『欲望のコード マンガにみるセクシュアリティの男女差』を読む

欲望のコード―マンガにみるセクシュアリティの男女差 (ビジュアル文化シリーズ)

欲望のコード―マンガにみるセクシュアリティの男女差 (ビジュアル文化シリーズ)


こちらのコメントの最後でもちょっと触れたが、レディコミ、TL(ティーンズ・ラブ)、ヤオイ(男性の同性愛恋愛を扱ったコミックの総称として、二次創作作品「やおい」と区別して表記)についての分析を通じて、女性のセクシュアリティ、性欲のあり方を論じている。つい最近出たばかりの本。先ほど読了。


以下、出版社のHPの紹介より。

日本において、女性のための性を描いた恋愛コミックは、一市場を築く商品ジャンルとして確立している。本稿はこれら〈性的表現を含む女性向けコミック〉の比較分析を通し、メディアの受け手である現代女性がどのような作品を望んでいるのか、また、どのようなセクシュアリティ観を持っているのかを浮き彫りにする。そして、男女のセクシュアリティ表現の差異から社会を逆照射する。


【 目次 】
第1章 〈ポルノ〉とはなにか −フェミニズムにおける言説を中心に
第2章 いかにしてマンガを読み解くか  
第3章 男性向けポルノコミックと〈性的表現を含む女性向けコミック〉の概要と特徴
第4章 <視線>同一化する視線と俯瞰する視線
第5章 <物語性>ポルノへの3つの批判からの分析
第6章 <関係性>男性中心的価値構造と〈性的表現を含む女性向けコミック〉


第1章では、ラディカル・フェミニズムによるポルノ批判を復習しつつ、そこにあったポルノを単純に現実の反映とする見方や、日本のフェミニズムでも主流だった「女性向けポルノは男性の性規範を内面化したもの」という見方に疑義が提出されている。
第2章では、マンガ批評の変遷と、メディアとしてのマンガの構造がどのように<性的表現を含む女性向けコミック>を成立させたかが述べられ、第3章では成立、市場、雑誌形態などから男性向けポルノコミックとの比較がなされる。元は修士論文だっただけあって、先行研究を踏まえた記述は手堅い。
第4章では、対象への同一化の視線/関係を俯瞰する視線が、各々のコミックでどのように現れてくるか、図解で示されている。引用図版も多く、多角的で丁寧な検証がされているので読み易い。


最も興味深かったのは、ポルノ批判において指摘されてきた「暴力」「支配−従属」「モノ化」が、レディコミ、TL、ヤオイにおいては複雑にズラされ脱構築されている様を読み解く第5、6章の分析。*1
以下、ヤオイについて論じられた箇所から一部引用させて頂く。

 なぜ<関係性>が重視されるのか。
 ヤオイの二者関係に生じる<関係性>は、「ホモソーシャルな関係」という対等な関係に、権力構造を再び持ち込んだものであった。権力構造は性差別の温床ではあるが、ヤオイに限らず恋愛物語を楽しむ際の大きな要素でもある。なぜなら、権力構造と恋愛が強く結びついているからこそ、そこに立場が逆転するドラマティックな展開や、性規範に沿わない関係のファンタジー、二者関係の駆け引きなどが見られるからである。
 この権力構造を解体しようとする時、二つの方向性が生じると考えられる。一つには、どんな形であろうと「支配−従属」という関係が見られるものは徹底的に排除し、フラットな関係に近づこうとするもの。もう一つが権力構造そのものの存在は不問に伏したまま、その関係をずらしていこうとするものである。
 この分類にあてがえば、ラディカル・フェミニズムがとったポルノ批判は、権力差のないフラットな関係を追求しようとするものであり、ヤオイに描かれる類型は、権力構造のパターンに<ズラし>を持ち込むものだと考えられる。(p.220)

男性向け向けポルノコミックに見られる「性的能動性からの逃避」(引用者注:美少女恋愛もの、ショタ、逆レイプなど)や、ヤオイが描いている権力構造の<ズラし>のような<関係性>への関心は、ポルノ全体に占める割合と比較すれば主流とはいいがたい。しかし、これらはジェンダー秩序に沿った<ポルノ>や、因習的な性規範によって築かれている価値構造からの脱却可能性を示している、といえるのではないだろうか。(p.228)


フェミニズムはロマンティック・ラブ・イデオロギー批判の中で、「恋愛」や「関係性」と性を切り離そうとしてきたが、それによって「<性>は「身体」に留まることを強要され」(p.230)、「関係性」(物語性)から疎外されるのではないか、としている。
この「関係性」からの疎外が、「男性性」(「「物語」のない性愛は、男性のハンター性を叶える構造を生み出してきた。」(p.232))に囚われる男性自身を追い込んでいるとの指摘も重要だと思った。
ロマンティック・ラブの物語が女性を束縛する側面のあることを警戒しつつも、そこでの多様で多層的な<ズラし>の仕組みの中に、男性中心的価値構造に囚われない性関係の可能性を筆者は見ているように思われた。
女性のセクシュアリティ、性的快楽、また男女の性関係について考えるに当たって、マンガ批評だけに留まらない射程をもった良書。お勧めです。

*1:個人的には、腐女子の性的ファンタジーについて拙書でごく基本的な点のみ触れたという経緯もあり、本書で一層認識を深めることができた。