貧乏人はこっそり猫を飼え

少し前に、「生活保護者は猫を飼うな」という増田記事があった。
将来、仕事も家も失って生活保護のお世話にならないとも限らず、その時に、うちの今春14歳になる老犬はたぶんもういないだろうが、1歳半の猫はもしかしたら生きている可能性もあるので、人ごとではないと思った。
一人暮らしで53歳の友人は、一昨年の秋に長年飼っていた愛猫を亡くし、もう猫は飼わないと決めたという。「だって今から子猫飼っても私が先に死ぬかもしれないし、そうでなくても、もし満足に面倒看れない状態になったら猫が可哀想だもの」。たしかに、ペットを飼うにはそれなりの覚悟と見通しがいる。


さて、その記事のはてなブックマークの中で、

amerio 社会 収入の低い人ほどペット買う率高い気も確かにするけどね。社会への劣等感から自分より低位の従属者を作りたいとかそういう心理あるかもしんない。 2010/01/09

というコメントを読み、「うーん、そう?そういうもんか?」とモヤモヤしていたところ、メタブコメで、

white_rose メタブ,社会 すごいコメント率高い/従属者を作りたいってのはあるかもなぁ。暗黒面だけど。ホームレスの人が猫を繋いでそばに置いていたのを見た。でも可愛がったり、支えになったり、自信がついたりする部分もあるんだと思う。 2010/01/10

という半ば同調的な意見が出されていたので、猫と犬を飼っている者として何か一言言ってみたくなり、

ohnosakiko 他のペットは知らないけど、猫=飼い主の従属者じゃないですよ。逆です。こちらが猫の僕。野良猫手なずけているホームレスは時々見ますね。同じ境遇の者として親愛の情が湧くということもあると思う。>id:white_rose 2010/01/10

と書いたら、メタ・メタブコメ

white_rose メタブ id:ohnosakiko確かに猫は他のペットに比べて自由そうなイメージですね。ただそんな愛猫家ばかりでもないのでは、と思ったのです。/全く関係ないが「猫のボク」と読んで、大野さんて僕女だった??と悩んでしまった 2010/01/11

と、お返事を頂いた。
ううむ‥‥。私のコメントがズレてたせいで、話がちょっと横道に行ってしまったようです。
「飼い主こそ猫の従属者(下僕)」という私の意見は、猫という動物の特殊性を言ってはいても所詮は飼い猫を溺愛している者の主観に過ぎず、「低所得者は従属者を欲してペットを飼う」という見方に対する疑義にはなっていないので、ここでわざわざ書くようなことではなかった。言いたかったのはそれとは別だった。
そこで、話を戻そうと思い、メタ・メタブコメで、

ohnosakiko id:white_rose 低階層者だから従属対象を欲しがるという文脈にちょっとひっかかったのです。そういう願望があったとしても(階層関係なく人間のエゴとしてあるかも)、責任もって面倒を見て可愛がることは可能だから。

と書いた。



この後に、関連するブコメがついていた。

umeten 社会, 日本的なるもの, 経済, 労働問題, アウトサイダー問題, 社会福祉, 格差問題, 差別問題 「低階層者だから従属対象を欲しがる」というのが非難の文脈として成り立つのなら、「低階層者は子供を生むな」ってことになるよな。まあ、それが「日本人の常識」ってことか。さすが。 2010/01/11

「非難の文脈」かどうかは微妙かと。「低階層者だから従属対象を欲しがる」という指摘が仮に真だったとしても、それが即ち「低階層者は猫を飼うな」(ひいては「低階層者は子供を生むな」)になるとは限らないので。
ただ、「生活保護者は猫を飼うな」という記事内の女子高生の意見については、「低階層者は子供を生むな」につながりそうだとは感じる。猫と子供は違い過ぎるが、「子供をもつのは今や趣味であり、一種の贅沢だ」(結婚できて、ある程度以上の収入がある人に限られるから)という意見もある。
まして子供の養育の何百倍も趣味や娯楽に近いと看做されているペットは‥‥という話だ。だから「生活保護受給者がペットなど贅沢ではないか」「最後まで責任もって飼えるのか」という見方が出るのは、ある意味やむを得ないと思う。一部の生活保護受給者の実際の生活レベルが、懸命に働いている人のそれを上回っているというような現実の捻れも、「贅沢ではないか」に拍車をかける。


そして、white_roseさんのレス。(http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20100105001548

id:ohnosakikoid:umeten 低階層者だから従属対象を欲しがるという意味で書いたのではないですよ。飼い猫蹴飛ばす人なんでいくらでもいるでしょうし。/まあでも高階層だとすでに従属者がいるってことはあるかもね

white_roseさんの前のブコメ「そんな愛猫家ばかりではないのでは、と思ったのです」が、私の「猫=飼い主の従属者ではないですよ。こちらが猫の僕」へのレスということは了解している。猫を飼っている人のすべてが、「私は猫の下僕」と思っているわけではないだろう。猫を家来のように思っている人もいるだろう。
私がひっかかった「文脈」は、そこではない。最初のid:amerioさんのブコメ「収入の低い人ほどペット買う率高い気も確かにするけどね。社会への劣等感から自分より低位の従属者を作りたいとかそういう心理あるかもしんない」と、それを肯定的に受けたwhite_roseさんの「従属者を作りたいってのはあるかもなぁ。暗黒面だけど。ホームレスの人が猫をつないでそばに置いていたのを見た」を指している。ここでは「低階層者だから従属対象を欲しがる」という推測が共有されており、その欲望は邪悪なもの(暗黒面)だということが暗に前提されているように見える。
低所得者=社会への劣等感をもつ者→自分より低位の従属者を作りたいという邪悪な欲求でペットを飼う可能性
違和感を覚えたのは、この流れ、文脈に通低している低所得者へのいささか冷笑的な視線だった(少なくとも私はそういうものを感じた)。


