「愛は年収」以降の状況

人気ドラマの秘密

こないだ、2000年秋放映の月9ドラマ『やまとなでしこ』の総集編ディレクターズカット版というのをやっていた。私の知っているだけでも、これまでに再放送が2回はあったはずだ。よくよく人気の衰えないドラマである。
大金持ちとの結婚を目指して合コンに命をかける松嶋菜々子演じるスチュワーデス桜子の、徹底した開き直りと根性の悪さだけが見どころで、大病院の御曹子との結婚式から逃げ出して愛する人の元へというお約束の終盤は、とってつけたようなしらじらしさが漂うドラマであった。


2000年放映時のキャッチコピーは「愛は年収」。
それに共感した若い女の支持を得て最高視聴率は36%を記録したらしいが、もちろん視聴者はヒロインが最終的に選択した(かに見える)「年収より愛」に納得したわけではなく、よく考えたら「愛も年収も」ちゃっかり手に入れてるじゃないの(相手は将来を嘱望されているし)というラストに満足したのだった。
東幹久演じる大病院の御曹子にしろ、堤真一演じる貧乏学者にしろ、出てくる男がハンサムだがお人好しであるところも大変都合がいい。
「年収より愛」「他の何を犠牲にしても愛」ということで終わったなら、純愛ドラマみたいだと言えそうだが、そうではなかった。純愛ドラマ風なのはオチの形式だけで、内実は女のファンタジー(愛も年収も、ついでに将来の大学教授夫人というステイタスも)を見事に描き切った御都合主義の勝ち犬ドラマとして、これを越えるものは当分出まい。
ということで、私もジェンダー入門の授業のネタに使わせてもらっているのである。


「借金まみれのハンサム男と、裕福なブタ男、どっちが結婚して女を幸せにしてくれると思いますか?」 
桜子の決めゼリフは、決して人前では言いたくない女の本音を爽快なまでに現していたので、「なんてヤな女だ」と思われる一方で、「そこまで言ってくれてスッキリ」という反応を引き出した。
私の授業では最も強烈な第一回だけを見せているのだが、「こんな女にはなりたくない」と「気持ちはわかる」とに女子学生の意見が二分されている。みんな正直である。


さて今回のディレクターズカット版は最後を見ただけであるが、どうやら「二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ」という、前の結末の余韻を覆すような展開が示唆されて終わっていた。
もしかすると『やまとなでしこ2005』が放映されるのではないか? そういう情報はまだ知らないが、もしもそうだとすると去年の純愛ブームを受けて、ベタな純愛ものになるのではないかという予想もできる。


例えば、アメリカで将来の大学教授の地位を約束されていた学者欧介が、スキャンダルに巻き込まれるとかして職を失い路頭に迷うはめになり、そこで桜子が生来の開き直りとド根性を発揮して、水商売で苦境をしのぎ欧介への愛を貫くとか。
あるいは欧介に愛人ができて桜子の元を去り、その隙に欧介の同僚講師が急接近して関係を持ってしまい、悩みまくって自殺寸前に追い込まれるとか。
あるいは大学でちっとも出世しない欧介に愛想が尽きてきた頃、アメリカ人の大富豪と知り合ってふと魔が差して‥‥‥(あんまり面白くないな)。


いずれにせよ私の希望としては、桜子の前に何らかの途方もないチャンスが到来し、それを取ることは欧介との愛を捨てることで、そこで死ぬほど煩悶してほしいということである。
悩んで悩んで一晩で髪の毛が真っ白になるほど悩み抜いてほしい、松嶋菜々子には。
思い掛けない生活苦で往年の美貌もどこへやら、貧すれば鈍するの言葉通り、昔以上の根性の悪さがかい間見えてきたというくらいは期待したい。コメディエンヌに挑戦したのだから、汚れ役もできるはずである(でも純愛ドラマでなくなる)。
一方欧介役の堤真一は、相変わらずの世間知らずな間抜けでいてほしい。


新ドラマがあるかどうかも知らないのに、思わずいろんな妄想をたくましくしてしまった。そのくらい、桜子は強烈なキャラであった。いろんな意味であれを凌駕するには、よほどの設定を作らないと無理であろう。

