度をして寝るのが仮に2時として、7時半前には家を出なければならないから、起床は遅くても7時。若いんだし5時間ぐっすり寝れば大丈夫じゃない?と思ったが、無理なようだ。
親には「学校の近くに一人暮らしさせてほしい」と言ったが、「そういうことは大学出て自分で稼げるようになってから。バイトのせいで起きられないんだから、そのバイトを辞めなさい。地元で他のバイトしなさい。足りないお小遣いはその都度言えばあげるから」と取り合ってもらえないそうだ。


彼女によれば、そのバイト先ではとても良くしてもらっているので辞めることはまったく考えられず、月7万のバイト収入は、服を買ったり遊びに行くのに必要だという。髪を染めメークもばっちりでおしゃれなとても今風の女の子である。「月7万も遣ってるの?」と聞いたら、「ちゃんと貯金もしてる。もう20万貯めた」と言った。土地柄かそういうところは手堅い。
「バイトのせいで授業に遅刻なんて本末転倒だね。親に小遣いもらったらいいじゃない」と言うと、「そんな、友達と飲みに行くからとか一々理由言ってお金もらうのなんか、絶対厭」と猛烈な勢いで反発された。
「月額幾らでもらうってできないの? まあ7万は無理としても2万とか3万とか」
「いっぺんにくれないの。あんたに渡すと何に遣うかわからないって」
大学生にしてはちょっと子供扱いされてるな。


通学に往復三時間は、確かにキツいだろう。親からすると、自宅から通わせるか一人暮らしさせるかの微妙な距離ではないかと思う。もちろん通えない距離ではないし、一人暮らしをさせればお金がかかる。まだ若い女の子だから‥‥という心配もあるのかもしれない。
娘にしてみると、一人暮らしさえさせてもらえれば、通学時間が大幅に短縮され、遅刻もなくなり、ついでに煩い親からも離れられて、いいことづくめである。
彼女が一番懸念しているのは、前期の出席状況が親に通知されることだ。どうもあまり芳しくない状態らしい。それを親が知ったら、ますます自分の要求を通すことが難しくなる。かと言って親の言いつけに従い、そのバイトを辞めるか別の短時間バイトに切り替えるかして、睡眠時間を確保し遅刻をなくすようにする、という選択は厭なのだ。


「ねえ先生、どうしたら親を説得できると思う?」
と訊かれ、諦めろと言いそうになったが、とりあえず
「後期、とにかく遅刻しないで死ぬ気で頑張って成績上げなさい。その頑張りを親に認めてもらって、もう一度頼んでみたら?」
と提案してみた。
「でもそれだと、そんだけできるなら自宅から通えるって言われる」
いやさ、それを先回りして考える前に、必死になってみるって選択肢は‥‥ないのか。
横で聞いていた別の学生が、
「成績上げるから一年だけ一人暮らしさせてって言ってみれば? 上がらなかったら帰るって条件で」
と口を挟んだ。「うーん‥‥どうかなぁ」とパッとしない表情の彼女に、私は訊いた。
「あなたさ、実は親からあまり信用されていないんでしょう?」
笑いながら、そうだと彼女は言った。
「お姉ちゃんは真面目だから、大抵何でも言うこと聞いてもらえてる。私はダメ。全然信用されてない」
じゃあ、自業自得ということになりますがな。


大学生で、授業に出ている時間や勉強時間よりバイト時間の方が長いケースは、特に珍しくないと思う。生活費や勉強、研究にかかる費用を捻出するべく働いている苦学生もいるだろうが、彼女のようにおしゃれや交遊関係の費用捻出のためのバイトも多そうだ。
「バイトのせいで授業に遅刻なんて本末転倒だね」に彼女は一応頷いていたが、勉強が「本」でそれ以外は「末」のどうでもいいこととは考えていない。おしゃれやメークで遅れを取ったり、飲みに誘われても行けなくなったら、もうおしまいなのである。楽しいことが何もなくなる。それを「学生の本分は勉学であって小遣い稼ぎではないだろうが」と型通りに説教しても、反発されるだけである。
「どうしても説得したかったら、根性と実績を見せるしかないんだよ」と言ったが、どうするだろう。