アートと「保養」とビジネス

『自分探しが止まらない』が話題の速水健朗氏ことid:gotanda6さんに、この本を「書評していただきたい」とIDコールされたのですが、今いち食指が動かなくて困ってます。


『客はアートでやって来る』というタイトルでもわかるように、アートを使った経営ビジネス成功例のリポートらしい。この大黒屋という旅館、以前テレビで取り上げられているのを見た。現代作家のリトグラフや絵画を客室やロビーに飾っているホテルは結構ありそうだが、日本旅館で庭園も含めた空間のあちこちにアート作品を配しているというのは初耳だったので、「ああこりゃ目新しいし、結構人気になるかも」と思ったことを覚えている。
たぶん本を読んでもそれ以上の感想が出てこない気がするので、買うのは躊躇しているというわけです。


amazonでの内容紹介は、こんな感じ。

「アート」と「経営」を融合させた「奇跡の宿」大黒屋??
その魅力は、「来る人の73%がリピーターになる」その脅威のリピーター率が、何よりも物語ってくれています。


・なぜ、7割以上の客がリピーターになってしまうのか?
・なぜ、1週間以上滞在する客が1割もいるのか?
・なぜ、海外からも何百名もの客が、毎年わざわざやって来るのか?


その理由は、大黒屋のコンセプト「保養とアートの宿」にありました。
大黒屋は、400年以上続く老舗の温泉旅館ながら、ここ数十年ほど「現代アート」を経営の根幹に取り入れ、成功を収めています。「枠の中で楽しむ芸術」ではなく「空間で楽しむアート」を旅館に取り込むことで、独特の空気を作り上げています。
ギャラリストの小山登美夫氏も「学ぶべき、新発想のアートビジネス」と絶賛するほどの「アートスタイル経営」の正体とは何か。一見すると、対極にあるかに見える「アート」と「経営」「ビジネス」を融合させて人を呼び込むその秘密とは何か??


気鋭のノンフィクション作家・山下柚実さんが迫ります。


1.「アート」は「空気」を作る
2.「アート」は「客の動線」を変える
3.「アート」は「客層」を変える
4.「アート」は「スタッフ」を変える


本書をとおして、そんな「アート」の力を実感してください。


未読なので書評ではないが、勝手なことを書いてみる。


まずアートと場について。
アート作品を買うのは、コレクターなど「愛好家」である。売れれば業界商売的には問題ないのだが、作品がギャラリーからコレクターの家に入ってしまうと、見る人はいっそう限られてくるので、受け手の広がりはあまり望めない。アートの宣伝もしにくい。
そこで「現代アートをさまざまな空間に」という試みが、いろいろされてきた。ドイツでは(確か80年代末頃か90年代初め)、ある町の何十軒かの家に現代アートを一定期間展示し、観客が家々を訪問して作品を見るという実験的なプロジェクトがあった。美術作家だった頃私も、古い日本家屋や茶室、茶庭を使った現代美術展に参加したことがあった。これもかなり前の話になるが、89年、舟越桂の彫刻が青山のコム・デ・ギャルソンの店舗に飾られて話題を呼んだ。屋外公共空間でも、町(村)起こし的な野外プロジェクトなどがあちこちで行われている。
しかしそれらはあくまで、期間限定の展覧会という枠組み内でのもの。そう考えると、日本旅館でその空間を生かして現代アートを取り入れるというのは、一歩進んだ発想ということになるのだろう。
「保養とアートの宿」として宣伝すれば、愛好家を初めちょっと変わった「こだわりの宿」に泊まりたい人や、特別感を求めるスノッブな「客層」には人気が出るし話題にもなる。商売上手だと思う。
読売新聞のサイトでも、「旅館とアートの幸せな融合」(那須高原 板室温泉大黒屋)として写真入りで詳しく紹介されている。伝統ある老舗旅館のわりに料金設定は安めだし細かいサービスもあるようなので、それもリピーター率の高さに一役買っているかもしれない。


というわけで、勝手ついでに上の1〜4の内容を推測すると、
1.「アート」は「空気」を作る・・・平凡な掛け軸や日展油絵もどきより、コじゃれた雰囲気が醸し出される。
2.「アート」は「客の動線」を変える・・・館内のあちこちにアート作品があるので、客室→浴場→客室→食堂→客室ということにはならない。
3.「アート」は「客層」を変える・・・アートなんか興味のないダサい田舎者は来ない。
4.「アート」は「スタッフ」を変える・・・アートをおもてなしの一環としていることが、プライドになる。


>一見すると、対極にあるかに見える「アート」と「経営」「ビジネス」
アートは資本主義社会のブランド商品の一つだから、「対極」でもないんじゃないだろうか。
目新しいのは、コレクター相手の商売だったり、(日本画などだと)政治献金代わりだったり、土地や株と同じく投機の対象だったりしたアートの「商品」性を極力消し去り、インテリアや庭の一部として取り入れ、それを「看板」にすることでビジネスを成功させている点。他との差別化には、依然としてアートが有効であることを証明してみせている。これが同じ美術方面でも書画骨董だと、古い日本旅館と親和性がありすぎて新鮮味がない。


アートが「保養」を補完しているという点も、ポイントだ。
アートはそもそも「保養」(=癒し)とは対極にある、いや、あったものだった。この旅館でも、普通の日本旅館では味わえない「違和感」に「心が揺さぶられる」(こちらより)とのことだが、(美術館とは異なる)「くつろぎの空間」で「素直に作品を見ることができる」(同上)というのがウリだから、アートが「保養」を凌駕して見る者を打ちのめすという発想ではない。日本庭園のど真ん中にデュシャンの便器なんかが置いてあったら、興が削がれるし(個人的にはウケるけど)。
新鮮な「違和感」はあるが「なんだこりゃ?」までいかない範囲で留める、つまり「保養」を邪魔せずむしろその効果を高めるスパイス、洗練された趣味の範疇に、大黒屋のアート空間はあるのだろうと推測。


となると、アートと書画骨董やインテリアとの違いがわからなくなってくるんだけど‥‥‥まあ別にいいか。「アートってこんな楽しみ方があったんですね」と「アートでこんな商売ができたんですね」が結びついているのが、現代アートの新しい姿ということで。
ただ、アートを基本的に「保養や癒しをブチ壊し、人を誘惑しては困惑させる悪いもの」(いい意味で)としか捉えていない狭量者としては、アートに「旅の感動」を求めようとは思わない。



そう言えば話は違うがずっと前、gotanda6さんのブログ【B面】犬にかぶらせろ!「マウスくん保護運動」の記事に、ここの最後の方で言及したことがあったのを思い出した。
個人的には、アートへのこういうコミットの仕方のほうが、大黒屋(泊まったことないけど)の試みより新しいと感じる。