「連れ風呂」の二人

小・中学校の頃、女子には連れ立ってトイレに行くという行動がよく見られた。「◯◯ちゃん、トイレ行かない?」「行く」、「トイレ行こかな」「私も」「私も」というふうに。男子からは「なんで女はトイレまで一緒に行くんだ。金魚の糞か」とからかわれた。
今はどうか知らないが、昔は「金魚の糞」が小・中学生女子の行動の基本で、トイレに一緒に行くということは「仲がいい」ことの証だった。トイレではしばしば、その場にいない子の陰口大会が始まる。いつも一人でトイレに行くのは「ハバ」にされてる人(愛知県ではハブをハバと言う)‥‥くらいの感じもあった。


もともと、「連れション」は男性の行動を指した。

連れション
連れションとは、連れ立って一緒に小便に行くこと。
【年代】 −   【種類】 −
 
『連れション』の解説
連れションとは「連れ小便」の略で、誰かが小便をしに行く際、それに連れ立って他者が一緒に小便に行くことをいう。最初に誰か一人がトイレに行き、他者がそれについて行く(つられて行く)場合、トイレに行こうとする者が他者を誘って一緒に行く場合、河原などで一緒に小便をしに行く場合など、形は違うがいずれも連れションという。社会人にも連れションをする人はいるが、率的には学生に多く、性別的には男性に見られる行為である。


http://zokugo-dict.com/18tu/turesyon.htm


昔の日本映画などを見ると、連れション場面がたまにある。会社のトイレだったり大学のトイレだったり河原だったり(一昔前までは、わりとカジュアルにそこらの土手で立ちションをする男性がいた)。
並んで歩きながら話をしていて、一人が「尿意を催した。ちょっと失敬」などと言い、もう一人も「じゃ、付き合うか」みたいになって、並んで放尿しながら話の続きをする。ごく自然な感じで。
連れションはホモソーシャルの一形態だが、今はこういう行動も廃れているだろう。



そう思っていたら、身近にあった。連れションではなく、「連れ風呂」とでも言うべき行動をする男たち。前から温泉やスーパー銭湯が好きだった夫と、3年ほど前、夫に連れられて近場の日帰り温泉に行ってハマってしまったK君だ。
夫より一回り以上若いK君は個人商店のオーナーで、日中は外回りをしているが結構空き時間がある。夫は予備校講師で会社員より休日が多い。それで時間を合わせて、三日に一度は連れ風呂している。


だいたい朝9時過ぎくらいに、K君から電話がかかってくる。夫は家では携帯の音声を外に聞こえるようにしているので、隣の部屋にいても会話が手に取るようにわかる。
「先生、もう起きた?」
「お‥‥おう」(寝ていた)
「今日、どういう予定?」
「今日は別に何もない」
「じゃあ、昼前に店に来て」
時間になると夫はお風呂セットを持っていそいそと出ていく。別の日は、
「先生、今どこにおるの?」
「家。夕飯食ったとこ」
「お風呂は?」
「まだ」
「じゃあこれから迎えに行くわ」
K君の車が家の前に着くと、夫はお風呂セットを持っていそいそと出ていく。K君とお揃いの白木の「my桶」の裏には、夫の字で「湯けむり俱楽部 尾州温泉同好会」と書いてある。‥‥何なんですか、君たちは。


近くのスーパー銭湯でも、行くと二時間半は帰らない。二人とも体重を落としたいので、とにかくサウナに出たり入ったりして汗を絞り出しているそうだ。夏休み期間など、朝から出て行って夕方まで帰らない日もざらにあった。仕事であちこち回るK君の車に同乗し、その間に食事したり温泉に入ったりしているのだ。
近場はだいたい行き尽くして、時々遠出もしている。愛知県は南知多、蒲郡、豊川、猿投、岐阜県瑞浪、恵那、関、郡上など。前、夫に用事があって電話したら、「今、諏訪におります」と言われて驚いた。


K君と夫との身長差は30センチ*1くらいある。でかいK君と小柄な夫が揃いの桶を抱えて銭湯の暖簾をくぐる姿はまあ微笑ましいと思うけれども、なんとなく「ハバ」にされているような気分になってきた。
あまりにも頻繁にK君から呼び出しがあるので、「ちょっといくら何でもさ。どういう関係よ」と聞いてみた。その言外の意味を夫は想像できないようで、真顔で「は?」と言われた。
「いいよねぇ、休みのたびに温泉行って遊んでて」
「おまえ誘っても面倒がって行かないじゃないか」
そうだった。


ある時、夫が夕方から出て行って夜中近くに帰ってきたので、どこまで行っていたのかと思ったら、お風呂を出てからお茶を飲みながらずっとK君の話を聞いていたそうだ。
「もういい加減帰らなあかんだろって言っても、先生もうちょっといいでしょうとか言って帰りたがらんのよ」
やっぱり‥‥と思ったらそういう話ではなかった。
K君は愛妻家で、一人娘をとても可愛がっている。しかし奥さんと娘さんの趣味で家の中は隅々までラブリーに飾られていて、K君は帰ってもなんとなく落ち着かない。なので、夫を引き止めてぎりぎり就寝時間になるまで喋っているのだと。「ハバ」になっているのはK君だったか。


そんなK君だが、前の日どんなに遅くなっても朝は娘と一緒に起きて学校の話を聞きながら朝食を摂り、日曜は絶対に人との約束は入れず家族サービスに努めているという。
「偉いじゃないの」と思ったが、普段夫とあちこち行っているので、そのくらいはしないといけないと思っているのかも。


夫によれば、いつだったか遠出した温泉帰りに、そのあたりではわりと有名らしいピザの店に入って二人で食事をしていたら、夕方の情報番組のテレビクルーが入ってきて、食べてるところを撮影させてくれと言った。夫だけ了解して撮らせたそうだ。
K君が顔出しダメなのは、その番組を家族が見るかもしれないからだ。「仕事に行く」と言って家を出てきているのに、遠くの田舎町のピザ屋でどっかのおっさんとピザぱくついていたとわかったら、ちょっと面倒な話になりそうだ。
「どういう関係よ」
「実は、『湯けむり俱楽部 尾州温泉同好会』っていうのを作ってて」
いやそれは‥‥。もっと面倒くさい話になる予感。

*1:あとで考えたら20センチの書き間違い。