社会の下層にいるという状態が、劣等感やルサンチマンを生むことはあるだろう。それが変なふうにこじれて、自分より何らかの点で弱い者を見つけ出しては叩くという、不毛な行為に走ることもあるかもしれない。
また一方、ペットは飼い主にとって保護対象だから、従属対象でもあるという言い方もできないことはない。躾をして言うことを聞かせるのはペットを扱いやすくするためだし、檻に入れたり繋いでおくのは他人とペット双方の安全のためだ。そして、そういう行為を通して単純な支配欲を満足させる人も、中にはいるだろう。
しかし、上記の二つを結びつけた、「下層の者がペットを飼いたい心理の中には、自分以外の人間を見下ろせないからせめて人間以下の動物を見下ろし、従属させたいという支配欲(暗黒面)があるのではないか」といった意味の指摘には、抵抗を覚える。低所得者がペット飼いたがるって劣等感の裏返しかもしれないよ、弱い者を従属させたい願望があるんじゃないの、って‥‥なんか意地悪な見方だなぁ、貧乏人にそんな冷たいこと言わなくてもいいでしょ、と思いますですよ。



誰もが熱心な動物愛護者にならねばならないことはないし、不幸にも選択を迫られた場合には、犬猫の生活や命より人間の生活や命の方が優先されるべきなのは当たり前の話だ。ただ、ブコメで散見されたように、またwhite_roseさんも二番目のコメントの後半で「可愛がったり、支えになったり、自信がついたりする部分もあるんだと思う」と書かれているように、ペットの存在意義はメンタル面では案外大きい。
「自分が面倒看てやらないと」というほんのちょっとの煩わしさと、それを上回る小さい生きものを慈しむ喜び、なつかれる喜び、眺める喜びが渾然一体となったものが、ペットを飼う醍醐味である。それを「癒し」とも「慰め」とも言う。とりわけ猫は、そういう存在になりやすい動物だ(と、猫を飼ったことのある人なら感じているでしょう)。
ホームレスや生活保護を受けねばならないような境遇の人にとって、そこらの公園にたむろしていたり軒先にやってきたりする宿無しの猫たちは、時に自分に近い、親しみを覚える生きものではないかと思う。「従属させたい」下位の存在というより、「友達になりたい」存在。その人が貧しい上に孤独であれば、なおさらだ。


人間が食べていくのにかつかつな経済状態で、さらに猫を養っていくのは大変なことである。わずかな収入の中では、餌代もトイレの砂代も病院代もバカにならない。
それでも猫を飼いたい、飼い続けたい人の気持ちが、私はわかる気がする。潤いのない貧しい生活だからこそ、暖かい愛情を注げる対象、優しく撫でたり話しかけたりできる血の通った対象、「自分が守らなければ」と思える代替のきかない対象が重要になってくるのだ。
そういう中で、ペットはその人にとって単なる「癒し」や「慰め」を越えた「救い」になることもあり得る。
貧しく孤独な人が猫や犬を飼いたいという気持ちの先には、「誰かにとって必要な存在になりたい」「誰かに必要とされたい」という、社会生活を営む人間として切実な欲求がある。その欲求を満たしてくれる人がいなければ、せめてペットで叶えたいと願うのは自然なことだ。これを「従属させたい」欲だとは私は思わない。


ステイタスや見栄で高いペットを購入したり、お金をかけて過保護に飼うことに満足を覚える人もいれば、貧しさを細々と一匹の猫と分かち合うことで、やっと人間らしく生きていると実感できる人もいると思う。何が「人間らしい」生活なのかは、基本的にはその人が自分の価値観に従って決めることである。



生活保護とペットの関係についてググったら、こんなQ&Aがあった。
生活保護世帯のペットにかかる医療費 - 質問・相談ならMSN相談箱


補助対象は人間であってペットではない。たしかにその通りだ。しかし一方で私はこの老夫婦を、「手術代の貯金もなしにペットを飼うなんて非常識だ」と責める気には、どうしてもなれない。70万と言えば、そんな貯金がない人や生活にそれほどの余裕のない人なら、生活保護受給者でなくても「これは困った、どうしようか」と当惑する金額だ。可愛がってきた飼い犬が癌で死んでいくのを見守るしかないだろう彼らには、むしろ「不運でしたね。おつらいでしょうね」と慰めの言葉をかけたい気持ちである。


生活保護受給者はペット禁止という条件はないので、飼うのは「公然の秘密」になっているようだ。つまりもし生活保護を申請しなければならないほど困窮しても飼う(飼い続ける)としたら、「こっそり」になる。
猫一匹くらいは、なんとかこっそりと養っていきたいものです。猫が病気になって治療費がかさみ、どうやりくりしても払えないようになったら、諦めて静かに最期を看取ることにします。



‥‥‥‥‥まあそういうことなんだよ、タマ。できるだけのことはするけど、もし至らなかったらごめんよ。元気で長生きしておくれ。でも私よりはちょっとだけ短くね。