奈良美智とラッセンについてのUstream発言起こし

有名なアーティストが反応したことでまた「ラッセン」が賑わって‥‥と思ったらニュースになっていた。

「ラッセンとファンが同じ」 奈良美智が関係者発言に怒りまくる:j-CASTニュース


ラッセン」で検索して上位に出てきた記事を適当に繋ぎ合わせたような内容。*1 これがTwitterでやたら広まっていたが、今度はその記事についての「考察」記事が出た。
奈良美智氏「ラッセン大嫌い」事件を考察してみる(ふじい りょう) - 個人 - Yahoo!ニュース


内容は既にTwitterで多くの人が書いているようなことで新味はなく、この件についての何が「考察」されているのかわからなかった。おそらくこのライターの人は、ラッセン本はもちろん元のUstreamも聞いていないのではないかという気がした。聞いていたら「ここで奈良氏の名前が出てくるのはあまりに唐突で、「??」となるのが正直な感想になる」とは書かないと思う。*2
記事を書く人は別として、奈良氏のtweetのまとめや上記のネットのニュース記事を読んだ人々が、元のトークを聞かないままtweetで何か言ったりするのは、仕方ない面もあるとは思う。ただ、元の発言の意味や話の流れと乖離している部分が多いと感じるので、Ustreamの問題の箇所を書き起こしてみることにした。私などが遅ればせにここで書いても何がどうなるということでもないが、Ustを聞く人が少なそうなのでメモとして残しておくのも無駄ではなかろうということで。



夏期講座 中ザワヒデキ文献研究 夏の陣|美学校より、
第六回・アーカイブ・映像記録


このトークは、アーティスト中ザワヒデキ氏が、『ラッセンとは何だったのか?』を最初から順に読む試み(氏は鼎談に登壇している)と自作品の解説・論考をセットで行った、美学校での連続講座の最終回に当たるもの。登壇者は中ザワヒデキ原田裕規(ラッセン本の編著者)、武田美和子(ギャラリーセラーのディレクター)の三氏。
最初に中ザワ氏からこの回に至る経過説明などがあり、原田氏、武田氏の紹介、「ラッセン展」(昨年夏、原田氏が企画しギャラリーCASHIで開催)の模様及びラッセン作品を映像で見ながらの原田氏のレクチャー‥‥という具合に、30分ほどの前振りがあった。


以下は、その後の30分35秒から33分10秒くらいまでを再現したもの(同じ言葉の繰返しや、話者の喋りが重なったところはカット、整理してあります)。

原田 ちょっとこの後の話に繋げるために、ネタを一個投入しておきたいんですけど、これ(映像)はKoSAC*3を運営されている加島さん(ラッセン本の寄稿者の一人、加島卓氏)のツイッターですね。*4


中ザワ そうそうそう、これは、結構大事なツイート。


原田 400RTされていてかなり話題になったみたいで。この武蔵美の受講生は、ちょうどKoSACで行く授業*5の受講生のことです。好き・嫌いなアーティスト書いてもらって、(嫌いなのは)こういう結果に。村上隆さんがトップで、草間彌生さんとか、会田誠さんだったりカオスラウンジだったり‥‥が続いていると。


中ザワ 要するに嫌いなアーティストは誰かという、そういうアンケートもちゃんとやっているということですね。


武田 それって売れてるアーティストのことじゃないですか。


原田 まあ目立ってるアーティストです。


中ザワ そうそう、これの次の加島さんのツイートが、「毎年売れてる人がだいたい上位を占めるんだが」みたいな。さらにこれに対する反応の一つで、会田誠さんのツイートで、「奈良美智め」ていうのがありましたね。この中に要するに奈良美智が入ってない。これですね。「奈良さんめ‥‥」。*6


原田 嬉しそうですね。


中ザワ (奈良美智は)「好きなアーティスト」にしか登場しませんと。どうよって感じですよね。
(少しガヤガヤ‥‥中ザワ氏が何か言っているが聞き取れず)


武田 でも奈良さん好きな人とラッセン好きな人は同じだと思う、私は。


中ザワ いい話ですね(周囲、笑)、いい話ですね。*7


武田 あのほんと、いやすみません、マーケティングのプロモーションとしてラッセンと奈良は同じだけれども、もう一つ世界がある。アートのワールドのマーケットがある。その部分に入っていったのが村上。草間彌生もそう。でも、奈良さんも一応入ってはいるんですけど、近いと言ったらラッセンの方が近いところが最初にあってね。そうすると、いわゆるアートの中枢にあるマーケットの方に、ほんとに入っていった人間は、大嫌いなんだろうなぁと、今これ(加島さんの武蔵美学生アンケートについてのツイート)見ててすごく思った。だったら、なんていうのかな、みんなが売れてるって言うんで、これかわいいねって言われながら売れてる方をアグリーするけれども、そうじゃない力を使って入ったとか、そうじゃないものでピックアップされたってことに関しては、異常な嫌悪感はあるなぁこれ見てると、と思いますよね、私は。


