男と女の同性愛

今からもうかれこれ15年くらい前のことだが、『男と女の同性愛』という展覧会に参加したことがあった。企画者はアーティストの白井美穂さん*1 。東京、名古屋、京都方面のアーティスト7人ほどが参加し、東京の佐賀町bisと京都のギャラリーTAFで、連続個展形式で行われた。
「男と女の同性愛」というタイトルは、白井さんがあるシンポジウムの後の打ち上げの席で、別のアーティストの口からポロリと漏れた言葉を拾って決定したものらしい。サブタイトルは「FLICKER OF OTHERS」(他者の点滅)。
打ち合わせの時、参加者達はタイトルに対して「面白い」「なんか引っかかりがあっていい」「男女で同性愛っぽく感じることはある」などと言っていたが、それについて突っ込んだ議論になったというわけではなかった。そもそも性をテーマにした展覧会ではない。私も特別何か感想を述べた記憶がない。


だが、このタイトルはいつまでも気になる謎めいた言葉として、アートをやめた後もしばらく私の中に沈殿していた。
今朝Midasさんのブコメを見て、突然それがくっきりとした輪郭をもって浮上してきた。

Midas ↓真の異性愛は女のレズ(女×女)だけ。男×男と男×女は実は同じ構造(後者は単なる同性愛の亜種ゆえBLが成立する)。男が女×女をスルーするのは異物ゆえ想像外だから。女が男×男を嫉妬するのは当然>id: hatesenID

以下、私の解釈。*2


人間は他の動物と異なり、生殖のためにのみ性行為を行わない。実際、生殖目的で行われているセックスより快楽目的で行われているセックスの方が、圧倒的に多いはずだ。つまり性とは人間にとって文化の領域にある。
文化としての性において、もっとも尊ばれてきたのは男と男の愛である。例えば古代ギリシャでは男同士の緊密な関係が性愛に発展するのは当たり前であり、ことに少年愛は精神性の高い至高のものとして位置づけられた。ホモソーシャルがそのままホモセクシュアルの地盤だった。男が「人間」であるのに対し、「自然」(=動物)に近いと看做された女との性関係は、男×男より下位におかれた。男にとっては男×男の劣化版が男×女(「単なる同性愛の亜種」)であり、女は男の代用品であった(だから「女が男×男を嫉妬する」)。
だが共同体の存続発展のためには、生殖によって親族を増やしていくことが必須となる。そこで男×女がとりあえず中心に据えられ、男×男は周縁に押しやられた。*3 こうしてホモソーシャルは、表向きホモセクシュアルを排除することで成り立つようになった。そこでは相変わらず、性欲を持っている主体は男であり、女はそれを持たない者/持つ必要のない客体と定位されており、それゆえ男が欲望を一方的に果たすことは正当化された。
当然、女と女の性愛関係は盲点(「異物ゆえ想像外」)となる。せいぜい「百合は美少女」を想像するくらいだ。ホモソーシャル - ヘテロセクシズムの欲望の経済圏にいる男女にとって、女同士の性愛は荒唐無稽なファンタジーだ。
だから男にとっても女にとっても、女×女の欲望する女は異(物)なる性である(「真の異性愛は女のレズ(女×女)だけ」)。異性=女とは、異物性を具えた他者であり、永遠に解けない謎だ。



「男と女の同性愛 FLICKER OF OTHERS」。
ここで点滅(FLICKER)している他者(OTHERS)とは、「異性」としての女である。
15年も経ってやっとわかった(遅過ぎる)。


夫と私の関係は「同性愛」だ。
そこに登場した彼女は「異性」だった。
点滅する他者であり、永遠に解けない謎だった。



●追記
Midasブコメはいつもそうだから最初から精神分析解釈すれば良かった。↓某所コメント断片。

精神分析からすれば「そこにペニスがあるかないか」が重要で、その意味で男×男と男×女は同種になるはず。男にとって<女>は症候であり結局<女>は存在しないとなるから、女×女は「想像外」。でもここに「同性愛」、「異性愛」をどう位置づけていいかわからなかったので、歴史を導入した。まああまり上手く説明できてないのは認める。

http://d.hatena.ne.jp/AntiSeptic/20110205/p3#c1296966646

精神分析理論はもっぱら男をどう記述するかから始まります。そこで男はファルス(象徴的なペニス)をもつ存在とされます。それが男のすべてです。女は「男ではないもの」「すべてではないもの」という否定的な形でしか記述されません。「女にとっても」女は謎です。だから女は延々と自分語りをするのです。ラカンは「異性愛者」を「男女を問わず女を愛する者」と言っていますが、Midasさんのブコメはそこから一歩進んでいる感じがします。

http://d.hatena.ne.jp/AntiSeptic/20110205/p3#c1296971945


ラカンの言葉からすると男×女の男は異性愛者だが、Midasさんはこの関係を「同性愛の亜種」と言っている。「ペニス羨望」と結びつければ解けた。
というわけで脂さんのまとめ(私は反省会)。
※参照
「異性愛とは、女性を愛することである」(ラカン)- Toward The Sea

*1:当時、若手の女性アーティストとして注目されており、非常にコンセプチュアルで洗練されたクールな彼女の作品は私も好きだった。国内外で活躍中。

*2:見当外れだったらすみません、と最初に謝っておきます。Midasブコメにスターをつけている人がどういう解釈なのかは知りたい。

*3:追記:直接的にはキリスト教の影響が大きい。