不法移民問題に揺れる今こそ観るべき『フローズン・リバー』(「シネマの女は最後に微笑む」更新)

ForbesJAPANに好評連載中の映画コラム「シネマの女は最後に微笑む」第16回が公開されています。


不法行為への追いやられる貧困の中の、ささやかな絆と倫理 | ForbesJAPAN


フローズン・リバー [DVD]

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2008年のアメリカ映画『フローズン・リバー』(コートニー・ハント監督)を取り上げています。
ふとしたことから不法移民の「密輸」を手伝うことになってしまう、貧しい中年女性レイ。彼女をその仕事に引っ張り込むのは、アメリカとカナダの国境近くの居留地に住むモホーク族の女性ライラ。雪と氷に閉ざされた小さな町を舞台に、崩壊しかかった貧困家庭、闇のビジネス、人種間の軋轢など殺伐とした風景が描かれます。
DVD見直していて、ラストシーンで思わず泣きました。


レイを演じたメリッサ・レオはもちろん素晴らしいですが、幼い弟の面倒を見つつも鬱屈を抱える15歳の長男を繊細な演技で見せたチャーリー・マクダーモットという俳優さんが、なかなかいい。この後の映画作品には恵まれてないようですが。
グラン・トリノ』(クリント・イーストウッド監督、2008)とも比較されることのある本作、世界のあちこちで不法移民問題が取り沙汰される今こそ、再見したい作品だと思います。


この間の、メキシコ国境での不法移民親子引き離し問題は、原稿を出した後だったので前振りに入れられませんでした。一応の解決をみたようで良かったです。
貧困、犯罪、弱者、親密圏の最構築という要素から、『万引き家族』を連想する人もいるかもしれません(私はまだ観てないです)。



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プリンセスもののセルフパロディ『魔法にかけられて』(「シネマの女は最後に微笑む」更新)

昨夜は東海道新幹線で恐ろしい事件がありましたが、後続の便に乗っていた関係で巻き込まれるかたちになり、夜中というか朝方の3時半にやっと家に辿り着いた大野です。一日遅れで連載「シネマの女は最後にほほえむ」更新のお知らせを。


ディズニーのミュージカル・コメディ『魔法にかけられて』(2007)。ここ3回、子持ちのシングルマザー奮戦ものが続いたので、ぐっと毛色を変えてみました。話の枕は例のロイヤル・ウエディングとさまざまな「結婚の条件」です。ほぼラストまでネタばれしていますので、未見の方はお気をつけ下さい(まあわりと最初の方で結末は見えていますが)。


理想の相手とは結ばれない? 映画にみる「結婚の条件」への皮肉|ForbesJAPAN


魔法にかけられて [DVD]

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ディズニー・プリンセスもののセルフパロディ満載の本作、細かい自虐芸とミュージカルシーンの楽しさで、公開当時、結構話題になりました。
ヒロインのジゼルを演じるエイミー・アダムスは、3回前に取り上げた『ビッグ・アイズ』でも主演をしていますが、こういう天然の役が嵌りますね。あと、リスのキャラクターに笑わされます。個人的にゴキブリのシーンは苦手ですが、こういう「厭なもの」が入っているところが面白い。


「いつか王子様が」を夢見る女が徐々に自立性を学び、現代的女性が実はとてもロマンチストだったというオチも、考えさせられます。
本文では言及していませんが、相手の弁護士ロバートの幼い娘モーガンが、最後はやっぱりプリンセスに憧れるような女の子になっているのが少し残念というか、もうちょっとバランスとっても良かったのでは?という気もします。ただそれも、この作品にたっぷり仕込まれている「皮肉」の一つとして描かれているのかもしれません。



●付記
アラーキーとモデルのKaoRiさんの件を枕にした『ビッグ・アイズ』を取り上げた回が、50000pvを達成しインセンティヴの対象になりました。
お読み下さった皆様、ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。過去記事へは、テキストの最後のリンクからとべます。

ジュリア・ロバーツの真骨頂を再確認、『エリン・ブロコビッチ』(「シネマの女は最後に微笑む」更新)

