ピンク・ピンク・ピンク

だってかわいいもん

以前、短大の保育科で図画工作の実技授業を数年受け持っていたことがあった。保育士や幼稚園の先生になる人に、指導案を立てさせさまざまな課題をやらせながら、現場でどういう手ほどきをしたらいいかアドバイスする授業である。
私は保育士の免許などもってないし、幼児向け造形教育の経験もほとんどなかったが、美術学部で実技の授業をしていた関係でその仕事が来たのだった。


ところでみなさんは、短大保育科一年の女子学生というと、どういうイメージがありますか? 
あまり流行のオシャレとか化粧には関心なさそうな、わりと地味目の性格穏やかそうな癒し系の子? 
まあそういう子も一定の割合でいるが、半分以上がギャルとおねえ系である。朝からつけまつげばっちりのフルメーク、巻き巻きの髪、服装は言わずもがな。彼女達も、実習で地元の幼稚園に行ったりする頃にはそれなりの感じになっていくということを知らなかったので、最初は少しびっくりした。


ある時、授業で新聞紙と和紙を使ったハリボテの制作をした。テーマは動物。
そうしたら、二十四、五人いるうちの約三分の一が、うさぎを作った。それもほぼ全員、色がピンク。異様な現象である。
「なんでうさぎにしたの」
「かわいいから」
「なんでピンクなの」
「だってかわいいもん。ピンク大好きだし」
よく見ると、うさぎの耳にリボンがついている。ハート柄のうさぎもいる。いや、かわいいのはわかるんだけども。
うさぎらしい色にしなさいということではなく、自由にしていいとは言った。しかしあまりにもピンクを選ぶ子が多くて驚いた。その年、ピンクが流行っていたこともあるかもしれない。服装や持ち物を見てみると、やはりピンク率が非常に高かった。
ピンクはかわいい。ピンクは女の子の色。将来保育士になる人が、そんな固定化したジェンダー観を子どもに植え付けちゃいかんのではないか。しかし彼女達にとって、ピンク信仰は生まれた時から絶対のものらしかった。トイザラスの女児向けおもちゃ売り場に行ってみればわかる。見事にピンク一色だ。


一度、濃いピンク色のシャツを着て授業に行ったことがあった。そしたらギャル学生に、「先生、大人なのにピンク着るの?」と不思議そうな顔で言われた。ピンクは私たち「女の子」専用の色なのに‥‥と言わんばかり。
ふん、何にも知らないね。
ピンクってのは大人の女が着てこそ映えるもんなの。
小便臭い小娘がちゃらちゃら着る色じゃないの。
若い女の子は甘ったるいピンクなんかではなく、シックな色を着た方が美しさが引き立つと思うのだが、そんなこと言っても聞く耳もたなそうである。


これは名古屋嬢を輩出した名古屋特有の現象かもしれない。最近はそれほどでもなくなってきたが、街を歩いているとピンク好きなそっち系の人が一時期目についた。上品なピンクはお嬢さま、ポップなピンクはギャル、派手なピンクはキャバ嬢か。正直言ってあまり見分けはつかない。
東京に行くと、ピンクピンクした服を着てる人を見ない。私の行く地域が限定されてるせいかもしれないが、どこかに固まってごっそりいるのだろうか。
バブルの頃、ピンクメークというのが流行った。アイシャドーもチークも口紅もピンク系。下手をすると、まるで京劇の役者のようなトゥーマッチな顔になってしまうのだが、結構な人がやっていた。
しかも真ピンクのスーツなんて激しいもんを、普通のOLが着ていたり。今なら大阪のハデハデおばさん向け洋品店くらいにしかない代物だ。
まあすごい時代でした。


今も若い女性向け雑誌では、やはりピンクが大人気のようだ。エビちゃんのイメージカラーもピンク。デート服の人気第一位も「愛され系」のピンク。
男性がなぜピンクの服の女性に目が行くのかを分析してみると、女の子らしい(男はあまり着ない)、甘さや暖かみを感じさせる、バラなどの花を連想させる、などであろうが、究極的にはそれが乳首や女性器を連想させる色だからだと思う。乳首や女性器は必ずしもピンク色とは限らないけど、男性は普通そう思いたいでしょう(えー、異論ありませんか?)。
だから、ピンクの口紅とか、さらにはピンクのリップグロスとかは、かなりエログロいものである。ピンクメークなんて顔全体で女性器を連想させているわけで、エログロの度が過ぎるというものです。