中ザワ うーむ‥‥ふむふむ。


美大生の間では村上隆会田誠が嫌われるのに、奈良美智は嫌われないのは何故か?」というのが元々の話である。これは、地方の芸術大学に仕事に行っている私の実感ともほぼ重なる。一時期、女子学生に好きなアーティストを聞くと8割の確率で奈良美智の名が出てきていた。
「奈良さん好きな人とラッセン好きな人は同じだと思う」というのは、そこだけ見ると確かに誤解を招く表現ではある。だが武田氏の言っているのは、「奈良ファンとラッセンファンは重なっている」とか「奈良美智を好きな人はラッセンも好きになる傾向がある」という”趣味”や”美意識”の話ではない(多くの人がそう受取っているようだったが)。


奈良美智ラッセンはどちらも、アートに関心のなかった人にもアピールするかたちで広く話題になり、ポピュラリティを獲得し、日本のマーケットで成功している。そういう点で近いと武田氏は言っている。もちろんここに、ラッセンを売っているアールビバン商法のようなかたちで奈良美智の作品も売られている、という意味は含まれていない。
奈良美智ラッセンも、受容層の裾野がそれまでになく広いアーティストだ。裾野が広いということは、話題になってるものに惹かれたり、単純に「きれい」「かわいい」と思って素朴に好きになるような人々が、各々のファンの中に多数いるということだ。そのような”ファン層の形成のされ方”が、同じなのではないかと。
またそういうタイプの人は、村上や会田などコンテクストや戦略が明確に見え、そのことによってアートワールドの中枢に入っていったアーティストを嫌うであろうと。
以上が、武田氏の「奈良さん好きな人とラッセン好きな人は同じだと思う」との仮説の中身である。


これを聞いて、「自分はそんな単純な理由で奈良さん(あるいはラッセンさん)を好きなんじゃない」と反発する人はいるだろう。そういう人はその理由を示せばいいのではないかと思う。
私がかつて大学で、奈良美智について学生に聞いた範囲では、「ピュアな感じ」「自然体」(本人が)か、「なんとなく」「理由なんかない」などの回答が多かったのだけど、どういう点がアートとして優れているのか、きちんと説明できる人はファンの中にもちろんいると思うので。


作品だけでなくラッセン本人もファンにカリスマ的な人気があるようだが、奈良美智も同じで、ベクトルは全然違うもののポップスター的立ち位置という点では似ているところもあるように感じる。とか言ったらまた奈良さんは怒るだろうか。
余談だが、私は奈良、武田両氏ともに面識がある(お二人とも魅力的な人物だ)ので、こういうかたちで話が広がってしまったのは、ありがちなこととは言え、ちょっと残念だなと思った。



●追記

lli 奈良美智が戦略的にアートの中枢に突っ込んでないとか冗談だろ。周りがそう捉えるのは仕方ないけど。スタジオボイスあたりが取り上げた頃からおかしくなった。 2013/10/10
http://b.hatena.ne.jp/lli/20131010#bookmark-164732510

奈良ファンは、村上隆などと比べてあまりそう見てない傾向があるのでは、という話です(当然戦略的だと思うしそれで別に問題もないと思う)。
↓こんなの見つけました。
https://twitter.com/alohazuki/status/388172927109062656

*1:今年出た書籍『ラッセンとは何だったのか?』に触れつつ、私の5年前のブログ記事を本の寄稿者の言説として引っ張ってきているので、まるで私がラッセン本でもヤンキー論を主張しているかのように読める。それを主張しているのは斎藤環氏であり、私は以前に抱いていた見方として論の前振りに使っているのである。

*2:またラッセンの作品には「環境保護」という政治的メッセージがあり、奈良美智は違うというのも、いちがいには言えないと思う。奈良美智は「NO NUKES」と描かれた自作品が、反原発デモのプラカードに使われることを許可している。これは「環境保護」のメッセージに繋がるのではないか。

*3:Kokubunji Society for Arts and Cultureの略。

*4:https://twitter.com/oxyfunk/status/375639057302188033

*5:10/2に「ラッセンをいかに語るのか」というトークが開催されることになっていたのを指す。

*6:https://twitter.com/makotoaida/status/375835465338732544

*7:この中ザワ氏の反応の意味は、『ラッセンとは何だったのか?』を読むと見えてくると思います。