映画から現代女性の姿をピックアップする連載「シネマの女は最後に微笑む」第14回。ジュリア・ロバーツが数々の主演女優賞に輝いた『エリン・ブロコビッチ』(スティーブン・ソダーバーグ監督、2000)を取り上げてます。学歴もキャリアもない女性が企業の不正と闘い、史上最高額の和解金を勝ち取る実話ドラマ。


大企業の不正を暴く! ノンキャリア女性を突き動かしたものとは | ForbesJAPAN



ジュリア・ロバーツが演じるヒロインの、陽気で鼻柱が強く破天荒だが粘り強いキャラクターがとても魅力的ですが、再見して、恋人を演じるアーロン・エッカートが地味にすばらしいと思いました。ヒロインに惹かれ、彼女を懸命にサポートするものの、だんだん寂しさと不満が募っていくバイカーの男を自然な感じで演じていて好感がもてます。
また前回の『スタンドアップ』と同じく、「シングルマザーが巨悪と闘う一方で、幼い長男との関係が一時的に悪化し、最後の方で恢復する」という展開もいい。子どもは一番身近にいて一番負担をかけたくないのに、結果的にどうしてもそうなってしまう。しかし子どもも成長し、やがて母を理解しようとするのです。


この作品は、『ベスト・フレンズ・ウェディング』『モナリザ・スマイル』と並んで、私の中ではジュリア・ロバーツ主演作ベスト3です。後の2作は数年前に、サイゾーウーマンのコラム「親子でもなく姉妹でもなく」で書いております。


年上女が小娘に負けるのは「若さ」ではない――『ベスト・フレンズ・ウェディング』に見る解 |サイゾーウーマン
自分の“正しさ”へ導く女×拒む若い女――女の上下関係から見る『モナリザ・スマイル』|サイゾーウーマン

職場のセクハラ問題を丁寧に描いた佳作『スタンドアップ』(「シネマの女は最後に微笑む」更新)

映画から現代女性の姿をピックアップする連載「シネマの女は最後に微笑む」第13回。ここのところずっと問題になっていた財務省事務次官のセクハラ疑惑を枕に、シャーリーズ・セロン主演の『スタンドアップ』(2005)を取り上げました。


「皆と同じように働きたいだけ」、職場のセクハラと闘い続けた女性 | ForbesJAPAN


スタンドアップ [DVD]

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80年代末のアメリカで一人の女性炭坑労働者が、会社に対して初めてのセクハラ訴訟を起こす経緯を、実話を元に描いた話題作。ドラマとしてもよくできた作りで、ヒロインの周囲のさまざまな人々の微妙な立場や繊細な心理が丁寧に描かれている、今一度観直したい作品です。
シャーリーズ・セロンとその友人役のフランシス・マクドーマンドはもちろんですが、マクドーマンドの夫役として出てくるショーン・ビーンの立ち位置がなかなかいいのです。町で人々から悪い噂を立てられた母親(セロン)とうまくいかなくなった息子の少年を、さりげなくサポートする大人。カッコいい。未見の方は是非!



●追記
3月下旬に公開された下の記事ですが、宮沢りえ主演の『紙の月』、観ていた方も多かったんでしょうか、50000PVを達成したのでインセンティブの対象になりました。インセンティブってのがどういうものかこれで初めて知った私です。ブックマーク下さったり、Twitterの方でRTやいいねを下さった皆様、ありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願い致します。


「ありがとう」が聞きたくて横領に手を染めた女の夢見た自由 | ForbesJAPAN

アートをめぐる権力関係と搾取‥‥『ビッグ・アイズ』(「シネマの女は最後に微笑む」更新されました)

映画から現代女性の姿をピックアップする連載「シネマの女は最後に微笑む」、第12回がアップされています。今回取り上げた映画は、実話を描いたティム・バートン監督『ビッグ・アイズ』(2014)。アラーキーのモデルだったKaoRiさんの告発の件を枕に書き起こしています。


芸術の「共犯」によって失った誇りを、彼女はいかに取り戻したか|ForbesJAPAN


ビッグ・アイズ [Blu-ray]