似合う色似合わない色

私は子どもの頃、ピンク色の服を着た記憶がない。いつも紺やブルー、あるいは白や黄色で、ピンクはブラウスの襟の刺繍くらい。
母はローズピンクのブラウスとかサーモンピンクのスーツとか持っていたが、自分が大人になってそういうものを着るようになるイメージはなかった。母は美人だったので似合ったけど、私お父さん似だからたぶん似合わない。


高校一年の時デパートにレインコートを買いに行き、同行した母にベビーピンクのを勧められた。思っていたより抵抗なく着れた。それに気を良くして同じ色のスリムジーンズも買った。私としては冒険だが、友達にも褒められ嬉しかった。
しかし旅行で撮った写真を見て、愕然とした。レインコートはまだしも、ピタピタの薄い色のジーンズがすごい下半身デブに見える。ベビーピンクってよりただのベビーだ。女友達って何でも「似合うよー」とか言うけど、ありゃ嘘だね。
大学生になると、ピンクは「媚態色」だと思うようになった。ピンク色の服なんていかにも「私、女の子よ」って言ってるみたい。なんでわざわざそんな主張をせにゃならん。
で、そういうタイプの女子の例にもれず、私も黒やグレーばかり着るようになった。


一方、二歳下の妹は幼い頃から私より女の子的なものへの憧れが強く、ピンク色の服を着たがった。彼女はオレンジ系が似合うのだが、ピンク=女の子という図式は強力に刷り込まれている。母は「あなたにピンクは似合わない」と言ってなかなか着せなかった。
大学に合格した時、妹は初めてピンク色の入ったスーツを買ってもらった。ワンピースと短いジャケットのセット。全体はグレーで、ジャケットの襟と袖とワンピースの切り替えにピンクの共布の縁取りがしてある。ちょっとピンク度は低めだが、まあ上品と言えば上品なデザインだった。
居間の姿見の前で、妹は至極満足そうだった。
「おねえちゃん、どう思う?」
「いいんじゃない。どこぞの女子大生に見える」
「どこぞって。れっきとした女子大生だよ」
母が私に「ちょっと着てみたら?」と言い、妹は気前良く貸してくれた。
しかしそこで、非常に都合の悪いことが起こってしまった(服がキツくて着れなかったのではない。その頃は私もスマートだった‥‥というより妹の方が体格が良かった)。


妹の服を着た私を見て、母が「あーら」と言った。「やっぱりあなたの方が色が白いから‥‥」。
明らかに失言である。妹が急速に不機嫌になった。そりゃ怒るわな。入学式に着ていくために新調した服なのに、姉の方が似合っていると言われりゃ。「私の趣味じゃないけどね」と私が言ったので、ますます火に油を注いだ。
「もうこんなの着ないっ。ジーパンで行くからいいっ」
「せっかく買ったんだからそんなこと言わないで」
「おねえちゃんが着ればいいでしょ!」
いらないよ、こんな服。
結局、母がもう一着スカートか何か買ってあげるということでようやく決着がついた。
私はその手の服を着ない人だったので、母は一度着せてみたかったのだろうと思う。似合うと言えば、姉も少しは女らしいキチンとした格好をするようになるであろうと。しかし似合う似合わない以前に重要なのは、それを着たいか着たくないかである。私はそんなどこぞの女子大生みたいなピンクの縁取りのスーツなんか、全然興味がなかった。


シンディ・ローパーショッキングピンクのTシャツで歌っているMTVを見てから、私のピンクのイメージはやや変わった。往年のマドンナもファッションにピンクを効果的に使っていた。
ピンクは単にかわいい「愛され系」の色ではない。挑発的な色である。毒もある。一つ間違うと下品になるので難しいが。
「女の子色」とされているピンクは、意外と男性にも似合う色である。
寒色系のジャケットしか着なかった夫は40代後半になって、グレーがかったサーモンピンクのサマージャケットを着ている。そんなもの着たらプロゴルファーか漫才師にしか見えないんじゃないかと思っていたが、そうでもなく意外と普通に着こなしている。これでもうちょっと身長があって痩せていればもっと爽やかだ。
それより驚いたのは結婚当初、バレンタインデーのプレゼントに生徒から蛍光ピンクの海パンをプレゼントされたことである。
「げ、なにこれ」
「シャレでくれたんだろ」
いくらシャレでもこれはなかろう。嫌がらせに違いない。


ピンクは、おばあさんにも似合う。
今、私はピンクをほとんど着ないが、七十過ぎてド派手なピンクのアロハの似合うファンキーなばあさんになるのが夢だ。