ガクッドキッグサッ、そしてもふもふ

期待していたことが外れた時に「ガクッ」、突然不安になった時に「ドキッ」、図星を突かれた時に「グサッ」と口に出して言うようになったのは、いつ頃からなんでしょう?
記憶があまり確かではないが60年代末から70年代初め頃には、子どもだけでなく大人の一部も「ガクッ」だの「ドキッ」だの言っていたと思う。赤塚不二夫のマンガにオノマトペが頻出していた頃だ。おそらくギャグマンガ吹き出しの外の背景に書かれていたのが最初で、そこから影響を受けて現実でも会話の中で言うようになったのだろう。
調べてみると、定延利之という学者がこれについて解説している。

 ボタンを押すとプチッと音がする。他人から図星を指されてドキッとする。誰も何も言わずシーンとしている――こんなことは別に珍しくもない。マンガでも,登場人物がボタンを押すコマで「プチッ」,図星を指されるコマで「ドキッ」,誰も何も言わないコマで「シーン」と,背景に文字が描き込まれていたりする。
 ところが,こういうオノマトペ(擬音語・擬態語・擬状語など)を口に出して言う人がいる。つまりボタンを押しながら自分で「プチッ」とつぶやく人,図星を指されて「ドキッ」と言う人が,我々の中にいる。誰も何も言わずシーンとしている場合にわざわざ「シーン」と言うのは子供と相場は決まっているが,これもまた我々の重要な一員である。こういう「プチッ」「ドキッ」「シーン」のようなことばを「ショーアップ語」と言う。


日本語社会 のぞきキャラくり 補遺第24回 ショーアップ語について - Sanseido Word-Wise Web


もっとも「ショーアップ語」とは定延氏の造語である。そして、(他の影響も多少はあろうが)「ショーアップ語のルーツとしてのマンガの地位は揺るがない」とした上で、「ショーアップ語は,現実世界にマンガ世界やコミカルなドラマの世界を呼び込んで現実世界をショーアップ,戯画化しようという,現実世界を越える巨視的発話と言えるかもしれない」と述べている。


なるほど。満を持して!という感じで何かが出てくる瞬間に「ジャーン」と言う場合などは、文字通りショーアップ。逆に言えば、現実世界をそういう語でショーアップしてもいい、した方が面白いと判断された時にだけ、それは使われる。
たとえば、人の生死に関わるような緊張した重大な場面では、どれだけ茶化すのが好きな人だって「シーン」などとは口にできない。あまりにも大きな期待が裏切られた時や、打ちのめされそうな不安に囚われた時や、突き刺さり過ぎて死にそうな図星を突かれた時に、「ガクッ」「ドキッ」「グサッ」なんて出てきようがない。
それらが出てくる時というのは、まだわずかに余裕があって、その場面や自分を相対化して見ることができる時。オノマトペで表すことで簡潔な感情表現が可能になると同時に、自分を「戯画化」(相対化)して場を和ませる効果が狙われているとも言える。
反面、内心ちょっと余裕のないところを、「ショーアップ語」の使用によって取り繕ったり誤摩化したりする場合もありそうだ。


よく「ショーアップ語」が使われるところをきちんと言うと、少々固くなる。
「ガクッ」→「当てが外れました」
「ズルッ」→「当てが外れました」あるいは「呆れました」(既に古い語になったと思う)
「ドキッ」→「急に不安に駆られました」
「ビクッ」→「急に不安に駆られました」あるいは「驚きました!」
「グサッ」→「痛いところを突かれました」
「ガーン」→「ショックです」
「ギャフン」→「やられました」(今ではほとんど年輩の人しか使わない)
「ハッ」→「大事なことに気付きました」
「ビシッ」→「引き締まって行きます」
「シャキーン」→「覚醒しました」
「ワクワク」→「胸が躍ります」
「ニヤリ」→「見抜きました」
「ポカーン」→「わけがわかりません」
「ウットリ」→「夢のようです」


これ以外にもいろいろあると思うが、固くなるというより、上手く訳せない。いかに普段自分がよく「ガクッ」だの「ドキッ」だの使っているか、それで済ませているかを思い知らされる。*1
「ショーアップ語」もあまり多用すると鬱陶しいし、場合によってはちょっとバカに見えるかもしれない。ネットでよく見る「wktkワクテカ)」なんて、現実に口に出して使う人がいるのだろうか。いたら何となく厭だ。もっともそういう自分だって、もっと年輩者から見れば「なんでも『ガクッ』で済ませるな」と思われているかもしれないが。


自分自身ではなく状況や物(対象)についての「ショーアップ語」を「ジャーン」「シーン」「ポチッ」以外で探してみたのだが、なかなか思い当たらない。
‥‥と思っていたら、あったありました。「もふもふ」(断然ひらがな表記)。飼い猫のお腹を触りながら毎日「もふもふ」言っていた。マンガから来たのかネットで生まれた言葉なのか知らないが、これもショーアップと言えるのだろうか。個人的には「もふもふ」→「タマのお腹ふわふわで気持ちいい〜。タマ大好き。ずっと仲良くしようね」です(長い)。



日本語社会 のぞきキャラくり (Word-Wise Book)

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面白そうです。

*1:それでも「ビシッ」「シャキーン」「ニヤリ」「ポカーン」は使ったことがない。