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アラーキーの件は写真家とモデル、この作品は偽画家と画家という大きな相違はありますが、芸術の場における歪な関係性が生み出す問題に、共通したものを感じました。
絵を描くのが好きな世間知らずで天然の子持ち女性を、エイミー・アダムスが好演しています。この作品で、第72回ゴールデングローブ賞の主演女優賞(ミュージカル・コメディ部門)を受賞。彼女を騙す承認欲に飢えた滑稽なペテン師を、クリストフ・ヴァルツが嫌らしいほど巧く演じていて、イライラしつつも半笑いを禁じ得ません。
そして、毒の効いた独特のコメディタッチで風刺されるアートに群がる人々、芸術とビジネスの関係。映像はカラフルで、50年代末〜60年代半ばのポップでキッチュな雰囲気も楽しめます。


ヒロインのモデルとなっている当時一世を風靡したらしいマーガレット・キーンの大きな瞳の子どもの絵を、映画を観るまで私は知りませんでした。ウォーホルの賛辞が冒頭にありますが、ポップアートの文脈でも評価されたのでしょうか。アートとイラストの垣根を壊して出てきたような感じに見えました。今だと、奈良美智のような存在だったのかもしれません。バートン監督も彼女の絵のファンとのこと。

妊娠・出産・子育て映画のリアリティ、『理想の出産』(「シネマの女は最後に微笑む」更新されました)

映画から現代女性の姿をピックアップする連載「シネマの女は最後に微笑む」、第11回がアップされています。


妊娠、出産、子育て 翻弄される心身とパートナー関係の行方 | ForbesJAPAN


今回は、実話を元にした2012年のフランス映画『理想の出産』(原題はUN HEUREUX EVENEMENT、英語ではA HAPPY EVENT)。
男女関係はいかにもフランスらしいところもありつつ、妊産婦の心身の揺れ動き、パートナーとの関係の変化と悩みは、おそらく世界共通のものがあるのだろうなと思わせる作品です。
主人公のモノローグが随時入っており、ハリウッド映画だと「赤ちゃん万歳」な感じをベースにしたドタバタコメディになってしまいそうなところを、当事者目線で真っ向正面から丁寧に、ユーモアも交えて描いている点が好感持てます。R18なのはセックスシーンがそこそこあるからでしょうが、それもきちんとリアリティを出すための演出になってます。


ただ、本文には書いてませんが一点だけ残念なのが、主人公が最後の方で哲学なんか何の役にも立たないと言ってしまうところです。そりゃ妊娠、出産、育児に直接役立つものではないでしょうが、せっかくやってきた学問をそういうふうに否定するのはちょっとな‥‥と思いました。
室内シーンが多いですが、あまり閉塞感はなく映像はなかなかきれいです。経験者も未経験者も面白く観られるのではないでしょうか。


理想の出産 [DVD]

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『紙の月』の主人公と総理夫人の共通点について考えた(「シネマの女は最後に微笑む」更新)

映画から現代女性の姿をピックアップする連載コラム第10回、今回は宮沢りえ主演でかなり話題になった『紙の月』(吉田大八監督、2014)を取り上げました。
森友問題で渦中の人である総理夫人、安倍昭恵氏についての短い考察を冒頭に置いています。


「ありがとう」が聞きたくて横領に手を染めた女の夢見た自由 | ForbesJAPAN



『紙の月』は角田光代の原作と、それに忠実な原田知世主演のドラマも面白かったですが、大胆な脚色を施したこの作品が私はとても好きです。
押さえつけられた欲望を野方図な消費と不倫恋愛で昇華しようとする元のヒロイン像の中で、「自分が何かを与えることによって人に感謝される」ことの快感に嵌るという要素が、映画ではより強く打ち出されています。


ヒロイン梨花と総理夫人では、もちろん立ち位置も振る舞いも問題の構造も違います。梨花は自分の手にしたものが「紙の月」=偽物であることに気づいています(犯罪なので当然です)が、総理夫人にはおそらく罪の意識は欠片もないでしょう。少なくとも今のところはそう見えます。
ただ、自分の厚意に対し感謝が返ってくることに悦びを覚え、その延長線上でふと一線を越えていたという点で、通底するものがあるのではないかと私は感じています。


劇場で見た時、宮沢りえの演技に息を呑み、終盤の疾走シーンでは心の中で号泣しました。彼女に絡む銀行員の大島優子小林聡美も素晴らしいです。未見の方は是非!