純愛仕切り直し

しかし、女が開き直ったことになぜここまで関心が持たれたのだろうか。
男が開き直ると、それが守銭奴であれ女性蔑視者であれ、醜くは感じてもそう関心は持たれない。ライブドア堀江社長は「ちょっと金持ちになったら、それまで手の届かなかったような女がぞくぞく集まってきたぜ、へっへっへ」といったことを堂々と(自分の本で)言ってのけているが、金持ちが開き直ってもあんまり面白くない。
女が同様のことを言ったらどうなるであろうか。
「ちょっと整形したら、それまで手の届かなかったような男がぞくぞく集まってきたわ、へっへっへ」
男よりはインパクトがある。女の場合、自分で最後の目標を獲得しないところがポイントだ。お金は男が持っているものと決まっているから、まずはきれいになることが先決。きれいになればお金(お金を持った男)は後からついてくると。


嘘かほんとかは知らないが、そういう信憑構造があるのを手っ取り早く確かめるには、女性雑誌の後ろの方を見ればいい。
そこには「使用前→使用後」というホラーな広告が目白押しである。ホラーなのは「使用前・後」ではなく、そこには写っていない「→」の部分であるのは言を待たない。
体験者のメッセージの代表的なやつは、「思いきって整形したお陰で性格が明るくなり、ついでに彼氏もできました」というものである。「ついでに」というところが重要。おそらくこういうのが最も効き目があるのだろう。


そんなややこしいことを言わなくても、女は外見だけが武器だと開き直れば?というのが桜子の価値観であるから、整形関係の広告はまだ可愛いものだ。性格などちょっと頭が良ければ如何様にも演出できる。要は見かけよ。
しかも、「27が女の最高値。それを越したら値崩れするだけよ」(by桜子)。値崩れ。 開き直りというより自虐に思えてくる。
自分自身の才覚と能力で、並みの男以上にお金を稼ぐことは普通の女にはムリだからという言い訳さえ、そこにはない。そんなしんどくてバカバカしい事したくないだけである。
美貌が才覚。性格の悪さを隠す演出が能力。つまり水商売の女の人が仕事で昔からやってきたことを、普通の女がして何が悪いということなのであった。


言ってみれば、結婚するまでが人生の正念場でその後は余生みたいなもの。27歳以降は、獲得物件の上がりでのんびり暮らしていくのである。一方、男は27歳以降が正念場みたいなものである。
ここまで生き方のスタンスが食い違っては互いに共感するのも大変であるが、そこは金と美貌が繋いでくれるのであろう。美貌の耐久年数も金次第である。


しかしこういうスタンスが実際に通用していたのも、やはり2000年くらいまでだったのではないだろうか。
外見を武器に金持ちと結婚できる女が極一握りである以前に、金持ちになれる男が極々一握りになってきた。それどころか、結婚しない男、働かない男まで増えてきた。
そこで、働かない男を働く気にさせ、結婚しない男をする気にさせるには? 
純愛しかない。「年収より愛」「他の何を犠牲にしても愛」とまで思ってもらわなくてもいいが、何らかの思い込みがないと今どき男は動かない。
純愛ドラマの盛り上がりは、男の脳に純愛をインストールしてその気にさせてほしいという、待つ女の膨れ上がった願望が作り出したものなのか。
しかしその気にさせるには、純愛ドラマのヒロイン並みの容貌がやっぱり必要なのか。‥‥自虐の堂々回りだ。


などと書いてたところで、今さっきテレビに出ていたお笑い芸人のヒロシ(熊本弁で愚痴る薹の立った売れないホストがキャラ)の相変わらずの自虐ネタに、思わず吹き出してしまった私である。
タイタニックはお母さんと見に行きました」「最近お肌が水を弾きません」など、女でも使えそうだ。負の開き直りである。開き直り切れていないところが暗い。


桜子には到底なれず、余裕の負け犬にもなれなかった女が、「ヒロシ」なのである。
「ヒロシ」を救うのは純愛なのか。それとも、ここまで商品化された純愛を救うのが、「ヒロシ」なのか。
今年の純愛ものは、そのあたりを狙ってほしい。